もう、いいよ
投降を呼びかける拡声器越しの声を聞きながら散弾銃の弾を込め直す。カーテンの隙間から外を見ると校舎はすっかり警官隊に包囲されていた。人質にしている天木さんがいなければとっくに突入されていただろう。
「どういうことかなぁ」
そうぼやくと同じく散弾銃を持った上地が聞き返した。
「どういうことって、なにが?」
僕は黙って理科準備室の奥にある死体を銃口で指した。
死んでいるのは北浦、僕達をいじめていたグループのリーダーだ。僕と上地は北浦をはじめとしたいじめのグループとそれを見て見ぬ振りをしてきた担任に復讐するため作戦を決行した。そして担任と北浦以外のいじめに荷担した奴ら、あとは適当に目についた生徒を何人か始末することができたけれど、北浦だけは僕達が殺す前に死んでいた。
理科準備室の一番奥に倒れている北浦の死体。後頭部には血がべったりとつき、背中にはカッターナイフが刺さっている。すぐ傍の机の角にも血がついており、死体の周りには割れたビーカーやら顕微鏡やらが落ちている。状況を見れば足をすべらせた北浦が机の角で頭を打ち死亡、倒れるとき机の上にあったビーカーや顕微鏡を落としたように見える──背中に刺さったカッターナイフさえなければ。
「このカッター、僕のなんだよね」
死体に近づき、カッターを銃口で軽くつつく。そこには僕の名前が書いてあった。持ち物には名前を書くのが僕の癖でよく北浦達にからかわれ、なじられ、名前が書いてあるからという理解できない理由で勝手に持ち物を捨てられたりした。
「なら、状況から見て北浦を殺したのはお前ってことになるな」
「何言ってんだ、朝からずっと一緒だったんだからそんな暇がなかったことはわかってるだろ」
「ああ、わかってる。ただ客観的に見たらお前が犯人としか思えないってことだよ」
上地はしゃがみ込むと死体をよく観察した。
「死因は後頭部の一撃だな、カッターはただ刺してあるだけだ。そもそもこんな場所に刺しても死にはしない。つまりこのカッターはお前に容疑を向けるためだけに刺したってことだ。ところでこのカッター、最後に見たのはいつだ?」
「一週間くらい前になくした。てっきり北浦達に盗まれたんだと思ってたんだけど」
「多分、盗んだのは北浦じゃないな。誰か北浦を殺したいほど憎んでるやつが俺たちの他にもいて、そいつがお前を犯人に仕立て上げるためあらかじめカッターを盗んでおいたんじゃないかな」
「それで今日、北浦殺しを決行したってこと?」
「明日以降じゃお前に罪をなすりつけられないから急遽決行したんだろ。俺達が騒ぎを起こしたどさくさに紛れて北浦を殺し、カッターを刺した。この状況じゃ別にカッターを刺す必要もなかったんだが犯人も焦ってたんだろうな」
「その犯人は誰か──」
僕は理科準備室の入り口に座り込み、青い顔で震えている天木さんに声をかけた。
「天木さん」
「ひっ」
短い悲鳴を上げ、あからさまに怯えた顔をする。そんな顔をさせてしまったことに少し罪悪感を覚え、僕はなるべく優しい声音で言い聞かせるように話しかけた。
「大丈夫だよ、天木さん。君に危害を加えるつもりはないから」
親と先生、昔は友達だった奴らはいじめられている僕達のことを見て見ぬ振りをした。そんな中、唯一僕達をかばってくれたのが学級委員の天木さんだった。北浦達が僕達をいじめると天木さんはその場で注意していじめをやめさせてくれた。その後は決まって天木さんの見ていないところで倍以上のいじめを受けたけれど、その優しさが嬉しかった。僕達に優しくしてくれるただ一人の人だった。
天木さんは死体に怯えているらしく、理科準備室の入り口から先に来てくれなかった。だから僕が天木さんの方に行き、話を聞く。
「こんなこと…ダメよ……」
震える声で天木さんは僕達にそう訴えかけた。
「いじめられてたからって、こんな……お父さんやお母さんも悲しむわ。だから、もうやめましょう? ね?」
「大丈夫だよ、天木さん。家族はみんな殺してきたんだ」
「えっ」
天木さんを落ち着かせるため、なるべく優しく、心を込めて説明する。
「だってこんなことになったら当然、僕のことで家族は世間から非難されるでしょう? それは可哀相だから父さんと母さん、妹はここに来る前に殺しておいたんだ」
それに散弾銃が入ったガンロッカーの鍵を手に入れるためにも父さんは殺さなくちゃいけなかった。だから最初に父さんを殺し、散弾銃の試し撃ちも兼ねて母さんと妹を殺した。
「言っとくけど俺は殺してないからな。あんなやつらどうなったって知ったことか」
ぶっきらぼうに上地がそう言った。この後、上地の家族がどんな目に遭うかを考えると胸が痛むけれど、それは僕の考える問題ではなかった。
僕達の言葉でわかってくれたのか、天木さんはもう何も言わなかった。ただ呆然としたような目で僕達のことを見ている。
「天木さんは理科室のロッカーに隠れてたんだよね」
理科室と理科準備室をつなぐ扉を開け、ロッカーを見る。理科準備室に入るためには理科室を通らなくてはいけない。ロッカーに隠れていたなら理科室に入ってきた人達を見ていたはずだ。
「北浦と他の三人がどういう順番で入ってきたかわかる?」
他の三人──理科室に一つ、理科準備室に二つある死体のことだ。三人とも僕と上地で撃ち殺した。僕達をいじめていた生徒ではない。ただ、そこにいたから撃った。
「……北浦くんのことは見てないの」
天木さんはか細い声で呟くように言った。
「私がロッカーに隠れた後、東田くんと西野くんが入ってきて理科準備室に行ったわ。それから少しして南沢くんが入ってきて理科準備室に行ったんだけどすぐに悲鳴が聞こえて、それで慌てた様子の南沢くんが理科準備室から出て来て……」
言いにくそうに言葉を濁した様子から察し、上地が言葉を続ける。
「そこに俺達が入ってきて南沢を撃った、と」
僕が南沢を撃ち殺したのを見て天木さんは悲鳴を上げ、僕達に見つかった。僕が天木さんをロッカーから出している間に上地が理科準備室の二人を撃ち殺した。
それから僕達は理科準備室の奥で北浦の死体を見つけ、今に至る。
「今の話だと南沢は犯人じゃないな」
理科室にある南沢の死体を見て上地がそう言う。
「南沢は理科準備室にあった北浦の死体を見て悲鳴を上げ、慌てて逃げ出したんだろう」
「そう? 悲鳴は南沢に殺された北浦のものだったかもしれないし、南沢が北浦を殺して慌てて逃げたって可能性もあるんじゃないかな」
「それだと東田と西野が理科準備室に残ってたのがおかしい」
東田は理科準備室の扉の近く、西野はそこから少し奥に行ったところで死んでいた。
「同じ部屋にいたんだから二人は南沢が北浦を殺したことに気づいたはずだ。北浦を殺し、カッターナイフを刺すところまで目撃しながら二人とも理科準備室に留まっていたのは不自然だ」
「準備室の入り口あたりからは奥の方は見えないよね、だから殺したことに気づかなかったって可能性はないかな?」
「見えなくても音はしたはずだから異変に気づくはずだ。普通に考えて何があったか確かめるだろう」
「じゃあ南沢が犯人じゃなかったら東田か西野が犯人ってこと? でも二人は一緒に理科準備室に入ったんでしょ、それじゃあどっちかが北浦を殺したら必ずもう片方がそれに気づいてるはずだよ。それなのに二人とも理科準備室にこもり続けたってのはおかしくない?」
「西野は北浦が殺されても気づかなかったかもしれない」
そう言って上地は理科室に落ちていたメガネを拾った。
「これは西野のメガネだ」
そう言って黒縁で度の強いメガネを僕に見せる。たしかに僕が知る限りこんなメガネをかけているのは西野しかいなかった。
「メガネは理科準備室に駆け込むときに落としたんだろう。だから理科準備室にいたときの西野は何も見えてなかったはずだ。それこそ北浦が殺されてもわからなかったんじゃないか?」
西野はメガネがないとほとんど何も見えないというのは有名な話だった。だとしたら理科準備室に来たとき西野は上地の言う通り何もわからない状態だったのだろう。
「そうなると犯人は東田?」
「しかしそれだとこれが気になる」
上地は東田の死体に近づくとその右手首を銃口でつつく。東田の右手首には包帯が巻かれていた。
「天木さん、東田が怪我してたって話知ってる?」
死体をなるべく見ないようにしながら天木さんは答えた。
「部活で怪我したって聞いたけど……」
その話が本当なら東田はバレー部だったはずなので練習中に怪我でもしたのだろう。そうなってくると東田犯人説も怪しくなってくる。ふと、僕は思いついたことを天木さんに聞いてみた。
「天木さんは何か物音を聞いてないかな?」
理科準備室には顕微鏡やビーカーやらが落ちていた。結構な物音がしたはずなので理科室にいた天木さんにも聞こえていたかもしれない。
「ええと……二人が入って少ししてから顕微鏡とかが落ちたような音が聞こえたけど……気のせいだったかもしれないし……」
「ふむ」
天木さんの聞いた音が犯行のときの音なら犯人は東田か西野ということになる。しかし自信はないようだし聞き間違いだった場合は南沢が犯人の可能性もまだある。
結局、誰が犯人なのか決め手に欠けていた。
「いや、犯人はわかった」
上地は僕の意見を否定してそう言った。
///
「北浦はどうやって殺されたんだと思う?」
上地がそう訊いてきたので僕は素直に思ったままを答えた。
「どうって……突き飛ばされて机の角に頭を打って死んだんじゃないかな」
「俺もそう思ってた」
そう言って上地は北浦の死体の傍に落ちていた顕微鏡を拾う。床に接していた面を見ると台座にべったりと血、そして肉片と毛髪がついていた。
「俺たちは気づかなかったけど本当の凶器はこの顕微鏡だったんだ。北浦はこれで殴り殺され、倒れる途中で机の角に頭をぶつけた」
上地は顕微鏡を机の上に置き、天木さんのことを見た。
「犯人であるあんたはそのことを知っていたから顕微鏡のことが強く印象に残ってしまい〝顕微鏡とかが落ちたような音が聞こえた〟と言ってしまった。ビーカーが落ちて割れる音ならともかく顕微鏡が落ちる音なんて聞き分けられるはずがないんだ」
「ち、違う!」
天木さんは今まで聞いたことがないような強い口調で否定する。
「あれは床に顕微鏡が落ちてるのを覚えてたから思わずそう言っちゃっただけで──」
「あんたは準備室の入り口から先には行ってない。入り口からだと奥は見えないから床に落ちている顕微鏡も見てないはずだ」
「…………」
「本当はまず北浦が準備室に入り、続いてあんたが入った。北浦を殺したあんたは準備室を出たあと廊下に逃げようとしたが、理科室に入ってくる二人に気づいて慌ててロッカーに隠れた、ってとこだろ」
「……待って、違うの。本当に違うの」
怯えと懇願が混じった顔で僕達に──僕に向けて訴える。
「実は北浦とつきあってたんだけど、私はもう別れたかったの。でもあいつが別れてくれなくて──」
「天木さん」
僕はなるべく優しい声音で、心を込めて、言った。
「もう、いいよ」
銃口を向け、引き金を引く。ドン。
「────」
銃口から、硝煙がたなびく。その向こうに、死体がある。
「そろそろ行くか」
上地がそう言って廊下に出たので僕もそれに続く。窓の外では銃声を聞いた警官隊が騒ぎ始めていた。
昇降口に行き、外を見る。殺気だった警官隊が昇降口を完全に包囲していた。
銃に弾が入っていることを確認すると上地と目配せをかわし、頷き合う。僕達は同じタイミングで駆け出し、外に出る。銃口を向ける。引き金を引いた。
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