第三話 -7
弐七戦車隊に救出されてから、約三十分後――
俺は両脇を衛兵に引きずられるようにして、本作戦指揮所である
指揮所の中で無線機に顔を近づけていた獅子堂司令の前に俺を送り出すと、二人の衛兵は短い敬礼をして指揮所から出てゆく。獅子堂司令は一瞥だけ俺にくれ、そのまま無線機へと話しかけた。
「妹尾、アリアは?」
『点滴を打ったよ。少し頑張らせすぎたな。……大丈夫だ、怪我についてはたいしたこと無い。少し眠れば気分も落ち着く』
「そう、よかったわ」
多少安堵した顔になって、妹尾主任との通信を切った。
一呼吸ついて、俺に向き直る。いつもの不敵な笑みは、今は微塵も浮かんではいなかった。
「さて、何を言われるか、判っているよね」
周囲はしんとしている。窓際に座るオペレータ達と数人の士官が、情報収集と部隊発令の声を発するのみだ。
アリアは妹尾主任に連れられて救護車、恋子さんと美咲一尉も別働隊と移動中なので、ハーキュリーズに居る魔導小隊員は、獅子堂司令と俺だけということになる。
獅子堂司令は、俺の頬を右の拳で殴った。
「っが……!」
これには、さすがに驚いた。思わずよろけるほどの威力だ。
「作戦命令違反、及び重用人物への発砲。懲罰委員会モノだよな、これって」
そう言う司令の表情は、殴る前と殴った後で、さほどの違いも感じられなかった。
「……いいですよ懲罰受けたって。副隊の静止を振り切って撃ったのは間違いないですし」
司令を見据えて口を開く。
頬を殴られたことで、多少頭に血が上ったのかもしれない。
「でも……あのままじゃアリアは殺されてた。俺が撃たなかったら、誰が撃ったっていうんです。あの状況で、他にアリアを救えたのは、俺しかいなかったじゃないですか!」
そう啖呵を切ったのと同時に、今度は胸倉を掴まれて、背後の壁に押し付けられた。
俺と大して変わらない背の、獅子堂司令の顔が迫る。
背中越しに、空を往く風の音と、ロータの回転音が煩く聴こえた。
「あそこで狭山隊が駆けつけなかったら、貴様ら二人とも死んでたんだぞ」
そんなのは、言われなくても判ってる。
……あんたが狭山さんたちを派遣してくれたこともな。
「それだけじゃない。貴様、ネクロ握ったの、これで何回目だ? 撃つたびに吹っ飛んでるようなひ弱な腕でトリガー引いて、アリアに当たらないって保障がどこにある。貴様は魔法使いと一緒にアリアを吹き飛ばすつもりだったのかよッ!」
「そ、そんな……ことッ!」
反論の口火を切るが、その言葉の正当性が見つからなくて、二の次が喉の奥で詰まってしまう。
「で……でも、俺は一度、魔法使いを倒したことがあるんだ。今回だって……」
「前例があるから大丈夫か? そんな危うい綱渡りを、許すはずがないだろうが!」
司令が叫んだ。
それから、一拍呼吸を置いて、
「……取り戻せる失敗なら、笑って赦してやってもいい。だがな、取り戻せない失敗は笑って赦してやれないぞ」
肩を掴まれる。何一つ化粧をしていない司令の顔が近づく。
俺はその迫力に息を呑んだ。
「いいか、良く聴けヒヨっ子。貴様が八十二号を倒せたのは実力でもなんでもない。偶然奇跡の大マグレだ。大体、貴様一人で何ができる? 砲撃の支援があるからこそ、貴様は敵の攻撃を受けずに戦えるんだ。その裏で、どれだけの隊員がその身を犠牲にし、傷つき倒れているのか……貴様は知っているのか」
そう彼女は言って、俺に哀しげな眼を向けた。
「私は最初に言ったよな。貴様の双肩には、全国一億人の命が掛かっていると。そんな土壇場瀬戸際崖っぷちを貴様の仲間達は、今も必死で戦っていると」
モニタに映る最前線に眼をやる。
こうして俺たちが後退している今も、前線では時間を稼ぐために銃が撃たれ、敵の魔法の威力に打ち砕かれている仲間がいる――。
「貴様の暴走で、どれだけの人間が動かされる? 貴様を守るために、何人の隊員を投入しないとならないと思っているんだ? 仲間のために自分が死ぬならまだいい。だがな、自分のために仲間を死なせるんじゃねえよ!」
叱咤、というには、あまりにも厳しい言葉。
突きつけられる現実。
何も、言い返せなかった。
「――獅子堂司令、仙台市上空です」
巡航観測士役のCOが静かに進言する。司令は踵を返し、驚くほど落ち着いた声で返した。
「作戦予定ポイントに着陸。施設隊が到着次第、作業に取り掛からせなさい。各関係省庁に報告して――これより本作戦は第三次計画に移行。最終防衛線を築くと」
「……最終?」
思わず声に出してしまう。
司令は厳しい表情のまま振り返り、
「敵の侵攻スピードが尋常じゃないんだ。第二次防衛線が突破された以上、時間稼ぎも限界だ。……これが魔法使いを食い止められる、ラストチャンスだと思え」
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