第三話 -5

『3、2、1――食らえッ!』

 朝陽を全て吸い上げたような色の光弾が、藍色の空を突き抜けた。

 市街地のビルのとある一点から、一直線に七時雨山のとある一点へ。

 その離隔は十キロはあろうものなのに、強大な光は瞬きの間に目標へと迫る。

 それは刹那にしてまさに光速。

 過去、ネクロノミコンが開発されてからの五年間で、葬り去った魔法使いの数は七体以上だ。国連軍にさえ徴収を迫られている日本最高の砲撃兵器――!

 しかし、全身が兇器と化している魔法使いにとっては、避けることなど造作もない。

 本能という名の魔法で身に迫る危機を読み取った魔法使いは、難なくそれをかわしてみせる。背後に着弾したその光は、山肌を根こそぎ薙ぎ払って爆散した。

 ――だが、それが外れるのは獅子堂聖の計算のうちだった。

 アノゥとの戦いを見ても明らかな通り、ネクロでの狙撃が絶対ではないことは判っている。今回の魔法使いは、アノゥよりもさらに速い光速生物……当たることなど、端っから期待していない。

 狙っていたのは、避けた次の瞬間に訪れる、魔法使いの「隙」だ。


「やれ、アリアッ!」


 それは、稲妻の如く地に落ちていった。

 上空二千メートルから、パラシュートなしのダイビング。

 翠嵐をその身に纏いし赤銀の剣士は、己の背丈を優に越える大剣を腹で携え、己が身体と一体として地へ墜ちる。

 アリアは落下地点を目測する。まだネクロの尾が消えていない。致死性の光弾を避け、それを放った敵・美咲を見定めようと、視線を彷徨わせている――その一瞬の隙へ。

 風よりも疾い一閃が、空から襲いかかるのに、要する時間はコンマの世界――!


「…………ッ!」

 自由落下ではない、加速落下による稲妻が、魔法使いと重なり――、

 剣の激突による凄まじい衝撃波が、当たりの木々を大きく揺さぶった。


「よおっし、作戦通りッ!」

 歓喜のあまり、聖が机を叩いて飛び上がった。

 まさにドンピシャ、アリアの剣は間違いなく届いている。遠視映像だが、アリアの身体が目標と激突して静止しているのが判るためだ。

 司令部内の他の将校、CO達も、作戦の成功を確信してわあっと歓声を上げる。

 ……だが。

 だが、しかし。

『――ふ、副隊ッ! まだです。まだ……ッ!』

「ああん? どうした恋子。美咲がまたダダでも捏ねてんのか。そんなやつほっといて――」

『違います! あ、当たってません……アリアの剣、目標を貫いていませんッ!』


 その光景に、誰もが眼を疑っただろう。

 俺だって、馬鹿なと呟かずにはいられなかった。

 アリアルドの剣――おそらく、戦車どころかエアーズロックだって粉砕するであろう電光石火の一撃を、

 あの魔法使いの男は、両手の拳を打ち合わせて、

 胸に迫る切っ先を

 ええと、これ何て言うんだっけ……そうだ、真剣白羽取り。まさしくアレじゃねえか。

 だがしかし、それが流行した時代劇とはワケが違う。

 上空二千メートルからの一文字斬りなんだぞ?

 それを、容易く拳で止めるなんて芸当、人間どころかアノゥにだってできるわけがねえ!

 驚愕に眼を見開いていたアリアルドの腹を、男の蹴りが襲った。

 アリアは咄嗟に剣を提げ、剣の腹で脚を受け止めるが――そんなもので、威力を相殺できるはずもない。

 まるでゴム鞠を蹴ったように吹き飛んだアリアは、そのまま郊外のビルに激突。コンクリの壁を数枚ぶち破って、反対側の窓から屋外に飛び出した。

「アリアっ!」

 俺は思わず叫んでいた。

 レシーバを通して伝わったのか、一瞬切れていた意識を取り戻し、浮遊する剣にぶら下がって落下を耐える。しかし、ビルを突き抜けて現れた男が、追撃の手を伸ばしてきた。

『くッ……撤退よアリア! 撤退しなさい!』

 獅子堂司令の怒号が聞こえる。

 アリアはギリギリでその豪腕をかわし、剣にまたがって飛翔するが、魔法使いがそれを逃すはずもない。その速度の違いは圧倒的だ。

 二撃目は避けることもできず、拳に合わせて剣を薙ぐ。拳の魔力とヴィザピロウの魔力が行き場を失い、衝突の瞬間に魔法陣が光を弾いた。

 アリアの身体が離れたほんの僅かな間に、戦車隊が援護射撃を試みるも、奴の飛行を止めることは叶わない。弾幕が形成されるよりも早く突き抜け、アリアの剣に容赦のない拳を叩き込んだ。

 アリアも、拳に剣を合わせることで精一杯だ。あの拳は、間違いなく一撃死。二千メートルの落下速度によってはじめて得られた剣圧を凌ぐ威力が、あの光り輝く拳には込められている……!

 俺は、戦況を写していたモニタの前から立ち上がり、ヘリの操縦席へ飛びついた。

「おい、俺を現場に降ろしてくれ! どこでもいい、魔法使いの近くならどこでも!」

「はぁ!? ば、馬鹿を言うな、正気かよ? おまえが行って、何ができるって言うんだ!」

「俺は正気だ!」

 俺はホルスターからネクロノミコンを引き抜いて、操縦士の横っ面に突きつけた。

「俺は陸上戦略自衛隊特務部魔導小隊所属、吉良瀬川恵一郎一等陸士だ!」

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