第三話 -4

「くっ、すげ……ッ!」

 大気が震えていた。

 陽光すら霞むような光の応酬に、破裂する弾薬の爆ぜる音。

 レーダー上に示された光点に向かって放たれる包囲射撃が、着弾確認もせずに続けられる。

 自走砲が放つミサイルランチャ、戦車が放つ徹甲弾。おそらく一秒間に百発はくだらないだろう。

 五十機あまりから放たれる対空砲火は、大気を焼き尽くさんばかりに続けられた。

 だが、これで殲滅できるほど相手は簡単なものではなく。

 ――突然、山頂に近い場所に配置されていた壱六式戦車群が、軽々と空に舞い上がる。

 まるでメンコが裏返るように。砂煙を上げながら、一台何千キロという重量の戦車を次々と跳ね飛ばして現れたのは、

『目標、特科二〇四を撃破し、南下中!』

 紫色に光る魔法陣を両腕に灯した、一人の男だった。

『グレネード投射! 戦車隊は水平射撃に注意しろ。同志撃ちなんかすんじゃねえぞ!』

 号令と共に、弧を描いて無数の榴弾が降り注ぐ。

 魔法使いと接触するかどうかのところで、榴弾は派手な音と光を撒き散らして破裂した。

 魔法使いは意に介さず真っ直ぐ突き進み、正面の戦車四機をすれ違いざまに手刀で切断した。

『目標は腕に魔法障壁を展開している。身体に当てれば小銃も通じるぞ!』

『吉田隊、突撃する! 機雷投下まで時間を稼ぐんだ!』

『な、なんだコイツ! 速度が速すぎて当たらねぇ!』

『一五一小隊壊滅。残ったアカンパニスタは、一三四隊が使用してください』

『ウィーハブ! 作戦位置まで誘導する。――くそっ、市街地に入っちまうぞ!』

 混乱する無線音声。怒号に混じって悲鳴も聞こえる。

 そろそろただ見ているだけの自分に痺れを切らしかけたところで、


『魔導小隊、スタンバイ』


 司令から、ついにお達しが下された。

 上空二千メートルで待機していた俺たちのヘリコプタが、一気に急降下を開始する。凄まじい揺れと風の音。踏ん張っていないと振り落とされちまう――そんな幻想に恐怖する。

 そのときだ。

 俺の手を包んでいた、柔らかくて冷たい感覚が消え去ったのは。

 横を見ると――俺の手を握っていたはずの少女は、真っ直ぐに立ち上がっていた。

 震えていた少女の顔は、もうない。

 そこにいるのは、無機質な顔。何の感情も浮かばない一人の女。

 ただ一点のみ、眼下に広がる山々の平面と、紅く燃え上がる弾幕の空と、

 そして、そこにいるであろう、駆逐すべき敵の姿しか、その眼には映っていないようだった。

『よっし、目標を捕捉した! これよりネクロノミコンの射撃体勢に入る! ヴィザピロウ展開開始――影響法線上に入っている奴は、十秒以内にどきやがれ!』

 美咲一尉の威勢の良い声が耳朶に響く。

 こんな空高くでも判る、ヴィザピロウの瑠璃の輝き。八幡平市の外れ――おそらくビルか何かだろう、そんなところの屋上から、まさに弾幕によって魔法使いからは死角になるような場所から、一撃必殺を狙っているのだった。

「時間です!」

 ヘリコプタの乗組員が、一気に側部のドアハッチを押し開いた。

 瞬間、殺人的な突風がヘリコプタの中で舞い踊る。俺は思わず顔を両手で覆った。

 だが、アリアルドは違う。

 悠然とした態度で進み出て、開かれたドアの前に立つ。

 風に打たれても怯みさえしない。

 刹那――彼女の掴む両刃の剣に、翠色のリングが出現した。

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