第三話 -1

『次のコーナーは魔法使い予報です。報道フロアの山下記者、お願いします』

『はい、山下です。今日の魔法使い予報をお伝えします。えー、先ほど防衛省から入った情報ですが、昨日二十八日にアラスカ方面で発生した魔法使いが、北海道・稚内市より沖合五百キロ海上にて確認されたとのことです。

 現在は同市方向へ時速百二十キロで移動中。あと二時間ほどで国際戦略協定範囲に進入すると思われます。W3発表の厳戒令区域に該当した皆さんは、速やかにシェルターへの避難をお願いいたします。詳しくはお近くの市町村窓口まで……』


 衛星テレビの魔法使い予報が厳戒令告示放送に切り替わったのを見届けて、恋子二曹はハンディPC内のチューナの電源を落とした。

 隣から覗き込んでいた美咲一尉が口を尖らせる。

「アタシらよりマスコミの方が情報早いなんて、どうかしてると思わない?」

「避難勧告を兼ねていますから、仕方ないんじゃないですか? それより、いっちばん情報が早く伝わってるハズの人が黙っているほうが、私は問題アリだと思うんですけどぉ」

 恋子さんがジロリと見た先には獅子堂副隊長――否、今は「司令」か。その司令サマが、格納庫の中央に置かれたパイプ椅子に腰を下ろしてふんぞり返っている。

 格納庫と言ったが――俺たち魔導小隊が現在待機しているのは、習志野駐屯地の滑走路から飛び立った大型輸送機C130ハーキュリーズの腹の中だ。

 全長二十九メートルのC130はその大部分ががらんどうの格納庫で占められており、各種通信機とモニタリング機材を持ち込めば、立派な空中移動司令室となる。十畳ほどの空間には俺たちのほか、特専第三大隊所属の通信士官、およびCO将校が数人乗り込んでおり、薄暗い格納庫にモニターの光が明滅を繰り返していた。

「なんだ恋子二曹、夜中の二時にたたき起こされたのが、そんなに恨めしいか?」

 いつもの私服ではなく、久しぶりに自衛官の制服に身を包んだ我らが司令は、くるりと椅子をこちらに向けて眼を細めてくる。

 もちろんそれはそのとおりなのだが、それ以上に、まだ今回の作戦概要を聞いていないのだ。頭が覚醒してこないのは詮無い話であろう。

「なるほど。ではご要望にお答えして、私から直々に貴様らへ現在の状況を説明してやろう。現地到着まで約一時間。一度しか言わないから、一言一句聞き漏らさずに理解しろ」

 獅子堂司令はまるで小生意気なバンビを物陰から虎視眈々と狙うチーターのような笑みを浮かべ、モニタをオンにした。


  ◇  ◇


 ――二〇五〇年四月二十九日。

 前日夕方にW3より発令された「魔法使い注意報」は、零時を回るのとほぼ同時に「警報」に変わり、それから二時間足らずに「厳戒令」へと移行した。

 発生場所はアメリカ領ユニマーク列島から南南東に二十キロの地点。

 IFWO専用観測衛星『ユリウス二世』は、発生した魔法使いを人型目標・八十三号と識別する。

 午前八時頃までロシア・シベリア方向へと移動していた八十号目標だが、東経一四〇度線を越えたあたりから急に方向転換、シベリア沿岸を舐めるように南下を開始した。


「……午前三時現在、八十三号目標は樺太近海を移動中。おそらく、あと三十分程度でEEZを越え、一時間で北海道稚内市に上陸するものと思われる」

「一時間って……アタシら、ぜんぜん間に合わないんじゃない?」

 と、美咲一尉。質問は後だろ、と一応たしなめてから司令は、

「八十三号目標は飛行時速八十から百二十キロの高速型だ。海戦自が周辺の迎撃艦をかき集めているが、一月の青森攻防戦の影響もある。海空の魔導士がいない今、東北の戦力は期待できん」

 陸戦の魔導士がいるように、海戦も空戦もいるらしい。

 俺がちらりと横目で見ると、大剣を胸に抱きしめたまま俯いているアリアルドの首が、かくかく船を漕いでいた。作戦中に寝るなよ。

「他の魔導小隊は、いつごろ中国から戻って来られそうなんですか?」

 恋子さんが聞くと、獅子堂司令は首を振って答える。

「未定だ。今、海空の支援部隊が帰国することは、東亜共同声明の解消に繋がる。そうしたら外交問題だ。ジャンムゥが鄭州ていしゅうを離れない以上、動かすことはできんよ」

「ジャンムゥ?」

 聴いたことのない単語に、隣に座る恋子さんが補則してくれる。

「七十七号目標ですよ。通称『張慕ジャンムゥ』。中国の鄭州を占領している魔法使いです」

「ロシアの『白銀王』や、サウジアラビアの『ブラストワークス』ほどではないが、東アジア圏内ではトップクラスの能力を持つ個体だ。こいつの殲滅が、共同声明の主文になっている」

 続いて副隊が答え、それからくるりと身体を半回転させて、モニタに向き直った。

「話が逸れたが、このような理由で他戦自を頼るのは愚考だ。国連軍にも応援要請は出しているが、間に合う可能性は万に一つも無い。我らと北部方面隊のみで討つことになるだろう」

「迎撃地点は?」

 美咲一尉が訊くと、モニタの映像はどこかの山間部にある都市の俯瞰に切り替わった。

「岩手県八幡台市の山間部――七時雨山を第二防衛線起点とする。市街に入る前に殲滅できればベストだな。防衛限界は岩手山・姫神山間とし、迎撃開始時刻は〇五〇〇とする」

 俺は腕時計を見る。

 現在、三時十五分。あと二時間足らずといったところか。

「山間部で移動の確保が難しいため、特専の普通第一と特科第二が前衛、狭山大隊が後衛になるだろう。以下、詳しい部隊配置は追って指示する。……何か質問は?」

「大事なのが抜けてるだろ。八十三号目標のスペックだ。観測攻撃はロシアがやったのか?」

 美咲一尉の質問に、副隊の視線は再びモニタへと注がれた。

「……今からだ」

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