第二話 -9
「特務部特定方面専任師団の第一戦車大隊長を務める、
紳士的に名乗った狭山二佐と、俺は萎縮しながら握手を交わした。バカでかい手だった。オマケにゴツい。この手に力が込められてしまったら、俺の右手の再起不能は確実だろう。
「お会いできて光栄です、狭山二佐。特専の噂はかねがね伺っております」
歯の浮くような台詞かもしれないが、本心だったから仕方がない。それくらい『特専の狭山』という代名詞は有名だった。
特務部特定方面専任師団、通称「特専」は、特務――対魔法使い戦闘任務を主とした、世界中のどこにでも派遣される専任の師団だ。
特定方面とは「魔法使いがいるところならばどこでも」という意味であり、専守防衛を基本戦略とする総自衛隊の理念と一線を画する。魔法使いが現界すれば、そこがどこであろうと飛んでいき、これを撃滅するまで戦い抜く。それが「特専」に与えられた任務なのだ。
その特専の中核を担うのが、去年配備されたばかりの最新鋭戦車『
「そんなに畏まる必要はない。同じ特務部に所属する仲間だろうが。それに現場が長いせいか、俺は固ッ苦しいのが正直苦手でな」
ニヤリと笑って、太く逞しい腕を組む。男の俺でも惚れ惚れするような闊達さだ。なるほど、豪傑と呼ばれるだけのことはあると納得せざるを得ない偉丈夫だった。
「それで、どうしたこんなところに突っ立って?」
俺が思わず立ち止まった経緯を話すと、狭山二佐はやや眼を細めて、
「それほど珍しいものではないと思うが……まあ、好きなだけ見学していくといい」
願ってもない申し出だ。俺は礼を言って、狭山二佐の隣に立たせてもらうことにした。
それからしばらく、腕立て伏せが延々と続く。
やがて二百の掛け声が空に響くと、今度は間髪入れずに二人一組の
「基本の三セットですか? 士気が高くて、素晴らしいですね」
俺がそう言うと、狭山二佐は部下達へ注ぐ視線を止めることなく口を開き、
「八セットだ。この程度では士気が高いとは言わんな。特専の戦士ならなおさらだ」
「特専の……戦士、ですか?」
俺の不思議そうな声に、狭山二佐はようやくこちらに向き直った。
「……ああ、そういえば貴様はまだ日が浅いのだったな。俺は、特専――特定方面専任師団に所属する部下達のことを、戦士と呼んでいるんだ」
真摯な表情に宿った鋭い視線が、俺を射抜く。
「なにせ、特専は百万都市を単体で撃滅できるほどの規格外と戦うために作られた組織だ。言い換えれば、都市を護る最後の希望。もしも俺たちが諦め、部隊を退いたらその後ろで生きている人々はどうなる? 彼らは何にすがって生きる希望を見出さなければならない? ……俺たちの戦いとは、そういう人々の延長線上にある」
そこで、少しだけ楽しげに口端を歪め、
「だから、俺たちはただの自衛隊員ではない。戦うことで希望を背負う、戦うために戦場に出た『戦士』なんだ。そこには階級なんて関係ない。なぜなら――戦場に出れば、俺たちは誰もが誰かを守る戦士だものな。そうだろう?」
圧倒的なほどの説得力のある声で、そう笑った。
……なんというか、本当に自衛官の鑑のような人だと思った。
こういう人のことを、真の容貌魁偉と呼ぶのだろうか。吉良瀬川恵一郎十九歳、不覚にも、ちょっとだけぐっと来てしまった。
(こんな人が俺の上官だったら……)
などと不埒なことを考えたのはここだけの秘密だ。
「ふむ。……貴様、どうやら身も心も、少々さび付いているようだな」
「え゛」
突然そんなことを言われて、俺は思わずたじろいだ。
く……この人のすぐ傍にいるのは危険だ。眼光が強すぎて心臓に悪い。それが的を射ているとなおさらだ。
「そ……そう見えます?」
「戦場でならいざ知らず、駐屯地内では悪名高い魔導小隊だ。新任したばかりの貴様の苦労なんて、見ずとも分かろうというものだ」
……やっぱ、外から見てもそうなのか。
「どうすればいいんですかね」
「さあな。そちらの副隊長殿は俺たちの司令官だし、滅多な口出しはできんが……少なくとも、他人から言われて改善できれば苦労はせんだろう。自己の精神は自己から生まれるものだ。違うか?」
違いません。
「貴様は複雑に考えすぎだ。もっとシンプルに考えれば良いだろうに」
「……シンプルに?」
間抜けな鸚鵡返しをしてしまった俺に対して、狭山二佐は力強い頷きと共に答えを示した。
「守りたければ、強くなればいいんだ。自衛隊員にとって、簡単で基本的なことだろう?」
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