第二話 -6

「そうそう。あいつはあんなんなんだよ、昔から」

 午後七時の隊員食堂。

 この時間になってようやく再会した美咲一尉は、晩飯の乗ったトレイを恋子二曹の隣に置きつつ、俺の問いにそう答えたのだった。ちなみにもう朝の伝説は綺麗サッパリ忘れてくれているらしい。おめでたい性格なのは今は迎合したいところだ。

「あんなんって、何の話?」

 すでに食べ始めていた二曹が、お茶を煽りながら最後に到着した俺に訊いてくる。

 ちなみに配膳されるメニューは全員同じだが、みんな揃っていただきます等の習慣はない。いくつも並列する長テーブルが緑色の陸自服で染まるのは壮観だが、俺の眼前に陣取る二人の女性隊員は一方がだらしなく着崩したワイシャツ姿、一方がピンク色のカーディガン姿と、ここだけ華やかな気がするのは眼福だった。

「それがさーレンコ。こいつさー、アリアと一緒に昼飯食いに外出たんだって。しかも昼飯と称してクレープ食ったンだってさ」

 ワイシャツ姿の女神は、俺の眉間を指差してギャハハと笑った。

 恋子二曹は眼を丸くして、

「うっわ、外に出したのバレたら怒られますよ、副隊に……。あの子はトップシークレットなんですから」

「え……そ、そうなんすか?」

 思ってもなかったことを言われて、今度は俺のほうが眼を丸くする番だ。恋子二曹は呆れたように首を振り、 

「当然でしょう? そりゃ世間一般にも知られていないワケじゃないですけど、魔導士の詳細やどういう人間なのかってことは公開してないんですから。魔力を持っているって理由だけで年若い女の子が戦争の道具にされている――そんなことが世間に知れたら、いくらウチの隊長だって一発でクビ飛んじゃいますよ」

 俺は慌てて周囲に視線を巡らせた。……よかった、隊長も副隊長もいない。思えばあの二人は宿舎ではなく自宅で暮らしているらしいので、晩飯をここで摂るハズもなかったのだが。

「……反省します。発言には注意ってことですね」

 俺が渋い顔で言うと、美咲一尉が再び下品に笑った。

「そうだぜー気をつけろよぉ? あの鬼女の説教はキビしいけど、デブ隊長の説教もねちっこくてツラいかんなー?」

 この人のほうが絶対に失言多いだろうから、その助言はありがたく心に留めておくことにしよう。

「あ、そう言えばアリアルド一尉は?」

 話のついでに二人へ訊いてみる。昼ごはんの後、駐屯地へ戻ったら、ふらりとまたどこかへ行ってしまったので気にはなっていたのだ。少なくとも、食堂内には彼女の姿は見当たらなかった。

「あいつは宿舎住まいじゃないからな。基本はあっちで食ってんじゃね?」

 と、美咲一尉。白米のお椀を搔き込みながら答えてくれる。

「あっち、ってドコです?」

「六課研。そもそも、駐屯地に来るのは用事があるときだけだしな」

 俺は先日行ったあの閉鎖的な研究所を思い出して、再び眉を曇らせた。

「六課研って、妹尾主任のところですよね。あんなところに住んでんのか……」

「あれ、ケイくん研究所に入ったことあるんですか? 機密性高い場所だから、あんまり一兵卒は入れてくれない場所なんですけど」

 恋子二曹に意外そうな顔をされる。やはり俺があそこに招待されたのは、分不相応なことであるらしい。

「……って、ケイくんってなんですか、戸代二曹」

 俺がジト目をしながら言うと、二曹は一息、茶を啜った。

「だって、吉良瀬川恵一郎って、苗字も名前も長いんですもん。呼ぶの面倒じゃない」

 だからってケイくんはさすがにちょっと。家が隣同士の幼馴染みでもあるまいし。

「そ・れ・に!」

 二曹は、ずい、テーブル上に身を乗り出して、口を尖らせた。

「二曹って呼ぶのもやめて、って言ったじゃないですか。私を呼ぶときはレンコちゃんで、真琴ちゃんはマコちゃんです。これは魔導小隊が代々受け継ぐ伝統の掟。貴方も魔導小隊員なら遵守するように!」

 箸先で俺を指しつつ諌める恋子二曹。……む、確かに、虎穴に入らずんば虎児を得ず。これが小隊の決まりごとであるならば仕方がない。

 俺は座ったまま敬礼して気合を入れた。

「は、了解しました! では、改めましてよろしくお願いします、えっと……………マコちゃん?」

「て・め・え……誰にナメたクチ利いてやがるんだゴラァ?」

 思いっきり両手で首を絞められた。ごめんなさいごめんなさい殺さないでください。

「でも、私が配属されたときから、アリアはあんな感じでしたよね。無口で無表情、話しかけても反応も鈍くて、何を考えているのか判らない……お人形みたいな感じ」

 話を唐突に本筋に戻し、憂い顔で言う恋子さん。ていうか俺に対するフォローはなしですか。

 ようやく俺の頚動脈から手を離した美咲一尉も、憮然とした顔のまま食事を再開した。

「確かにな。正体も判らんし、近寄りたくないってヤツ、結構多いよな」

 なんだか冷たい反応だった。もしかしたら、この二人もあまりアリアルドと親しいというワケではないのかもしれない。

 ……まぁ、判らないでもない。

 自衛隊員四年目の俺でさえ、『魔導士』については対魔法使い戦争専門の戦闘員の呼称である、という一般人と同レベルの知識しか持ち合わせていないんだ。戦場で疾駆するあの異常な強さを垣間見れば、誰だって不安を抱かずにはいられないだろう。

 でも、俺は一度、彼女を助けたことがあるし、彼女に助けられたこともある。

 そして、戦闘時とは違う、昼間の彼女の純真無垢な眼も見たことがあるんだ。

 だから、無意識的に彼女を擁護したくなっているだけなのかもしれなかった。

「はーい、ごっそさーん」

 ぱちん、と手を合わせて、美咲一尉が頭を下げた。食器の中身は綺麗さっぱり完食である。恋子さんもちょうど箸を置いたところだった……って、いつの間に平らげたんだこの人達?

「恵一郎、食うの遅ぇ~。戦場でメシに10分以上掛けてたら、メシより先に鉛弾で腹がいっぱいになっちまうぞ」

 意地悪く笑いながら立ち上がる美咲一尉。く、屈辱だ。俺より体格の小さい、しかも毎日ぐーたら過ごしてるような人に負けるなんて……。

「伊達に毎日、体力温存してないよねー」

 それをぐーたらと言うんですよ、レンコさん。

「いいんだよぐーたらしてたって。アタシらは、いつ出動が掛かって死ぬとも知れない運命なんだ。死ぬときに悔いを残さぬよう、毎日を自由に生きる。それが魔導小隊員の特権なんだからさぁ」

 他の隊員が聴いたら恨みそうな発言をする一尉だった。

「マコちゃん、たまには一緒にお風呂入らない? 今日は身体の隅々まで洗ってあげるぞ☆」

 食器を洗うため、自分のトレイを持ち上げながら言う恋子さん。マコちゃんさんはぎょっとして、唇をへの字に歪めて見せた。

「な、何言ってんだよ恋子。あたしは士官時間に入るからいーってば」

「そんなこと言ってぇ、いつもカラスの行水じゃない。女の子なんだから、これからは身体もピッカピカにしておかなきゃ駄目だよ」

「はあ? なんで今さら身体に磨きかけなきゃなんねーんだよ」

「だってぇ、今日の朝みたいに恵くんが突然突撃してきたとき、汗臭かったら恥ずかしいじゃない? ……まあ、朝みたいに真っ赤になるマコちゃんもカワイくてそれはそれで捨てがたいんだけど」

「……んなッ!」

 ぼぼぼ、と沸騰したやかんの如く顔を真っ赤に染めた美咲一尉は、それから俺の方を見遣り、油を注いだ烈火の如く顔を真っ赤に染め、テーブルの上に飛び乗って俺の顔面に蹴りを入れた。

「思い出したっ! こ、こここの変態野郎ッ!」

 なんで二回も殺られにゃいけないんですか――と声にならぬ悲鳴を上げつつ俺は気絶した。


 以上、これが主な俺の一日の任務報告である。

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