第一話 -2
市街地の向こうに見えた戦場は、今まで見てきたどの映画よりもリアルだった。
「うわ……とんでもないですねぇ、今回の魔法使い」
恋子二曹が窓の外を見ながら呟く。俺から言わせて貰えば、とんでもないの度を越えていた。
平塚市の北東に位置する綾瀬市の惨状は、言ってしまえばお祭り騒ぎの一言だ。
普段は平穏であっただろう綾瀬市の街並みは、火煙と砂塵に包まれている。
人々の営みを軒並み蹂躙していく魔法の光とF22の群れ。ビルが消し飛び崩壊し、森は業火に包まれる。
空を彩る爆発の光。風にたなびく硝煙の臭い。
藤沢バイパスを北に走るジープの外は、リオのカーニバルでもこれほどではないだろうと確信できる喧しさで溢れていた。
「いつもはこんなんじゃないんですか?」
俺はステアリングを握り締めたまま大声で訊く。外も煩いが、ジープの車載ナビも喧しい。冷房のすぐ下のモニターは刻一刻と変わる戦況データを映し出し、指揮所からの音声命令を無秩序に垂れ流しにしている。まだ「この先右です」とか愛嬌の良いカーナビの方がマシだった。
「ドンパチはいつもどおりかな。でも、防衛線を三つも突破されたのは今回が初めて。国防予算をまた圧迫しちゃうな……榊隊長、上の人から小突かれちゃうかも」
などと恋子二曹、後部座席からおもむろにハンディタイプのPCを取り出して、それから延びたコードを車載ナビにぶっ挿す。PCのピーガーガーという起動音で、車内のヘルツ量は一・五倍に上昇した。
「これからどうします、恋子二曹?」
「とりあえず国道467号を北に。多摩市にいるマコちゃん……じゃなかった、美咲真琴一尉と合流します。一士、弾持ってきてくれました? って、あれ、あれ? 忘れちゃった?」
唐突にオロオロされる恋子二曹。再び後部座席に頭を突っ込んでゴソゴソを開始する。弾って何だ。俺が今持っているのは、常備している標準拳銃の九ミリ弾くらいしかありませんよ。
「あっ、あった! よかったあ……」
席に戻った手に引きずられてきたのは、さっき獅子堂司令から渡されたアタッシュケースだ。運転席と助手席の間のボード上にうんしょっと乗せて、ぱかりと開いて見せた。
クッションに包まれて収まっていたのは、ゴツい銃。
全長四十センチくらいあるかもしれない。銀のボディに茶と緑のパーツがごてごてとくっ付いた、今までカタログでも見たことのない形状の銃だった。マグナムだろうか? 否、それにしては銃口が大き過ぎる。
口径は十二ゲージを優に超えており、ショットガンとマグナム銃を足して二で割って超合金ロボの装甲を取り付けたような、そんな仰々しくも怪しさの漂う銃だった。
これが……対魔法使い用の、武器だってのか?
「聖副隊、本当にネクロノミコンを新人クンに持たせちゃうんだ……ふえぇ、早すぎですよぅ……」
「ネクロ……? この武器の名前ですか?」
「そう。ネクロちゃんです。大事に扱ってくださいね、死ぬほど
ちゃん付けかよ。
「ち、ちなみに、高価いって、どれくらいなんですかね」
俺がそう訊くと二曹は、アタッシュの下半分に収められていた手の平大のプラケースを大事そうに取り出しながら、
「戦闘機十台分くらいですかね」
それって市町村の一年間の予算に匹敵するんじゃないかと眩暈がしそうになって、慌ててハンドルを持ち直した。危ない危ない。非常交通規制で隊務車以外の通行が制限されていなかったら、対向車に激突して俺の命より大事なン十億円のお銃様がお釈迦様になるところだ。
二曹はプラケースの蓋を開け、中から黒塗りされたマッチ箱のようなものを摘んで「はい、どうぞ」と差し出してくる。
片手で受け取りながら、これは何ですか、と訊いてみると、
「弾丸ですよ」
「弾丸? この箱の中に入っているんですか?」
「いえ、この箱自体が一個の弾丸なんです」
え、と鸚鵡みたいな口をあけてしまう。弾丸といえば、円筒状のロケット型と相場が決まっているはずだろう。
言い間違いじゃないのかと、もう一度口を開きかけたところで、
『陸上戦略自衛隊幕僚長より戦闘各員。陸上戦略自衛隊幕僚長より戦闘各員へ』
車載ナビの雑音が絞られ、明確な一人の男性のボイスを吐き出した。
『目標通称・八十二号が首都五十キロ圏内を突破したため、日本政府より非常事態宣言が発令された。これにより日本政府およびIFWOは東京の一時放棄を承認決定。政府首脳の緊急退去が開始される。退去候補地は埼玉、茨城、千葉の各方面だ。各隊は首都高と百番台国道の確保を行い、同時に空戦自および空治自は羽田、成田の両空港の確保を最優先に行動されたし。繰り返す、東京の一次放棄に伴い――』
八十二号とかIFWOとか、聞き慣れない言葉の連続で意味は多少しか理解できない。しかし、何を言いたいのかはニュアンスで察することができた。
要するに、日本は本当にギリギリだってことだ。
あの、窓の外で鬼神の如き力を見せ付けている、たった一人の少女によって――。
「……有り得ねぇだろ」
反射的に口から飛び出す独言。
それで、ようやく事態の大きさに気づいてしまう。
戦闘機の大群をものともしない魔法使い。
そんな史上最強の敵に――俺が?
俺みたいなちっぽけな人間が、戦いを挑むだって?
冗談じゃない。あの光の残滓を浴びただけでも、俺の身体は溶けて無くなっちまうだろう。
それはつまり、殺されるかもしれないってことだ。
「あ、吉良瀬川さん、前、前! 次の角を右ですっ!」
恋子二曹の声で、はっと我に返った。慌ててハンドルを切る。ジープは前輪を鳴らしながら国道十六号に無事侵入し、俺は額の汗を袖で拭った。……何をやっているんだ、俺は。
「……吉良瀬川さん、大丈夫ですか?」
二曹が俺の顔を覗き込んでくる。大丈夫ですよ……とは、正直言えない。アクセルを踏む足が今にも震え出しそうだ。そんな俺の様子を察したのか、恋子二曹は落ち着いた口調で、
「大丈夫ですよ。みんなと一緒ですから。私達は、絶対に生きて帰れます」
「え? それって、どういう――」
『――今のオープンチャンネル、聴いたか我が愚兵ども』
そこに割って入ってきたのは、無線のスピーカーから漏れてきた獅子堂司令の低音ボイスだ。俺と二曹は傾注した。
『関東方面隊の三個中隊をそれぞれ現場に向かわせた。戦力低下は避けられないが、陸戦自幕僚長のお達しだ。ちっ、舐めやがって……官僚どもが逃げ出せても、シェルタに閉じこもった一二〇〇万人の東京都民はどうなる。見殺しにするつもりかよクソ野郎どもが』
ほぼ過半数が愚痴だった。秘匿回線使って言いたいことはソレか。
……しかし、
『だからって、私達の戦いが終わるわけじゃないわ』
車載モニターに浮かんだ獅子堂司令の眼の輝きは、決して鈍っちゃいなかった。
『指揮官権限で残る全戦力を多摩に向かわせた。陸戦魔導士も再投入する。魔導小隊は各隊と特専師団の火力支援を受けつつ接近し、あらゆる手段を用いて八十二号目標を撃破しろ。絶対に奴を東京へ踏み入れさせるな』
強い口調と怜悧な瞳。それは、彼女の鋼の意思を感じさせるのに十分だった。
『いいか貴様ら、日本を守っているのはあんなクソ野郎共じゃない。このあたしと、国民の奴隷たる貴様ら自衛隊員だ。遠慮はいらん、好きなだけ暴れろ! 逃げ腰官僚思考のクソ野郎どもの鼻っ面を真ッ正面から叩き折ってやれ! 以上!』
言いたいことを言ってブツ切りする司令官サマ。しかし、別の回線からは別働隊員たちのものだろう、おおッ、という大音声が沸き起こり、戦闘士気の昂揚には役に立っているらしかった。
「ね? 私達は、絶対に負けません!」
恋子二曹が、ぐっと握り拳を作っておどける。
不思議なものだ。たったこれだけで、俺の脚は、腕は、そして心は。何も恐れるものがなくなっていたのだから。
「ありがとうございます、二曹。俺……絶対にお役に立ってみせます」
ハイ、とにっこり微笑んだ恋子二曹は、あ、そうだ、と人差し指をぴこんと立ててみせて、
「それと、私のことはレンコさんくらいで良いですからねっ」
到底自衛隊員とは思えない発言をした。
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