第344話 双剣復活と不思議なダンジョン。 中編

 

 俺は冒険者ギルドの受付嬢メリーダから受けとった地図をナビナナに記憶して貰い、『女神の翼』を発動してシュバンから飛び立っていた。


 タロウは勝手に影転移で追って来れるから良いとして、やっぱり天気がいい日に空を飛ぶのは何度味わっても気持ちが良い。


「神体転移じゃ味わえないもんなぁ。方向は任せたよナビ」

「此方で修正しておきます。現在時速140キロですから、大体四十分前後で目的地に到着します」

「ラジャッ! もうちょっと速度上げても良いかな?」

「マスターのお望みのままに」


 俺は風圧など関係ないと言わんばかりに雲を突き破り、時に回転したりしながら思う存分に空を楽しんでいた。

 あっという間に目的地のヘイケルの谷が見えて来るくらいに。


 低空飛行すると、メリーダが言っていた騎士部隊の中に隊長のイスリダの姿を発見したので地面に着地する。


「れ、レイア様⁉︎」

「よう! まさか騎士部隊隊長自ら出発してるとは思わなかったよ。なんかあったんか?」

「いえ、女王のお手を煩わせる様な事ではございません。それよりも何故ここに?」

「なんかお前最近堅くなったなぁ。前はもっとフレンドリーだったのに……」

「一体いつ、どこにフレンドリーだった記憶があるのかお聞きしたい位に、心当たりが御座いませんね」


 俺は顎を抑えて思い出してみるが、初めて会った時はこいつにエアショットを打つけて気絶させ、結婚式の時はタキシードを寄越せと脅し、それ以外には俺が巻き込まれた事件の事後処理に向かわせた記憶しかないなぁ。


「うん。確かにないね! さて、じゃあさっさと何が起こったのか話せよ。俺とも無関係じゃなさそうだから」

「覚えがないならそういう発言は無闇になされてはいけません……本当にレイア様に協力を仰ぐ程の事では無い故、騎士部隊にお任せ下さいませ」

「あのなぁ。俺は女神だぞ? 嘘とか見栄とか通じないっつの。何か問題が起きたから隊長であるイスリダ自身が出向いたんだろ。もう一度だけ聞く。ーー何があった?」


 別に女神の能力を使わなくてもこれくらい気付けるけどね。俺がこの神体を得て真っ先に行ったのは、ナビナナによる制御だ。

 それは最早封印と言っても良い程に、今の俺は力を抑え込んでる。


 女神様の主神としての力は強過ぎて、向ける相手を間違えると大切なモノを壊してしまう気がしたから。


「流石ですね。実はこの先のヘイケルの谷を調査していた小隊からの連絡が途絶えました。ダンジョンには決して近付かぬ様に申し付けてあったので、不測の事態が起きたのだと思い、私自身が調査に来たのです」

「新しく生まれたダンジョンだから何があってもおかしく無いだろうね。もしくはその影響で変異種の魔獣が生まれた可能性もあるな」

「はい。慎重に動かなければならない案件故、調査が完了してからミナリス様に報告しようかと」

「うん。じゃあ、さっさと行こうぜ!」

「ーーへっ?」


 俺がレッツゴーと腕を掲げると、イスリダは目を見開いて固まっている。まるで何言ってるんだこの人は、とか思ってそうな感じだけど、目的地が同じなら一緒に行けば良いじゃんね?


「あっ! ちょっと装備を整えるから、お前達はあっちを向いてろ」

「「「「は、はいっ!!」」」」

 最近紅いドレス姿で過ごしてばっかだったので、つい防具やアクセサリーを身に付けるのを忘れてた。


 別に上から装着するので脱ぐわけじゃないから見られてても平気なんだけど、一応女神として気を使う。


『フェンリルの鎧』と『ヴァルキリースカート』に一応『生命の指輪』と『名も無き剣豪シリーズ』のガントレットとグリーブも装備した。

 冒険者はやっぱり形から入るのが基本ですな!


「オッケー! さぁ、行こうか」

「許可できません! 女王自らダンジョンに向かうなど騎士部隊隊長として認められません!」

「……言いたい事は分かるけど、俺はGSランク冒険者の紅姫レイアでもあるんだぞ?」

「分かっています! ですが、御身に万が一の事があってはならないのです!」

「男なら『俺が守ってみせます』位に言ってみせろよ。まだまだアズラには届かないね。イスリダ?」

「ーーぐぅっ、それはずるい!」


 確かに狡い言い方かもしれないけど、効果は抜群だな。馬を部下に任せると、押し黙ったままイスリダは俺の前を歩き始めた。


「守ってみせますよ……」

「うんうん! 頑張りたまえイスリダ君! 全然期待してないけどな!」

「ぐぬぬぅっ!!」

 怒りたいけど怒れない、そんな男の表情を見るのは案外楽しかった。でもやっぱりアズラのツッコミの様なキレがなくて物足りないぁ。


 俺はそのまま騎士部隊の小隊を引き連れ、暫く『ヘイケルの谷』の渓流を登って歩いて行くと、徐々に新しく生まれたダンジョンの瘴気が視認できる程に色濃くなっていく。


 不思議だったのはこれだけ瘴気が溢れているのに、魔獣が俺達を襲って来なかった事だ。ナビナナの索敵で脳内レーダーに映し出された点はかなりの数になる。


 少なくともこの周辺には百体以上の魔獣が息を潜めており、いつこちらに襲いかかってくるか警戒していたのだが、杞憂に終わったからだ。


「レイア様。魔獣達は何故こちらに近付いて来ないのでしょうか?」

「イスリダは気付いてたのか。多分、この瘴気が嫌なんじゃないか? 俺も違和感を感じてるからね」

「確かに多少濃いとは思いますが、寧ろ魔獣は瘴気を好むのでは……」

「う〜ん。説明が難しいから論より証拠ってやつじゃね? 行ってみれば分かるさ。ほら、直ぐそこだ」


 俺が指差した先には、黒い水が流れる滝があった。汚染されている証拠であり、この滝の上部にダンジョンが生まれた影響だろう。


「イスリダ、この位の崖登れるよな?」

「はい! お前達はあちらの道から登って来い。先に行く!」

「「「ハッ!!」」」


 部下達に安全な道から登る様に指示を出すと、俺は『女神の翼』で一直線に飛び、イスリダは『身体強化』を発動して一気に崖の突起を足場にして真上へ駆け上がった。


 そして、川の上流部分にぽっかりと浮かび上がった新しいダンジョンの入り口を発見する。


「あの空間の亀裂がダンジョンへの入り口か。生まれたてだからこういう形なのかな? イスリダは知ってる?」

「いえ、どうでしょうか。何分私自身も見るのは初めてですので、判断しかねます」

「取り敢えず、飛び込んで見ていいか?」

「部下を待ちましょう。荷も運んでおりますし、何の準備も無しに内容を知らないダンジョンへ飛び込むのは避けたい所です」

「はいよ」


 さっさと試し斬りしたいなぁ。こんな事になるならイスリダを見つけたからって、無視してダンジョンに飛び込んじゃえば良かったかもしれない。


「判断を間違えたかな」

「マスター、少し不穏な気配を感じます。まだ確証はありませんが、慎重に動いた方が良いかもしれません」

「ん? ナビナナがこの程度で慎重になれなんて珍しいな。どういう事?」

「このダンジョンの索敵が不可だったからです。何者かによって阻止されました」


 ナビナナはナナから切り離され、俺と融合する形を選んだ。即ち、俺の能力の一部を行使出来る。その索敵が弾かれたって事は、強力な力を持った個体が存在すると言う事だ。


「成る程。面白くなってきたな」

「さっきから一体何を話しているのですかレイア様?」


 ーーブオンッ!!


 イスリダが不思議そうに俺へ問い掛けてきたタイミングと同時に、地面に転移魔法陣が浮かび上がる。そして、それはダンジョンの亀裂から伸びていた。


 即ち、強制的に発動するトラップだ。内部なら兎も角、入り口周辺で発動するトラップなんて聞いた事がない。

 勿論経験も無かったので、ナビナナからの指示も俺の対処も遅れる。


「マスター! 神体転移をーー」

「ーーマジか⁉︎」


 ーーキュンッ!!


 眩い光に包まれ反射的に目を閉じてしまい、瞼を開いた先は全く知らない場所だった。

 所々に燐光を放つ鉱石が埋め込まれており、視界は保てるけれど、まるで鍾乳洞の内部にいる様に温度が低い。


 ゴツゴツとした岩が突起していて歩き辛そうだ。ダンジョンにしては作りが荒いと感じた。


 ダンジョンは元々神から核に設定されたプログラムなのか、自然とそれらしくあろうと地面や壁が舗装されていたり、迷宮の様にレンガが重ねられていたりと手が加えられている。


 生まれたてだからか、このダンジョンにはそれが無い。寧ろ、これが普通だと言わんばかりに意図を感じたけどね。


「ふむ。先行した騎士隊が消えたのは、近付いてこのトラップに掛かったからだろうなぁ」

「そうですね。油断してしまい、本当に申し訳ございません」

「ーーいたの⁉︎」


 独り言を呟いたつもりが、隣にイスリダが立っていて素で驚いてしまった。どうやら転移したのは俺達二人と、影に潜って様子を見ているタロウ位だろう。


『タロウ、いるな?』

『焦りましたけど、何とか』

『暫く潜んでてくれ。ちょっと様子を見たい』

『畏まりました。出来たら僕の出番がない事を心から祈ってます』


 タロウの弱音は聞き飽きており、ちょっとだけ出て来いや! なんて引き摺り出してやりたくなったけど我慢する。こんだけ内部が暗闇なら、タロウの能力にはもってこいだからね。


「イスリダはそんなに気にするな。さて、それじゃあ騎士達を迎えにいってやろうか!!」

「はいっ!」


 色々と不可思議なダンジョンだけれど、漸く試し斬りの時間だ! 暴れまくってやる!

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