第338話 クラドの決意 前編

 

 カナデが産まれてから一週間、王都シュバンでは宴が開かれていた。

 城の庭も解放し、俺は紅姫のみんなと一緒に兵士や民のみんなと朝から晩まで酒を飲み、美味い食事に舌鼓をうっている。


「本当はビナスとカナデも連れて来てやりたいんだけど、まだ早いって怒られたよ」

「当たり前だ。治癒魔術で回復しているとはいえ、ビナスも衰弱してるには違いないぞ」

「はいはい。最近アズラは小言が多くて困る」

「新しい姫を守るのも騎士の務めだからな。最近はより一層剣を振ってるぜ」


 自信に溢れたアズラの横顔を見ていると、確かに少し頼もしくは感じた。

 だが、我が家の場合は嫁が強過ぎて、こいつが幾らか強くなっても嫁達がそれ以上に強くなっていて目立ちにくい。


 勿論、俺は大黒柱なんだから一番強くあるつもりだけどね。


「妾から一本も取れんうちから生意気言いよるのう。なぁ、コヒナタ?」

「えぇ。アズラ様も慢心してはいけませんよ! ビナス様が戦線離脱した以上、私達がもっと強くなるんです!」

「言われなくても分かってるさ。巡回ご苦労さん!」


 アリア、ナナと入れ替えでディーナとコヒナタが戻ってきた。それに続いているのがクラドだ。毎週飯は食いに行っているが、彼方から足を運ぶのは珍しい。


「おや、クラド君から城に来るのは久し振りだね。食堂は良いのかい?」

「こんにちはレイアさん。いつもは食堂が忙しいんですが、連日続いている宴の影響で食材が不足してるんですよ。シルバさんとタロウ辺りを貸して貰えませんか?」

「それは良いけど、どうせ行くならディーナとコヒナタでも良いんじゃーー」

「ーーそれは断固お断りします!!」


 俺の言葉を遮って、クラドは両手を交差して全力で拒絶の意を示す。ディーナとコヒナタはその様相を見て首を傾げているが、何となく『悟り』のスキルを持つ者同士語らずとも理解出来た。


「じゃあ、シルバとタロウを貸すから街の人達にも振る舞えるくらいの量を狩って来てくれ」

「ありがとうございます。そのあと夜に少し相談があるのでお時間を頂けますか?」

「男同士の内緒話ってやつだな。分かった。時間を作るよ」


 クラドは小さく頷くと、何やら瞳に力強さが伺えた。もしかして、もしかするのか?


『それでは主人よ。行ってくる』

「あぁ、シルバはともかく二人は気を付けてな」

「任せて下さいレイア様! 僕のレベルも55まで上がりましたからね! 魔獣程度に遅れは取りません」

「はい! タロウのレベルを聞いて安心してます」


 シルバとタロウに念話を送って呼び出すと、クラドはシルバの背中に乗り、タロウは影に潜り込んで城壁を登って姿を消した。


「そうか、そんなにディーナ達との狩りはトラウマになったのかクラド君……」


 __________


 シルバが神速を発動して街を離れると、クラドは悟りのスキルで脳内に入れている地図から適切な狩場を指示した。


「あまり遠くまで行くと、食材を運ぶのが大変かな」

「大丈夫だよ。影転移の応用で幾らでも運べるから、行き帰りの時間だけ計算してくれれば良いさ」

『それならば、岩山でアッシュバードを狩るぞ。以前食したが、主人も美味いと言っていた』

「ハハッ。サラッとBランク魔獣の巣を選ぶんですね」


 シルバの念話を受けて、クラドの頬に一筋の汗が流れる。それでもSランク魔獣のダンジョンなどに連れて行かれた経験を思い出せば恐怖は僅かだ。

 深愛のネックレスの瀕死防御が無ければ、何度死んでいたか分からないと身震いしつつ答える。


「それで行きましょう! 僕は何も出来ませんが、仕留めた先から血抜きしていきますのでタロウは守ってね!」

「おう! 弟分を守るのは兄貴分の務めだからな!」

『時間が惜しい。一気に奇襲を仕掛けて最低十匹は狩る!』


 方向転換して二十分ほどで北西にある岩山へ到着すると、シルバは前爪で三メートルを超えるアッシュバードを腹から裂いた。


 仲間の断末魔を聞いたアッシュバード達は一斉に空へ飛ぶと、上空を回りながら長く鋭い嘴を突き出しながらシルバへ突進する。

 同時にナイフの様に硬い灰色の羽根を振り下ろした。


『遅いぞ?』


 ーーワオォォォォォォォオオオンッ!!


 アッシュバードが突き刺したのはシルバの残像であり、既に囲いを抜け出していた銀狼は上空へ咆哮した。

 Sランク魔獣の咆哮を受けて、四、五匹の巨鳥は気絶しながら地面へ落ちる。


「これは楽勝だね! 経験値頂きます!」

 タロウは影から影を縫う様にして転移しながら、コヒナタ製の冥府の鎖鎌を振り下ろして首を刎ねた。


「この様子じゃ、血抜きの必要は無さそうだなぁ」

 クラドがそう呟いている間も、タロウはリミットスキル『陰影』を発動し続ける。死して生物では無くなったアッシュバードを次々と影の中に取り込み、経験値を稼いで歓喜していた。


 クラドは既に岩山特有の植物やキノコを集めており、大体戦闘開始から三十分程した辺りでアッシュバードの群れはその場を逃げ出してしまう。


 巣に残されていた卵を回収すると、シルバ、タロウ、クラドはその場を後にしてシュバンへと戻った。


「これだけあれば上々ですね!」

「宴も明日で終わりだしな。みんなに振舞ってくれよクラド!」

『私は丸焼きが食べたいが、出来るか?』

「色々と調理方法を考えてあるので、他の料理人の皆様にも協力して貰うつもりですよ」

『楽しみにしている』


 この後、街では同じく食材を切らして手持ち無沙汰だった料理人達が集まり、カナデ誕生のメインディッシュとして鳥料理が振舞われた。


 今では異世界食堂のメイン料理にもなっている親子丼は、アッシュバードの歯応えがありながらも肉汁が溢れるもも肉と、濃厚な卵黄でより一層の美味さとなって客の口元へ運ばれた。


「みんなが喜んでくれて良かった」

 そしてその夜、人々が寝静まった時間に城の庭でクラドはレイアを待っていた。


 来年で成人の儀を受けて十五歳になる。これからの大切な話をする為に。

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