第339話 クラドの決意 後編

 

「やぁ、待たせたねクラド君。二人の娘が中々寝付かなくてさ」

 イザヨイは初めての妹が余程嬉しいらしく、ずっとビナスとカナデに張り付いていていた。ケモ耳と尻尾を揺らしながら、デレデレと頬を緩ませている様を見ると俺の出番が無くなりそうな勢いだ。


 待ち合わせていた城の中庭では、クラド君が噴水の周辺に設置された長椅子に腰掛けていた。何故かタロウまで隣にいて、真面目な話ではなかったのかと首を傾げる。


「いえ、ちょっと心の準備もありましたので丁度良かったです」

「ファイトだぞクラド! 兄貴分の僕が応援してるからな! 死んでも骨は拾ってやる!」

「ちょっと黙っててねタロウ。話がややこしくなりそうだから」

 肩をバンバンと叩くタロウの強がっている姿を見て、俺は笑いそうになった。


 元々臆病な癖して、こいつはやたらとクラドの前では兄貴面をしたがる傾向が強い。お前達二人は俺に認められている時点で、相当凄い奴らなんだけどなぁ。


 ーー本当に変わったなぁ。


 初めて見た時のディーナに手を引かれていたクラド君は、大切な者を奪われて今にも自殺しそうな程に心が折れ、粉々に壊されて人形みたいだった。


 俺は女神として生まれ変わったこの生で、あれだけ心を壊されたと見て取れた人間を知らない。


 正直に言ってどうしようもないと諦めていた。世界は優しくないんだから。俺だけじゃない、君にも奇跡は起こらないんだとハッキリと告げてやりたかった。


 ただ、俺はそれを言葉にはせず、マーニャの最後の願いを聞いただけなのだから。


「なぁ、クラド君。君は来年で成人の儀を受けるんだよね?」

「はい。レイアさんが時計を世界に普及させてから数えても、三年が経ちますから。でも、もう少し待って下さい。もう一人呼んでいる人がいるので」

「そっか」

 俺はそれが誰なのか大体分かっていた。そして、予想通りの人物がゆっくりと着物の裾を気怠げに揺らして欠伸をしながら現れる。


「ふあぁ〜あ。酒の飲み過ぎで眠いのう。一体こんな時間に妾を呼び出してどうしたんじゃ? 新しい飯の相談なら昼で良かろうよ」

「ディーナ。俺も呼ばれてるからクラド君にとって真剣な話だ。ちゃんと聞いてやろう」

「……あい、分かった。だから主様、膝を貸しておくれ?」

「良いよ。ちゃんと起きていられたら頭も撫でてやるさ」

「それは極上のさーびすとやらじゃのう!」


 一瞬だけ交わったディーナの視線は一切寝惚けていなかった。こいつなりに気を使ってやってるのだと分かったから、演技に付き合ってやる事にする。


「さて、話せ小童。妾と主様を呼び出しておいて腑抜けた話をしようもんなら、その身がどうなるか想像はできような?」

「……」

「で、ディーナ様! 失礼ながら僕の弟分が根性見せようって時に、その言い分はどうなんでしょうか⁉︎」

「ーー部外者は黙れ」

 タロウが間に入ると話が拗れると判断し、俺が制す。大人気ないけれど女神の眼のスキルも発動して、威圧だけで踏みつけた。


「も、申し訳ありません」

「少し見てろ。悪いようにはしない。少しは堂々としたクラド君を見習えタロウ」

 そう言って俺は再びクラド君と視線を交える。同様に、目を見開いて威圧を放っている白竜姫も意地が悪いと言わざるを得ない。


 ーー俺達は最初からクラド君を試しているのだから。この程度で引き退るなら二度は無いぞ、と。


「二人とも、少し落ち着いて下さい。僕は元々一人でくる予定でしたし、タロウは友達として支えると側にいてくれているだけです」

「妾達の威圧を受けてその余裕。大したものじゃなぁ」

「慣れてるだけですよ。どれだけ冒険に付き合わされたと思ってるんですか」

 俺の目からはとてもそうは見えなかった。余裕ぶっている笑みの裏では膝が震えているし、とても平静だとは思えなかったけれど、敢えて口にはしない。


 それから五分位無言の沈黙が続いた。ディーナが暴走しないように俺は頭を撫でながらその時を待つ。


「僕は、来年で大人になり、ます。そう、したら、メム、ルさんに、家族になって、貰いたい、と、思ってます」

 言った! でも、かみかみで自信なさそうに小声でそんなものは許さん!!


「はぁ〜あ? 声が小さ過ぎて聞こえねぇぞ小僧!!」

「生まれたての赤子の鳴き声の方が余程大きいんじゃないかぇ?」

 俺達は敢えて挑発する様に悪態をついた。すると、クラドはもじもじとしていた態度から一変し、スーッと息を吸い込み、全力で吐き出すように叫んだのだ。


「ーー僕は! メムルさんにプロポーズします!!」


 ディーナの肩が一瞬震えた。そうだよな。感慨深いものがあるよなぁ。あんな人形みたいに壊れた子供が、ここまで男らしく育ったんだぜ。


 新しい恋をして、これからの人生を紡いでいくんだから、俺達大人が応援してやらなきゃなぁ。


「よく言ったよ。俺はクラド君を応援する。メムルの心はずっと姉を失った消失感で壊れていた。それを、君が少しずつ埋めてあげれば良いんだ」

「レイアさん……ありがとうございます。まだ告白成功してないんですけどね。頑張りますよ!」

「あぁ。漢になれクラド君、いや、クラド!」

「はいっ!! 頑張りますレイアさん!!」


 ええ話やで。これでメムルがオッケーすれば万事解決なんだけど、メムルは年上だからなぁ。振られてもめげずに頑張るんだぞ!!


 ーーピシピシッ!!


「ん?」

「えっ?」

 何かが割れる様な音がして、手を取り合っていた俺達が同時に真横へ首を傾げると、そこには白竜姫形態のディーナと、禍々しい闇のオーラを放つタロウが宙に浮かんでいた。


「「ーー何事⁉︎」」

 思わずユニゾンしながら質問すると、地の底に響く様な低い声が鳴り響く。


「オイ、ゴラァ⁉︎ クラドク〜ン? ボクノダイスキナ、メムルサンニ、コクハクトカ、ナメテルノカナ⁉︎ レイアサマヘノ、コクハクジャナインカイ⁉︎」

「「何故にカタコト⁉︎」」

「マーニャへの永遠の愛はどうしたんじゃクラドーー!! 許さぬ! 妾は絶対に許さぬぞおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「「空気読めないの竜姫⁉︎」」


 この後、俺はクラドを庇いながら、血で血を洗うかの如き絶戦を繰り広げる羽目になった。


 何度殴っても復活してくるタロウはまるで不死者の様で、更には影転移を使って執拗に首を刈りに来る姿は死神と形容してもおかしくない程の強者だった。


 ーー十回以上頸動脈斬られたしな!! 普通死んでるぞ!!


 ディーナは狂乱しておられて、城を破壊する勢いだったので仲間たち総出で抑え込んだ。最終的には俺がフルパワーでエアショットをかまして目を覚ましたのだが、納得はいってないみたいだ。


「お前ら、何が気に食わないんだ」

「……振られてますけど、メムルさんは僕の嫁!!」

「……マーニャを忘れられるのが何となく嫌じゃ!!」


 俺が呆れていると、クラドが二人の目の前に座り込んで頭を下げた。


「タロウの事は本当に兄貴分だって思ってる。でも、メムルさんにはきっと僕みたいな馬鹿が必要なんだ!! もう、泣いてる姿を見たくないんだ!」

「……」

「ディーナさん!! 僕は一生マーニャの事は忘れません! でも、好きな人が出来ました! 幸せにしてあげたいんです! その為に、もっともっと料理の腕を磨きます!!」

「……ほ、本当か⁉︎ お主の料理の腕が増すなら妾は応援してやるぞ〜!!」

「……はい」


 先程とまで打って変わったかの様に態度を豹変させたディーナを紅姫のみんなは温かく見守っていた。

 俺も同様に鹿の相手をしてやる事にする。


「もう話は良いだろ。俺達『紅姫』が後見人になってやる。全力で散ってこい!!」

「ーー散りたくないんですけど⁉︎」

「うるせぇ。俺の嫁を泣かせたんだから、成功しなかったら殺す」

「……頑張ってきます。レイアさん……ディーナさん!!」


 そのままクラドは走って城内からいなくなった。気を遣ってくれたのか、仲間達も城へ戻ったみたいだ。


「お疲れ様。生の時間の流れが遅い俺達だからこそ、こういうのって何て言うか堪んないよな」

「……妾はクラドが幸せならば良い。いつのまにか、漢の眼をしとったのじゃ」

「お前は本当に良い女だよ。俺はそんな嫁を貰えて幸せだ」

「今夜は可愛がっておくれ?」

「ん。頑張る!」


 その数日後、クラド君のプロポーズは成功したらしいのだが、メムルから俺達の指輪に使われた輝彩石並みの特殊な婚約指輪の条件を満たさなければダメという条件を突きつけられ、俺達紅姫に依頼を出す事となる。


 ディーナとコヒナタと三人でまたクラド君が泣きながら旅に出るのは別の話。

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