第337話 ただ、純粋無垢に美しい存在。
ーーズドドドドドドドドドドッ!!
「少しは落ち着けレイア!!」
「…………」
今は深夜0時を回った所だ。昨日朝にビナスの陣痛が始まり、破水した。
俺が神速を発動して城内に控えさせていた助産師を連れて来て出産の準備を手伝っていると、何故か次々に掴んだ物が壊れてしまい、遂には邪魔だと部屋から追い出されてしまった。
更には部屋の外の廊下で何かあったら駆けつけようと座り込んでいただけなのに、地響きが心臓に悪いからと城から追い出されてしまう。
仕方がないので街の中心で『ゾーン』を起動して意識を集中させていると、アズラが現れて俺を担いでシュバンの外周まで運ばれてしまった。
「レイアの貧乏ゆすりの所為で地震が起きたのかと、街中がパニックになってるだろうが!!」
「……だって、緊張すんだもん」
「気持ちは分かるが、出産にそんなリスクは無いって何度も一緒に説明を受けただろ⁉︎」
そう、この世界はファンタジーなだけあって治癒魔術がある為、元の世界の様な痛みや危険を伴わない。
旦那である俺が手を握って頑張れ! とかやる必要もない位にビナスは落ち着いていた。
ーーでも、不安なもんは不安ですよね⁉︎ この異世界人共の温度差って何なの⁉︎
「マスター、本当に落ち着いて下さい。このままでは地割れが起きます」
「そうかナビ! 女神の翼を発動して空を飛んでいよう!」
「……その調子では大気が震えて変わらないでしょうね」
「レイア。お前は一人じゃないし、心配してるのは俺達も一緒だ」
アズラが俺の肩を叩くと、暗かった街中に次々と明かりが灯り、夜空を照らす。一体何だろうと街門を潜ると、俺は信じられない光景を目にした。
「さぁ、宴を始めるぞ〜!!」
「女神様の御子の誕生を祝おう!!」
「ありったけの食材を引っ張り出すぜ!」
「あたし達も一緒にビナス様を励ますんだよ〜!! 城の外から応援するんだ!」
「男の子かなぁ? 女の子かなぁ?」
「ほら、先に寝ておいて正解だったな!」
先程まで寝静まっていたと思っていたみんなが図った様に起き出して、俺に手を振ってくる。
宴の始まりを告げる音楽を楽団が奏で始めると、酒を片手にみんながビナスと俺の名前を呼びながらエールを送ってくれた。
「驚いたか? これは街のみんなが話し合って考えたんだ。きっとレイアは初めての出産で慌てふためくだろうから、少しでも落ち着ける様に力になるんだってな」
「……普通逆だっての。俺が心配されてどうすんだ」
「でも、効果はあっただろ? 地響きが止まったしな」
「うん」
「泣くなよ」
「無理。もう泣いてるし」
「そうだな」
俺の国は最高だって思った。涙で滲む光景をずっと目に焼き付けていたいって思った。
ーー絶対に守ってみせるって決意が、力になって溢れ出そうな程に。
「みんなあああああっ!! マジでありがとうなああああああああああっ!!!! 子供が生まれたら一緒に飲もう!!」
「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」」」」
歓声を背中に受けて俺は宙へ飛んだ。もう大丈夫。俺は父親として、落ち着いて出産に立ち会おう。
__________
「おめでとうございます! 無事に産まれましたよ。可愛い女の子です!!」
「ーーって産まれてるんかい!! い、え、何でもありません。ありがとうございます……」
城に降り立って扉を開けた瞬間に飛び込んだ一言を受けて思わずツッコミを入れてしまった。おかしい、産後の泣き声とかあればすぐに聞こえる筈なのに。
「……綺麗だ」
次に俺の目に飛び込んだのは、ベッドで生まれたばかりの赤ちゃんを抱くビナスと、その周囲を囲む家族達の姿だった。
それは一枚の絵画の様で、魔人、天使、竜、ドワーフ、フェンリル、獣人、人族が混在している紅姫ならではだと思う。
「ほら、行けよ。中心がいなきゃ始まらないだろう?」
「うん。でも、お前も一緒さ」
アズラに背を押されたのと同時に、俺はその手を握ってみんなの元へ向かった。
微笑みを浮かべつつ、どこか気恥ずかしそうなビナスと目が合う。
「やっぱり嬉しくて顔が緩むなぁ。どう? 私達の子供だよ?」
差し出された子供はとても大人しい男の子だった。うっすらと生える銀髪は俺似。赤い眼はビナス似だ。
「泣かないかな?」
「不思議だよねぇ。この子、生まれてまだ一度も泣かないの。そう言えば名前は決めてくれた?」
「うん。男の子でも女の子でも決めていた名前があるんだ」
「聞かせて?」
紅姫のみんなの視線が俺に集中する。気を遣ってくれているのか、みんな俺達の会話を静かに聞いてくれていた。
何故かチビリーとシルバが抱き合って号泣しており、イザヨイがそれを慰めているんだけど今はスルーしよう。
「名前は『
この子は今、この世界に生まれた純粋無垢に美しい存在だ。この子を照らす光が、閉ざされない世界を作るのは俺達でありたい。
女神の眼で見る限り、この子に『闇夜一世』の呪われた力は引き継がれていない。それが救いだと思った。
ーーパチパチパチパチッ!!
「良い名前じゃ〜! 妾の時はもっと強そうな名が良いのう!」
「流石レイア様です! 私の時は大きそうな名前をお願いしますね!」
「子供……レイアとの子供……子作りの回数を増やさなきゃ……」
「マスタ〜? 私、心を入れ替えて尽くすから、いい妻になるからヴィンテージのお酒買ってぇ〜?」
何でだろう? 和やかな雰囲気が一変して身震いした。嫁達の瞳がいつになく欲望に塗れている気がする。
「ンギャアアアアア〜〜!!」
「「「「「「「ーーーーッ⁉︎」」」」」」」
「あっ、やっと泣いたね。良かった〜!」
奏がバタバタと腕の中で暴れ、小さな手を握りこみながら泣き声を上げると、俺達は一瞬でどうしていいか分からずに慌ててしまった。
それでも、手を差し出して来たビナスが抱いた途端に泣き止んで、そのままスーっと寝息を立てて眠ってしまう。
「…………」
「泣かないで? 旦那様?」
「ありがとう。俺、頑張るから。絶対に守るから……ありがとう」
奏の泣き声を聞いて漸く実感が湧いたのか、俺の両目から滝の様に涙が溢れた。膝をついて泣き喚いていると、家族達が周囲から抱きしめてくれる。
「パパは泣き虫だから、イザヨイが生まれた妹と一緒に守ってあげますの!」
「ありがとう。でも、大丈夫だから。パパ、今日から本気出すから!」
そのまま、とても女神なんて呼べない程に俺は泣いた。ちょっとネタを挟んでみだんだけど誰もツッコミは入れてくれなかったけど。
この日、奏に『生まれて来てくれてありがとう』って言える世界にする為に、俺は本当の意味で宿敵デリビヌスと、息子の蒼詩と戦う覚悟を決めたんだ。
ーーもう、迷わない。
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