第335話 『真・女神の神体』 後編

 

 俺を胸元に抱きながら、女神様は本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。


 全部をあげるって、一体どういう意味なんだろう? 元々女神の身体に転生させた時点で、全てを貰ってる気がするんだけど。


「困惑しているみたいですね。一つずつ説明しますから、落ち着いて聞いて下さい」

「……はい」

 女神様は先程までのおっとりとした口調から変わり、真剣な表情を見せる。俺も胸の感触を楽しんでいるのをやめた。


 このままじゃマジで潰されてしまうと思ったからね。


「まず、紅姫レイアという存在は本来この世界に存在しません」

「ーーはっ?」

「貴方は私が『闇夜一世オワラセルセカイ』を制御する為に核から切り離した分体なのです。だから自分に関する具体的な記憶を有していなかった。そして、魂を安定させるには並みの肉体では不可能だったのですよ」

「……」

 正直に言って俺は説明を受けていも、まるで他人事の様なふわふわとした感覚に苛まれていた。


 俺が本来は存在しないなんて話、到底受け入れられない。そう言えば最初に核と話をした時に、自分が本体だと言っていた。


 それはこういう意味だったのか。


「レイア、落ち着いて話を聞いて。まず貴方を私の身体に定着させる為に必要だったのが、レベルとナナの覚醒です」

「レベル? それになんでナナが関係してくるんだ?」

「貴方はレベルをあげる事によって、スキルとしてですが私の肉体を徐々に解放していったでしょう? その鍵としてナナがついていたのですよ」

「確かに俺は女神のスキルを覚えていったね。あれは習得したんじゃなくて、元々封印されていたものを解放してたって事?」

「えぇ。そして、聖女の血によって貴方とナナは遂に全てを解放する資格を得るまでに至ったのよ」


 女神様の言いたい事は分かったけど、俺はどうしても拭えなかった思いを口から零してしまう。


「それなら女神様が女神様のままでいて、戦ってくれれば良いじゃん。なんで俺に全部を渡そうとするんだよ。ーー世界に対して無責任だって思わないのかよ!」

 そう口にした瞬間に、俺は自分が間違ったんだって分かった。だって女神様に眉を顰めながら、泣くのを堪えているみたいな顔をさせてしまったんだから。


「……ごめんなさい。貴方が泣くのを見て、代わってあげられたらって何度も思った。でも、私にはもうその資格がないの」

 俺は黙ったまま、これ以上言葉を発せずにいる。泣かせるつもりなんてなかった。だからこそ、最後まで話を聞こうと思ったんだ。


「私は『闇夜一世』の核を封じ込める為に、もう封印の間から出られないのよ。あの人が本当の意味で救われるまで、その魂を癒し続ける為に……」

「女神様は自分を犠牲にして、後悔はないの?」

「そうねぇ。元々レイアに肉体を譲渡した時に覚悟は出来てたもの。貴方は私とあの人の子供みたいなものよ。これからもっと幸せになって欲しい」

「……そっか」

 ボールの身体だが、撫でられる掌から愛を感じた。俺はいつまで拗ねているんだろう。ここまで言わせないといけなかったのかと反省しつつ、何故だか急に視界が開けた気がした。


 進むべき道を見失っていたのは俺か。


「ねぇ、俺に力を下さい。全てを終わらせて、優しい世界を作るための力を」

「えぇ。私はずっと封印の間からレイアを見守っています。今こそ主神である女神たる私の権限と神気を譲渡しましょう!」

 女神様から金色の神気が流れ込んでくる。温かいなぁ。このまま眠れてしまいそうだ。こんな時、何て言ったら良いんだろう。


 素直に思いついた言葉でいっか。


「頑張るよ、母さん……」

「……ありがとうね。レイア」

 俺はそのまま意識を閉じた。最後に見た女神様は泣きながら微笑んでいて、今までの記憶の中で一番綺麗だった。


 __________


 ーーパチっ。


「レイア! 大丈夫なの⁉︎」

「おぉ! やっとお目覚めかよ!」

「主様の身体が浮かび上がったと思ったらまた大人に戻ってビックリしたのじゃ〜!!」

「レイア様!! レイア様!! レイア様!!」

「みんな落ち着きなってば〜! 無事に女神の神体として進化しただけでしょうが!」

「パパがおっきくなっちゃった……」

 俺が目を覚ますと、ベッドの側にはアリア、アズラ、ディーナ、コヒナタ、ナナ、イザヨイの姿があった。


 コヒナタは俺の名前を叫びながら鼻血を流していて、イザヨイは何故かショボくれている。他のみんなもナナ以外は心配そうに見つめていた。


「みんな、心配かけてごめんな。もう大丈夫だからさ」

「「「「「うぐっ⁉︎」」」」」

「わぁ〜い!!」

「どうした? みんなもおいで?」

 いつもなら飛び掛かってくるから両手を広げてばっちこいのつもりでいたんだけど、何故かイザヨイ以外は抱き着いてこなかった。


 俺が不思議そうに首を傾げると、アズラが鼻を抑えている。


「レイア、何があったか知らんがちょっと目に毒だな」

「ん? お、おぉ。成る程な。元々のロリっこサイズのパジャマから身体が成長したから色々はみ出しそうな訳ね」

 自分の身体を確認するように掌で撫でながら、みんなの視線の意味を理解した。これは確かに目に毒だ。女神様の身体が半裸だったら、そりゃ抱き着けないか。


「アリア、ちょっと城の女中にお願いして適当に服を見繕ってくれないか? 成長したばかりでサイズが合う衣服がない」

「分かったわ」

「妾の服を貸そうかぇ?」

「ディーナの服じゃ胸が余るっつの! とりあえず迷死狐のローブがあれば良いや。サイズは自在だしな」

 俺はワールドポケットからローブを取り出すと、小狐に命令して身体を覆い隠す。この時何故か残念そうな溜め息がこぼれた気がするけど、気にしてはいけない。


「さて、みんな聞いて欲しい。俺の進むべき道が決まった。それは同時にパーティー紅姫としての方針にもなる。付いてきてくれるか?」

「「「「「「はいっ!!」」」」」」


 ーー女神としてここから始めよう。優しくない世界を、優しい世界に変える為に。

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