閑話 『大国シンの新たな賢王』 前編

 

 エルフの国マリータリーでダークエルフ達に埋め込まれていた悪心の魂の欠片を取り込んだ後、ソウシ、リコッタ、アグニス、ラキスの四人は帝国アロ方面に向けて進んでいた。


「魔剣ヴェルフェンの調子はどうだソウシ? 女神との戦いを見る限り問題は無さそうだが」

「うん。この身体のお陰で精神汚染も全く無いよ。どうやら僕を主人として認めてくれたみたいだね。魔剣を持つのは初めてじゃないし」

 ソウシは鞘から魔剣を抜くと、その刀身を見つめながらアグニスの問いに答える。続いてリコッタが首を傾げながら疑問を口にした。


「ソウシちゃんは前の世界で勇者だったんでしょう? なんで悪魔デモニスの力に対応出来たのかしらねぇ? ラキスなら分かるかしら?」

「私にも分かりませんが、ソウシ様から発せられる気配は間違いなく、アグニス様が溜め込んでいた悪神のものでしょう」

 ラキスは既にソウシに忠誠を誓っており、守護すべき相手だと認めている。だが、ソウシは眉根を顰めていた。


「ラキスさんはいい加減その堅苦しい言葉使いはやめてほしいな。背中がぞわぞわする」

「いえ。アグニス様の力を引き継ぎし次代の悪魔の王に対して、臣下として当然の礼節を尽くしているだけです」

「……何とかしてよアグニスさん」

「慣れろ。俺も最初は嫌だったが、じきに慣れた」

「こらぁ、ソウシちゃん? いい加減パパとママって呼びなさいって何度も言ってるでしょう〜? 本来は生まれてまだ一歳の赤ちゃんなんですからね!」

 悪心の魂の欠片の影響を受けて、ソウシは数ヶ月のうちにみるみると肉体を成長させ、元の肉体年齢と同じ18歳位の姿へ至っている。


 精神年齢に肉体が適応した様な形だが、故に何とも言えない違和感を互いに感じていたのだ。


 更には本当の父が転生した姿を見て、若干衝撃を受けておりダメージを引きずっていた。


(父さんが女神でロリっ子……良く僕は平静でいられたよね)


「リコッタさんとアグニスさんには申し訳ないけど、僕は目的を果たしたらこの肉体から出ていくつもりだよ。今眠っている子をしっかりと愛してあげて欲しい」

「意地っ張りねぇ。誰に似たんだか」

「ソウシは気にするな。俺達が勝手にお前を息子だと思うくらい許してくれ」

「ありがとう。貴方達が優しい人で良かった」

 ラキスは三人の会話を聴きながら、若干険しい顔をしていた。これから起こるであろう戦いを、こんな呑気な心構えで生き抜けるのか、と。


「今日はここらへんで休もうか。もう日も暮れるし」

「あぁ。野営の準備をしようか」

「任せたわよ〜!」

「リコッタ! 貴様もたまには働け!」

「やだ〜! ラキスってばいつも怒ってばっかりねぇ」

「一体誰のせいだと……」

「ラキスさん、僕がやるから大丈夫だよ。これでも冒険者をやった事もあるから慣れてるんだ」


 寝そべってヒラヒラと手を振るリコッタに対してラキスが突っ掛かるが、ソウシが仲裁に入って諌める。最近ではこんな流れが当たり前になっており、それをどこか嬉しそうにアグニスは眺めていた。


 三人が寝そべれる程度の広さのテントを張り、焚き火の準備をすると、腰掛けるのに丁度いい丸太を周囲に四つ置く。


 ソウシが獣肉や山菜を取りに行っている間に、リコッタは重い腰を上げて調理の準備を始めた。意外にもこの中で一番料理が得意だったのはリコッタだったからだ。


 代わりにそれ以外は一切動かないが。


「それにしてもソウシちゃんは凄いわよねぇ。私の子供達の中でもあれ程狩りが上手な子はいないわ」

「元々山育ちだと言っていたしな」

「狩りなら私が行くと何度も言っておりますのに!」

「「…………」」

 この時リコッタとアグニスは無言を貫いた。剣士なら狩り位出来るだろうと任せたところ、採取した草は毒草。獣に至っては逃げられる始末。

 ドワーフの国の一件以来、飲酒量だけが増え、最近ではポンコツ剣士の疑惑をかけられている。


「ソウシちゃんの言ってた適材適所って良い言葉よね」

「あぁ。俺もそう思うよ」

「何のことですか?」

 二人はラキスにはその言葉の意味を教えていなかった。リコッタはソウシの気配がだいぶ離れたのを念入りに確認した後、視線を鋭くする。


「さて、そろそろ大人の話をしましょう? アグニスは本当にこのまま進んで後悔はしないのね?」

「……あぁ。ソウシから二つの世界の話を聞かされた時、俺の役目を見つけた気がするんだ。もう悪魔の力も無い。魔剣も託した。仮の父親としてあいつにしてやれる事は、これくらいしか思い浮かばなかった」

「ラキスも良いの? 下手したら死ぬわよ」

「元より、私はソウシ様に忠誠を捧げております。アグニス様の力を引き継ぎし次代の王の為にこの命を使えるなら本望です」

 リコッタは二人の覚悟を確認して、頷く。これから挑むのは人族の国最大の大国シンだ。


 生半可な覚悟で賢王の座を簒奪出来るとは考えていない。


 この作戦はアグニスの出生を聞いた事から始まった。元々賢王のクローンを生み出す為の邪法と、年老いた肉体を捨て、その選定した新しい肉体に乗り換えるという禁忌の実験を繰り返しているという事実。


 つまりは正当な王位継承権をアグニスが有している事が要だった。


「現賢王オーディルを殺し、アグニスが次代賢王に即位する。そして賢王の悪事を明るみにした後、神と戦う為に各国を征服する……か」

「立ちはだかるのはレグルスと同盟を組んでいる国だろうな。あの女神が黙っているとは思えない」

「どうかしら? 案外目的は一緒なんだから協定を組める気もするけどね」

「ソウシ様はそれを拒否なさいました。私はあの方の考えに従うだけです」

 リコッタは小さく溜め息を吐くと、ラキスの手を握った。ビクッと身体を震わせるラキスに願いを伝える為に。


「ソウシちゃんは少し意固地になってる所があるわ。アグニスがあんな仏頂面だった頃から付き合ってくれた貴女なら、分かるでしょ?」

「おい、誰が仏頂面だ!」

「……確かにそうかもしれませんね」

「ーーッ⁉︎」

 アグニスは冷静な表情を崩して愕然としていた。無視してリコッタは言葉を繋ぐ。


「いざとなったら私が身体を張るからさ! 何かあった時にはソウシちゃんをお願いね」

「……畏まりました」


 ーーガサッ!


「ふ〜! ただいま! 鳥と兎の肉に、山菜を採って来たよ」

「お疲れ様〜!」

「お帰りなさい!」

「……」

「何でアグニスさんは悲しそうな顔をしてるの? 肉嫌いだっけ?」

「黙秘する」

「ーー??」

 その後、石焼きでソテーした肉と山菜入りの鍋に舌鼓をうち、交代制で見張りを立てて各々が眠りに就いた。


 深夜0時を超えた頃、ソウシの見張りの番が来てアグニスはソウシを起こす。眠い目を擦りながら焚き火を囲むと、先程の山菜のスープを温め直していた。


「ふーふー! リコッタさんは料理が上手だね。こんなに美味しいスープを飲んだのは久しぶりな気がするよ。アグニスさんは良いお嫁さんを貰ったね」

「ふふっ! 俺は押し倒されてばっかだったけどな。覚えておけ、この世界で一番性に積極的なのがリコッタだ」

「あぁ……僕の知り合いにも似たような人がいましたよ。散々振り回されたなぁ」

 懐かしい誰かを思い出しながら空を見上げるソウシに、アグニスは立ち上がって真剣な瞳を向けた。


「ソウシ、覚えておいて欲しい。俺はずっと自分が生まれて来た意味を考えながら生きてきた。悪魔との契約で悪心の魂の欠片を集める事を半ば義務としていたが、どこか虚しいだけだった」

「……」

「リコッタやソウシに出会えて、悪魔の力を失って、初めて気付いた事がある」

「それは何?」

「今、俺が幸せを感じているという事だ。お前達に出会えて良かったと、心から思っている」

 アグニスはソウシの頭をくしゃっと撫でると、気恥ずかしそうに目を背けた。ソウシは何て言葉を返して良いのか分からず、俯いている。


「俺はお前の為に国を手に入れよう。それは互いに血を流す戦いになる。その覚悟はあるか?」

「……うん。僕はもう泣かないって決めたんだ。今度こそ、デリビヌスを倒して全てを終わらせる!」

 アグニスはソウシと視線を交えた後、再び小さく微笑みを浮かべた。


 ーー己を実験の為に生み出した過去との決別、そして未来を選択する為の戦いが始まる。

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