第327話 『三人のGSランク冒険者』 前編
俺はインメアン学園長とタロウを連れ、現在ある男の道場へ足を運んでいた。
目的はまずザンシロウに会う事だったが、先に道場主に挨拶だけでもしておこうとしたんだ。
でも、門下生に案内された部屋の襖を開いた瞬間に三人の動きが止まる。
「ネネちゃぁ〜ん! 戻って来てくれてわいは感激だよぉ〜!! もう一生離さないからね。ネネちゃんをわいから奪う阿呆がおったら、剣の錆にしてくれるわな」
「「「…………」」」
鼻の下を伸ばして興奮した道場主は、今まさに三十歳前後に見える雌の獣人の着物の帯に手をかけ、交尾しようと鼻息を荒くしている。
俺達の存在など気付いてもいないみたいだ。すると俺のローブの端をインメアンが引っ張る。
(流石に見ちゃ拙いって! 儂なら泣いちゃう!)
(……いや、俺は見る。今後のネタになるかもしれないし)
一瞬でアイコンタクトを交わすと、タロウは既に俺の影に潜っていた。でも片目見えてますよ。このムッツリ小僧め。
「ガッハッハ〜!! 今日こそネネちゃんといっぱ、つ……⁉︎」
「あ、気付かれたね。よう! 元気か剣神!」
俺が掌を掲げて元気良く挨拶すると、ネネと呼ばれていた獣人は着物の裾を直して、即座に部屋から飛び出して行ってしまった。
剣神は待ってと言わんばかりに手を伸ばしたが、俺達がいる為、畳の上で固まってしまっている。
「あっ……」
「逃げられちゃったな! ドンマイ!」
両手をついて項垂れる男を見て、インメアンは気持ちは分かるぞと頷いており、部屋全体を哀しげなオーラが漂っていた。
「わいがここまでネネちゃんを連れて来るのに、一体どれだけの苦労をしているかお主らは理解してるんか……?」
剣神はドスの効いた低い声で問うと、徐々に殺気を放ち始めた。インメアンの生唾を飲む音が聞こえる。相当緊張してるみたいだね。
「知らん。つーか、真昼間から何盛ってんだよ。夜にしろ馬鹿が」
ーープッツン!!
「まずはお前が何なんじゃい、このちびっ子がああああああああああっ!!」
あっ、いきなりキレやがった。血涙流すとか、どれだけヤリたかったの? やっぱりこいつ程の達人でもこれだけ姿が変わってると気付けないか。
そんな風に呆れた視線を剣神へ向けていると、突如背後から声をかけられた。
「ん? おぉ、戦神じゃねぇか! どうしたんだこんな所まで来て? ーーまさか、俺様と戦いに来たのか⁉︎」
「おぉ、久し振りだなザンシロウ!」
俺は怒れる剣神を無視して、背後のザンシロウに向かって挨拶する。相変わらず髭がすげぇな。不死で歳も取らないし、剃れば中々いい男なのに勿体ない。
「お前、髭くらい剃れよ。相変わらず戦う事ばっか考えてるんだろ?」
「ハハッ! それ以外に燃える事が無いんだから仕方ねぇよ。戦神に負けてから、初めて剣術ってやつを学んだが、苦労したぜぇ」
「その話はおいおい聞かせて貰うさ。今回の目的はお前に会う事と、ダークエルフを直接この眼で見る事だからね」
ザンシロウは一瞬顎を抑えて考え込んだ後、口元をつり上げて厭らしく嗤った。あっ、この後の展開読めるわ。面倒くさいなぁ。
「俺様と戦って、勝ったら教えてやっても良いぜ?」
「ゔわぁ……うざっ! 言われたらうざい異世界台詞ベスト3入るわ〜!」
「相変わらず口の悪さが半端ないな……もうぜってぇ教えねぇ」
ザンシロウが両腕を組んで顎を上げた瞬間、背筋に悪寒が迸る。俺は咄嗟に『
ーーキィィィィン!!
「チッ。わいを無視して話してる位だから簡単に叩き切れると思ったんだが、やはり一筋縄じゃいかんか」
「おっ⁉︎ ここで始めんのか? それより邪魔すんなよ剣神! 俺様の方が先にリベンジする約束だぜ」
「してねぇっつのそんな約束。あれ? したっけ? 覚えてないからどっちでも良いや」
俺は剣神ランガイの刀を弾きつつ、無防備に棒立ちしていたインメアンの頭部を抑えつけて伏せさせた。
SSランク冒険者であるインメアンは目を丸くして俺を見てるが、これは流石に誤魔化せないかなぁ。
「おい。俺は戦いに来たんじゃないから、攻撃すんな。殺すぞ?」
俺はやれやれと肩を竦めながらGSランク冒険者二人に向けて視線を流す。すると、額に青筋を浮かべながら放たれた殺気が周囲を包んだ。
「どの口がほざいてるんじゃ、ちびっ子おおおおおっ!!」
「殺すって言っちまったからには、俺様は退かねぇぞおおおお⁉︎」
こんなに短気で良くGSランク冒険者を名乗れるよなぁ。俺の冷静さと、大海のごとき広い心を見習って欲しいよ。
「ヒィイイイイイイイイイイイッ⁉︎ ろ、ロリカ君! 早く謝って!!」
「学園長はちょっと離れてた方が良いかもね。『聖絶界』、『久遠』発動」
庭先に転移させて、インメアンを結界で守った。俺は殺気を放ちつつ刀の柄に手を掛ける二人に最後通告を施す。
「なぁ、一つ提案があるんだけど」
「降参なら、最早土下座以外に受け付けんぞ?」
「さっさと始めようぜ! 翠蓮も久し振りに戦神と戦えるのを喜んでるみたいだ! どうした? ビビったか?」
「……場所変えない? 獣人の国がぶっ壊れても良いなら気にしないけど、そうもいかないでしょ?」
俺には一応同盟国の王としての立場がある。獣人の国を破壊して責任問題になったら、ミナリスがまた痩せちゃうよ。
「良かろう。それではわいについて来い。決闘の森と呼ばれる場所へ案内するぞ」
「おう! あそこならいくら暴れても、次の日には森が復活してるから丁度いいな!!」
「はいよ。さっさと離れよう? あまり目立ちたくないのに、お前達が放つ殺気の所為で周囲の獣人が混乱してるぞ」
俺は馬鹿二人を即して、後をついていった。まだまだ余力を残しているんだろうけど、無駄のない足運びに感心する。
流石は達人と不死者だね。ザンシロウも同じ動きが出来ているあたり、だいぶ成長したみたいで見違えていた。
「おい、ザンシロウ。いい加減彼奴の正体を教えんかい! ただのちびっ子がわいらの走りについて来れる訳がなかろう!」
「ん? まだ気付いてねぇのか? 特に変わってないけどな。身長がちょっと縮んだ戦神だろ?」
「お主が負けたと言っておった戦神とは、レグルスの女神レイアじゃろうが!!」
「だから〜! その本人だっつの!」
「ファッ⁉︎」
何やら近付いて話していたと思ったら、突然ランガイが失速した。そのまま足を止めると、ギギギっと音が鳴らんばかりに俺の方を見つめてくる。
「どうした? ここら辺なら確かに生物の気配は少なそうだな。少なくとも獣人はいないか」
「お、お、おぉぉ? お主、女神レイアなんか?」
「おう。ちょっと今は事情があって縮んでんだ!」
ランガイはフッと膝を折って地面に項垂れる。一体どうしたんだろうね。
「あんなに美しかった女神が、こんなちびっ子になってしもうた……何て勿体ない。小さくなる前に、せめて一揉み出来ておれば」
「揉ませねぇよ」
いきなり何を言い出すんだこのエロ剣士め。あいにく男に胸を揉ませる趣味はない。この胸は嫁専用だっつの。
「なんだ? 戦神の胸なら俺様が揉んだ事あるぜ?」
「ーーーーッ⁉︎」
「あれは揉んだって言わない。心臓への打撃だろうが」
俺が一言告げると、ランガイは閃いたっと言わんばかりに瞳を輝かせた後、俺の胸を一瞥して深い溜め息を吐いた。
考えてる事が中二男子と変わらねぇ。くだらな過ぎると言いたいけど、俺も嫁達がツンデレだったら同じ事を考えたかもしれない。うん、反面教師にしよう。
「さて、そろそろ始めようか。久し振りに全力で暴れたかったし、運動には丁度良いや」
「……わいらを相手に運動?」
「……ちょっと調子に乗りすぎなんじゃねぇか?」
俺が首を回して準備運動をしていると、ランガイが一瞬で背後に回り込んで居合い斬りを打ち放った。
俺はそのまま首を真下へ下げて躱すと、胴体部分へザンシロウの翠蓮の刀身が伸びてくる。
「ほいっ!」
「「ーーーーッ⁉︎」」
人差し指と親指で翠蓮の刃先を摘むと、勢いそのままに背後へ飛ぶ。ランガイが袈裟斬りを繰り出してくるので、左足を添えるようにして逸らした。
右拳を握ると、まずはランガイの肘へ叩き込む。自ら打撃を受けた方向に力を逃すあたり流石だね。
でも、それは悪手。『
「〜〜〜〜〜〜⁉︎」
続いてランガイは、呻き声一つ上げれない程に強力なボデイーブローを食らった。これで終わりだと普通なら思う。けど、俺は知っているんだ。それだけでGSランク冒険者を名乗れる程、この世界が甘くないって事を。
「……もう、斬ったぞ?」
口元から血を流しながらランガイが一言呟くと、俺の両太腿から激痛と共に血が噴き出した。こいつは本能で『
「がああああっ⁉︎」
「幼子はもっと可愛く泣かんかい。なぁ、ザンシロウ?」
「調子乗りすぎってのはマジみたいだな。遅いぜ戦神!!」
ザンシロウは以前の力任せの一撃とは違い、鋭い剣尖を振り下ろすと背中に焼かれた様な熱が奔る。
ーー斬られた⁉︎
「前に言った筈だぜ? 装備に頼ると弱くなるってなぁ!!」
どんな方法か分からないが、確実にこの二人はアイギスの隙間を縫って攻撃を繰り出してる。俺は驚愕に目を見開きつつ、一瞬で背後へ飛び退いた。
「はぁっ……やっぱり面倒くさいやつじゃん。ナビナナがいないと、本当に手加減出来ないんだからな?」
何故か自然に二対一になってるし。こっちも力をセーブして勝てる相手じゃないのは分かった。
俺はもう一度深い溜め息を吐くと、剣神ランガイ。不死者ザンシロウに向けて問う。
「殺すつもりで全力でいくから、死ぬなよ?」
そうして俺は第三柱まで解放出来る様になった、『
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