第309話 『White lie』 1

 

『崖から落ちそうな家族と恋人。どちらかしか助けられないとしたら、お前はどっちを選ぶ?』

 元の世界ではありきたりな質問で、俺はどうと思う事は無かった気がする。


 何故なら『そんな場面に出くわす訳がない』と鼻で笑って終わるからだ。

 そんな漫画みたいな不幸話が身に降りかかる様な場面へ赴く程行動的アクティブじゃないし、休みの日は基本的に引き篭もってるしね。


 ーーだから、今回もきっと何とかしてみせるって思ってた。


「あぁ……君は……嘘をついたんだね……」

「ごめんなさい。私は……貴女と出会いたくありませんでした」


 全ての音を打ち消す様に、悲しい、哀しい雨が降る。


 俺も、君と出会わなければ良かった。


 __________


 俺は奈々とシュバンから飛び去り、一直線に目的地である『帝国アロ』へと向かった。全力の奈々の『索敵サーチ』は強力で、一度ロックした事のある標的ターゲットの残滓を拾ったらしい。


 時計は二十時を超えており、闇夜を光速で舞う金色と白銀の羽根の輝きが彩っていた。


「それにしてもあの野郎……転移で魔獣とレブニールを送り込んで、自分は高みの見物とか相変わらず苛つかせてくれんね」

「でも、決してピエロは驕っていないとあなた自身が言ってたでしょ? 私もそう思うわ」

「俺がパワーアップしてるのは、流石に想定外だろ」

「ナビの話を総合すると、帝国アロの王様のリミットスキルは『未来予知』に関するレアスキルでしょう。それなら先手を取られるのは必然よね」

 以前にシルミルとアロの戦争の際に聞いた話を思い出しながら、俺は空中で止まる。奈々も何か考えがあるのか、真横にピタリと沿って静止した。


「王様に何かあったって事か? 今までは他人を介していたスキルをピエロが自由に使えれば、今回のタイミングが良すぎる襲撃と、セイナちゃんが奪還された事にも納得がいくな……」

「う〜ん、それだけじゃない気がするわね。だってこの先には生者の気配がしないもの」

 俺と奈々が空中から見下ろした先には、瘴気に覆われた帝国アロがまるで悪魔デモニスの城か、ダンジョンの様に映った。


 肌を刺すかの如く気温が下がっており、吐く息が白い。人が暮らしていた趣が皆無だと思えるくらいに変わり果てた街並みは、道化の狂った思考を反映させているみたいだ。


「聖女の気配は城にあるわ。ただ……」

「分かってる。危険な状態なんだろ? でも生きてるんだ!」

 奈々が言うべきか悩むのは、俺の精神状態を心配しての事だと理解してる。頭の中から沸々と湧き上がる激情と怒りを内部に押し込めながら、無理矢理微笑んで奈々の肩に手を添えた。


 ーー大丈夫、大丈夫だって、何度も何度も何度も唇を噛み締めながら。


「行くぞ!!」

「はい!」

 行く手を阻むレブニールも魔獣も現れない事が拍子抜けだったけど、俺達は一気に城の最上部の壁を突き破って城内に突入した。

 結界すら張られていなかった事が、逆に警戒心を引き上げる。


「出て来いよピエロ!! いい加減に隠れんぼも、騙し合いも終わりにして決着つけようぜ!」

「……」

 玉座を薄暗く照らしていた青火が、徐々に並んだ松明に移り周囲を灯していく。俺は『女神の眼』で暗闇でも困りはしなかったが、ラスボスっぽくて良いじゃないかと思わず口元がつり上がってしまった。


「ようこそ『女神』を語りし化け物。長らく続いた奇妙な因縁も、今宵の劇で終幕を迎えます。どうかお楽しみ下さい」

 漸く姿を見せたピエロは喜悦の仮面こそ被っているものの、佇まいや口調はいつもの軽薄な様相ではなく、紳士的なタキシードに身を包んでいた。


「どうした? らしくないじゃないか」

「えぇ、本気ですから!」

「ーーーーッ⁉︎」

 仮面の隙間から覗いた視線、放たれた殺気は俺の知るピエロとは桁違いに鋭く強大だった。それでも俺は揺るがない。


「その程度で俺の奈々様に勝てると思ってるなら、瞬殺だぜ!!」

「ーーなんでやねん!!」

 俺がビシッとピエロを指差した直後に、奈々は似非関西人的なノリでしっかりツッコミを入れてくれる。


 その後少し恥ずかしそうにモジモジと赤面している事から、きっと不慣れなのに付き合ってくれたのだと嬉しかった。

 実際、この手のやりとりは異世界人同士である奈々と俺にしかできん。


 無言のまま冷ややかな視線を向けてくるピエロに向かって軽く咳払いして、本題に入る。自分の心を落ち着けたかったのが一つ。動揺を誘ったのが一つ。もう現実を受け入れる準備は出来た。


「冗談はさておき、そろそろセイナちゃんを出せよ。その『下』にいるんだろ?」

「えぇ。ただ、化け物如きに命令されるいわれはありません、ねーー⁉︎」


 ーードッゴオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!


 俺は両掌に発動していた『エアショット』を撃ち放った。それは城の壁に直径五メートル程の大穴を開けて回避されるが、ーー『擦り』はしたみたいだ。


「流石に何度も見てれば気配で避けれるか。相変わらずすばしっこい奴だな」

『……あなた。このまま敵の意識を惹きつけて頂戴。城の周囲にあり得ない速度で魔獣が転移して来てる。もう一人の悪魔の仕業ね』

「了解。足止め頼んだよ奈々」

「任せて。直ぐに片付けて戻るわ」

 言われるまでもなく気配は察知していたけど、一秒の間に何十匹もの魔獣が何処かから送られて来ており、そこには『俺達を絶対に逃がさない』という確かな意思を感じた。


「こんな真似しなくても、俺達が逃げると思うか? それはお前の専売特許だろう?」

「先程申し上げたでしょうよ、化け物。お前のような存在がこの世界にいるだけで反吐が出ます」

「……俺、そんなに嫌われる事したっけ? 教えてくれよ『シュバリサ』君?」

「その名で呼ぶな!! 汚らわしい!!」

 うん。確かに嫌がらせに近い敵対行動はとったし、ムカついたから絶対殺すって決めてたけど、ピエロ仮面の男『シュバリサ』君の憎悪はそれを遥かに超えてる気がするね。


「もしかして俺の美貌に惚れたか? アレか、小学生が好きな子に嫌がらせしちゃうアレか?」

「何を言ってるか分からないですが、不愉快です!!」

 道化は二本の短刀を抜き去り構えた。同時に俺は『次元魔術ワールドポケット』から双剣を取り出して、腰のホルダーに装着する。


「……かねぇだろ」

「……ろすぞ」

 互いの思いを吐露する様に小さく漏れ出た言葉が引き金となって壁がひび割れ、城内が地震が起こった様に揺れ始める。


 ーーキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!


 目にも止まらぬ疾さ、全力で繰り出した剣戟が重なった瞬間に激しい金属音が鳴り、俺達は吠えた。


「てめぇだけは許す訳にはいかねぇだろうがああああああああああああああ!!」

「セイナの為に化け物オマエだけは絶対殺すぞおおおおおおおおおお!!」


 ごめんねセイナちゃん。俺は道化こいつを許さない。許せない。そして、許されない。それなら思う存分、『殺し』合おう。


 たとえ彼女を悲しませようと、俺とお前にはお似合いさ。

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