第296話 女神、聖女をエスコートする。 後編

 

 カナリアの宿の女将さんは何故か宿の外にテーブルを用意すると、厨房に戻りせっせと別の料理を作り始めた。

 小さな皿をどんどんと並べ始めるから一体何事だと首を傾げると、皿の上に盛られた量で俺はようやく狙いを理解する。


(成る程。セイナちゃんをレポーター代わりにして、客寄せに利用するつもりか)


 俺はキラキラとした視線を料理に向ける聖女を横目に、女将さんと視線を交え頷いた。そっと背中を押してやり、一言告げる。


「女将さんが好きに食べて良いってさ。外で食べるのは少し恥ずかしいかもしれないけど、食事代だと思って付き合ってやってくれよ」

「私を知ってる人なんていないでしょうし、気にしません!」

 涎を啜る姿からセイナちゃんの意外な一面を知りつつ、『どうぞ?』っと椅子を引いてやれば、うちの食いしん坊達に負けず劣らずの食いっぷりを見せた。


「んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


 女将さんが一皿一皿の量を減らしていたのは、食べる人の反応が見たかったのと視覚効果だ。皿が次々と積み上がる光景は、セイナちゃんのリアクションと相まって、さぞかし料理を美味そうに見せるだろう。


(やるな……女将さん)

(私もまだまだクラドには負けてらんないのさ)


 ニヤリと口角が上がるほど狙い通りに事が運んだ後は、親指をサムズアップして宿を後にする。俺がこの場所にいると、せっかく釣れた魚が逃げてしまうからね。

 結果は後日、改めて聞きに来るとしよう。


「さて、次はセイナちゃんにプレゼントをしようと思うんだけど、何か欲しい物はあるかな?」

 俺が問うと、セイナちゃんは両手を組んで祈りを捧げるように瞼を閉じて口を開いた。どこか嬉しそうに見える。


「……レイア様には既に様々なモノを頂いております。私にこれ以上の望みはないのですよ」

 大体何を言うか想像はついていたけれど、実際に男が言われて一番困るのはこのパターンだと思う。『いらない』とか、『何でもいい』と言われる方が悩むからだ。


「う〜ん。じゃあ、俺がプレゼントしたい物を勝手に選んじゃうからね?」

「あの、お世話になっておいてそんな図々しい真似出来ませんってば」

「いいのいいの! 俺があげたいだけなんだから、好意は素直に受け取る方が女の子らしくて可愛いよ」

 俺がそっと頭を撫でると、セイナちゃんは恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。きっと赤面した顔を見られたくないのだと思い、そのまま手を引いて歩き出した。


 ーー向かう先は、ドワーフのバルのおっちゃんの工房だ。


「バルのおっちゃん! いるかぁ〜?」

 俺が店先に入って呼び掛けると、奥に繋がった鍛治用の工房からおっちゃんがのそりと姿を見せた。返事も遅く、若干窶れている様だ。


「おぉ、レイアか……今日はどうした」

「おっちゃんこそどうした? 随分お疲れのようだけど」

「珍しい素材が手に入ってな。張り切り過ぎて五日間寝てねぇだけだから気にすんな」

 コヒナタもそうだけど、ドワーフは特殊な鉱石や魔獣の素材が手に入ると自分の欲求を止められなくなるらしい。まぁ、好きでやってるんだから良いだろ。


「そっか、お疲れさん! ところで、今日はこの子に合う短剣を見繕ってくれないかな?」

「ん? 見たところ新顔だな。真面に武器なんて振れるのか?」

「あ、あの、その、私今まで武器なんて……」

 俺は慌てふためくセイナちゃんを安心させる為にあえて説明する。


「武器は攻撃する為だけじゃなく、護身にもなる。このおっちゃんの腕は俺が保証するから、安心しなよ」

「……はい」

「その嬢ちゃんは、見たところ特殊なスキルを持っているだけでステータスは一般人並みだな。それなら……」

 バルのおっちゃんは一考した後、工房に一度戻ると奥から三十センチ程の短剣を持ってきた。『女神の眼』で覗いてみると、中々の輝きを放っている。


「これはミリアーヌより北の地の、魔力を帯びた特殊な氷から打った武器だ。銘を『氷眼の短剣ブルーアイズ』と名付けたばかりの出来立てホヤホヤの逸品だぜ」

「タロウが持ち帰った素材から作ったの?」

「あぁ、だが中々上手く長剣の長さまで形になってくれなくてな。これ以上は今の俺には無理だと未熟さを痛感してたとこに、お前らが来た」

 バルのおっちゃんが、シャリンとした音を立てて鞘から刃を抜くと、透けて向こう側がくっきりと見える程の薄さに驚いた。


 まるで硝子に青を色付けた程度の品に見えるが、強度も軽さも十分だと聞く。確かにこれならセイナちゃんには丁度良いか。


「もう一つだけこの武器には特殊な効果エンチャントがある。魔力を流し込めば、消費したMPに呼応して対象を凍らせるぞ」

「魔剣の一種か。商品に不満はないね。それで、ーーいくら?」

「ーーレイア様⁉︎ こんな高価そうな短剣を幾ら何でも頂けません!」

 俺が料金交渉に入ろうとするや否や、セイナちゃんが俺達の間に差し入って来た。酷く焦っている様で、手足をバタバタさせて頭を降る姿がこれまた可愛い。


「やだ。俺はこれを君にプレゼントすると決めたから、絶対買うね!」

「わ、私の意思は関係ないのですか⁉︎」

「いやいや、高価な物は気が引けるんだよね? じゃあ、高価じゃなかったら何の問題もないよ、ねぇ?」

「ーーえっ?」

 俺は瞬時に『女神の微笑み』と『女神の天倫』を発動し、金色の神気を纏った状態でバルのおっちゃんと『値段交渉』に入った。


「という訳で、安くしろおっちゃん」

「……お前、本当に女神か……?」

「うぬ。そしてこの国の王だ!」

「その方が尚更悪いだろうが⁉︎ 胸を張るな!! たかが鍛治職人に権力を行使すんじゃねぇ!」

「ぐぬぬっ……」

 流石付き合いが長くなって来ただけあって手強い。普通ならば泣いて差し出す光景を演出してみても、逆に説教されるとは。


 ーーよし、作戦を変えよう。


「交換条件といこうじゃないか。『優先して俺に好きな依頼を一つ達成させる』権利をやる」

「ーーマジか⁉︎」

「俺も男だ! 嘘は言わん!」

「やる! 好きなだけ持ってけこの野郎!」

 すかさずセイナちゃんに向けて『氷眼の短剣ブルーアイズ』を差し出すと、バルのおっちゃんは両腕を組んで何を依頼するか考え始めた。

 だが、そこで睡魔が限界に達したらしく、フラフラと崩れ落ちてしまった。


「あの〜? この方は放っておいても大丈夫なのですか」

「寝てるだけだから平気さ。それよりある意味タダで手に入ったんだから、受け取ってくれるよね?」

 桃髪を垂らして聖女は少しだけ逡巡した後、諦めたのか軽い溜め息を吐いた。


「レイア様は強引なんですね。そんな風に言われたら、受け取らない訳にいかないです」

「あははっ! でも、嬉しそうでなによりだ」

「えぇ。武器を持つのが怖くて恐ろしかったのに、今は不思議なくらい落ち着いています」

 両手で武器を寄せる姿を見て、俺も安堵する。護身用に武器を持っていて貰いたかったのは本当だけど、プレゼントが武器って時点で脳筋というか、貰って喜ぶのは冒険者の類だけじゃないかと多少の不安があった。


「次は冒険者ギルドにでも顔を出すかな」

「あの、一つ行ってみたい場所があるのですがよろしいでしょうか?」

「希望があるならどこでも案内するよ」

 自分から行きたい場所を言ってくれるなんて、遠慮が薄れてきた良い傾向だと思わず俺の口元が緩む。でも彼女から告げられた場所を聞いた瞬間、一瞬眉を顰めてしまった。


「治療所に行きたいんです」

「……なんで? 言っておくけどここはレグルスだ。セイナちゃんに『聖女』の義務は無いし、俺が絶対に『完全治癒リミットスキル』は使わせないよ」

 俺が少しだけ瞳に力を込めて言い聞かせると、セイナちゃんは首を横に振った。


「私はアロを抜け出してから考えていました。己は本当に『聖女』足り得るのか、と。その答えを見つけ出したいんです」

「前に進もうとしてる子を止める気はないけど、力を使う事だけは禁じるよ。あと、俺も変装しないといけないから、ただの付き添いしか出来ないけどいいのか?」

「最初からそのつもりです。レイア様が横にいてくださるだけで感謝致します」

 治療所には怪我人はもちろん、病に侵された者も運ばれる。


 この国の治癒術師は優秀だが、中には完治まで時間が掛かる者もおり、女神オレの力に縋る者が大勢いるのだ。

 治癒魔術だけならともかく、『女神の腕』を全員にかけてやる程お人良しじゃないし、奇跡を当たり前だと勘違いされても困る。


(戦いでいざって時に仲間を救えなかったら、目も当てられないしなぁ)


 行く場所を考えるとデートは終わり。憂鬱な思いを抱きつつ視線で空を仰ぐ俺とは違い、セイナちゃんは何かを決意した様子で、力強く一歩を踏み出した。

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