第295話 女神、聖女をエスコートする。 前編

 

「……まぁ、これくらいなら許してやるか」

「……とてもお似合いですよ、レイア様?」

「気を使ってくれてありがとね。こんな感じで、俺の周りにいる奴は基本有能だけどアホなんだ」

 若干口元が引き攣った渇いた笑みを浮かべるセイナちゃんを横目に、足蹴にされているメイドへ視線を送る。


「もっと……踏んでくださいまし」

 涎を垂らしながら今にも天国へ昇りそうな程に恍惚の表情をしたメイドに身震いがして、俺はすかさず部屋の隅へと離れた。

 最初にメイド長。どれだけヒラヒラした服を持ってくるなと言い聞かせても、最初に持ってきたのは真紅のドレスだった。


(どう? これほど艶やかな紅なら文句ないでしょ?)

 ーー的なドヤ顔を浮かべた直後にデコピンで弾き飛ばす。確かに色は好きだが、それで喜んで着るほど俺は単純じゃないし、まず男物じゃない時点でアホだ。


 次に、いつも俺の湯浴みを担当するメイド。こいつなら分かってくれるだろうと期待したのだが、俺が街に出掛けると聞くや否や、かなり丈の短めな黒いワンピースに合わせて、ショートパンツを持ってきた。


(うふふっ! スカートじゃなければ文句はない筈!!)

 ーー的な感じで鼻息を荒くしていた為、足蹴にして転がした。近くはなったが、普通にジーパンもって来いやと言いたい。


 そんなこんなでメイドを変わる度に無言のツッコミを入れつつ、理解者を待った結果、ーー現在に至る。


 俺はベージュのワンピースの上にジャケットを羽織り、ショートパンツにヒールレスブーツを履いていた。

 もっと普通のデートらしくと言ったところ、唯一持って来られたのがタキシードだった為、最早諦めるしかなかったのだ。どこのパーティーに参加するつもりだと問うた所、男用はこれしかないとの事。


 マダームに依頼していた品はどうしたのかと疑問を抱いたが、これから直接本人に問い質せばいい。場合にとっては緑色の血を吐き出してもらおう。


 奴はカエル族というこの世界において特殊な魔族だから、死ぬことはない筈だ。本人は否定しているが、俺は認めていない。俺と同じで異世界から来た特殊変異なのだと最近は睨んでいる。


「さて、そろそろ行こうか。セイナちゃんも着飾るとやっぱり可愛いね」

「ウフフッ! お世辞でも嬉しいですわ。少し生地が薄くて心許ないですけど……」

「女の子はそれくらいでいいさ」

 セイナちゃんは髪色に合わせて薄い桃色のトップスに、黒に柄の入ったロングスカート姿だ。結局並んでみると二人してデートというより、遊びに行く友達感が強くて若干ため息を吐く。


(『幻華水晶の仮面』で偽装した方がマシだったかな?)

 外見だけでも男っぽく振る舞った方が雰囲気があるだろうかと悩んだけど、出掛けるまでの時間を考えて面倒くさくなった。


 ちなみに嫁達は現在体力を回復させる者、ピエロにやられた雪辱に燃えて訓練する者とで別行動だ。気にするなと言ってもプライドが許さないらしい。

 気持ちは分かるから、素直にセイナちゃんとぶらり街観光をしてくれると告げた所、何名かは涎や血涙を流しながら堪えていた。


 ーー全ての憎しみをピエロに向けるように。


 気持ちはわからなくもないが、今の状態でアリアとディーナとシルバが竜の山の上空にあるという里に向かうと聞けば、別の意味で心配にもなる。


(竜の里、壊滅しなければいいな……)


 そんな経緯を経て、現在俺とセイナちゃんは手を繋ぎながらシュバンのカナリアの宿を目指していた。

 あそこは現在ドワーフとエルフの技術のすいに、俺の世界の知識を集めた最早宿ではなく、ホテルと化している。


 自動ドアを実現させた時には正直ビックリした。俺の言葉は基本的に元の世界の知識なのだが、この世界の人からすれば『女神の知恵』という事で神の啓示に等しく受け止められている。


 人は生まれ持った常識を覆すような『知恵』に警戒する。慎重に考えて、検証し、その成果を目にした後に金の匂いを嗅ぎ取って動くのが商人だ。


 俺の筆頭商人であるパネットは、以前の出来事から大きく成長しており、決して俺に向かって逆らう事はなく、同時にレグルスに展開した商店は全ての店舗が繁盛しており多額の財を得ているらしい。


 勿論マージンは頂いているが、俺に金を預けると『紅姫』が破綻するという理由を告げられてからミナリスに管理を任せていた。


 正直、『お前は俺のおかんか!』とツッコミたい程に最近のミナリスは鬱陶しい。アズラに本当は任せたかったのだが、あいつはすぐに物を失くす馬鹿だ。


 しっかりしてきたと思えば、酒に酔うとギルドのプレートを落として『紅姫』の名を悪用される一歩手前の事件を起こしたので、その時ばかりは顎を粉砕する勢いでアッパーをかましたのは記憶に新しい。


「レイア様……この建物は一体なんでしょうか?」

「ん? これがレグルスの最新を突っ走る『宿屋』だよ」

「……絶対嘘ですよね。だって扉すらありませんもの」

「あははっ! 女神は嘘をつかないし、つかせないのさ。そこの壁に四角いボタンがあるだろ? 押してごらん」

「……そこまで仰るのなら」

 セイナちゃんは疑いたくもないと思いつつ、信じられない様なもどかしい視線を俺に向ける。まぁ、自動ドアがついた宿なんて、この世界でカナリアの宿くらいじゃないかな。


 ーーピピッ! シャッ!!


「ヒャアッ⁉︎」

「ほら? 言ったとおり開いただろ?」

「こ、これが女神様の知恵ですか⁉︎」

「いんや、これはエルフとドワーフの努力の賜物だ。俺はいわゆる発案者であり、その構造の細部までを説明できる訳じゃない。全てはこの世界の者達が努力した故の進歩なんだよ」

「……その道に、我が帝国は逆らっているのですね」

 セイナちゃんは何か思う所があるらしく、哀しげに瞳を伏せた。大体の予想はつくけれど、国は『王』で決まる。


 アズラと国民に頼まれて無理矢理『王』になった俺でも、最近は実感しているくらいだ。それ程に、頂点に立つ者には重責と誇りが求められる。


 俺には幸い『人材』と『力』、更には天使の『知恵』が備わっていたから昔から蔓延る貴族のどろどろした争いだの全てを一蹴出来たが、他の国ではそうもいかないだろう。


 帝国アロにはスラムがあり、貧富の差が最も激しいと聞いたことがある。今回の俺が密かに企てている作戦で、それらが覆されるといいな。


「……レイア様?」

「あっ、ごめん。中に入ろうか」

 不思議そうに首を傾げるセイナちゃんの肩を寄せて、カナリアの宿に入るとすぐに女将さんが迎えてくれた。


「いらっしゃいレイア! 人を連れているなら、畏まった方が良いかい?」

「今日はデートなんだ。全然気にせずいつも通りで良いさ! 女将さんも元気そうで何よりだ」

「まぁ、あんたのせいで何故か『一見さんお断り』って噂が流れて悩んでるけどね」

「……うん、報告は受けてたけどごめん。料金は据え置きなのに何でだろうねぇ?」

 これだけの施設で銀貨九枚、要は九千円だぞ。何故客が来ないのか不思議でならない。飯も美味いし、備えられたマッサージチェアなんて、この世界における宿の最先端だ。


(女神御用達ってあんたがでかでかと看板を掲げたせいだよ……)


 女将さんは何かを言いたげだったが、俺は気にせずセイナちゃんを案内して食事を注文した。クラド君は現在シルミルに置いて来たので、俺の好物を作れる人間は他に女将さんだけだからだ。


「お任せで、今日のお勧め食材からパスタを頼むよ」

「あいよ! レイアが獣人の国アミテアと交流してくれたお陰で食材には事欠かなくて、あたしらは潤ってるわ」

「それは良かった。最近はミリアーヌ以外の大陸と交渉しようと思ってるんだ。成果を楽しみにしててくれ」

「あんまりタロウとクラドを虐めないでやっておくれよ……最近良くうちに来ては、語り合いながら泣いてるんだから」

「考慮する、とだけ言っておく」

 あいつらは自分がどれだけ優遇されてるか分かってないようだな。クラドにはメムルから、タロウにはミナリスから説教してもらう様に言っておこう。


 タロウの『ダークヒーロー』、クラドの『伝説のシェフ』プロジェクトは誰にも阻止させん。死ぬか死なないかのギリギリを見定めて、毎回会議を開いている俺の苦労を知って欲しいものだね。


 しばらくすると、セイナちゃんには海鮮中心のクリームパスタ。俺には元から渡しておいた食材の中で、Aランク魔獣の挽肉から作ったボロネーゼが出てきた。


「ふわあああああああああああああ〜〜!! レイア様! このパスタ? 美味しくて一瞬心臓が止まるかと思いました!」

「はははっ! セイナちゃんは大げさだなぁ。女将さんの料理はレグルスでトップクラスだからね。いつでも食べに来るといい」

「褒めて貰って嬉しいけどね。客が来ないせいで、何故かあたしはこの歳で料理修行してるんだよ? レイアが来る度に新しいレシピを考案するから勉強に追われて、休む暇もないさね」

「でも、楽しいでしょう? 俺は活き活きとした女将さんを見るのが好きなんだ」

「はいはい、楽しいですよ。ありがとうね」

 目尻を落として微笑みを浮かべる女将さんの様相を見て、どうしようもなく嬉しい。この人は早いうちに旦那さんを亡くしてから、ある意味この宿を生き甲斐として生きるしかないと、選択肢を絞られていた。


 だから、頑張れば何でも出来るし、世界にはまだ知らない事が沢山あると教えて上げたかったんだ。


「〜〜〜〜〜〜んんんっ!! ソースが蕩けるうう!!」

「……しかしセイナちゃん、本当に美味そうに食うなぁ。レポーターにしたらこの宿ももっと繁盛するんじゃね?」

「ーーーーっ⁉︎」

 俺の発言を聞いて、女将さんは目を見開いた。すかさず自動ドアを開くと、せっせと何かを準備している。


 さて、何が始まることやら。デートはまだまだ始まったばかりだ。



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