第293話 天罰の光。

 

「タロウは先に逃げ遅れて捕らえられたシルミル兵を、逃して欲しいんですの」

「それは良いですけど……僕ごと巻き込まないで下さいよ?」

 タロウは先程のジャイアントスイングで疑心暗鬼に陥っており、イザヨイに疑念を抱いていた。ヘルデリックは無言のまま涙を流し、自軍の兵士達を解放するという案に、まるで聖女を見つめる様な崇拝に近い視線を送る。


「大丈夫ですの。タロウが戻ってから始めますの」

(……何を? とは聞かない方が良さそうだなぁ)

 軽い溜息を吐くと、暗殺者アサシンはトプンと影に潜り、『影転移』を発動させて敵軍のテントへ移動した。


 そして、更に深い溜息を吐く。影の中から覗いた帝国アロの兵士達が捕らえた、シルミル兵に行っている行為に反吐が出たからだ。


(これが僕の故郷って考えると、本当に家出してレグルスに来たのは正解だったな)


『隷属の首輪』に繋がれているのは女性の兵士達のみ。売る気なのか、商品としての価値を計っているのかは分からないが、全裸に剥かれて暴行を受けた跡がある。

 とても戦争の最中だとは思えない程、帝国兵は浴びる様に酒を飲んで高笑いしていた。


「戦争様さまだな。上官が敵兵は好きにしていいって許可さえくれりゃあ何しても良いなんて、マジで最高だぜ!」

「早く終わらせて、たんまりと報奨金とこいつらを奴隷商に売り飛ばして豪遊しようぜ〜〜?」

「あぁ、前祝いの乾杯だ」

「お前達は今日、この場において終わるから最後の酒を楽しめ」

「ん? 誰か何か言ったか?」

 タロウは首を傾げた兵士の背後から、両手を交差させて瞬時に引き抜くと、脳震盪を起こして気絶させる。


 続いて手首の裏側にしこんでいたAランク魔獣、『ヒュドラ』の毒を塗ったクナイを一斉に投擲して敵兵に敢えて掠らせ、気づく間も無く昏倒させた。


(直接刺したら死んじゃうしね)


 口元に巻かれた黒布をずらし下ろすと、指のジェスチャーと一緒に女性達に視線で合図を送る。影の中から『冥府の鎖鎌』を取り出し、刃を一薙ぎして『隷属の首輪』を切り裂いた。


「この兵士達の鎧を剥ぎ取って、上手く逃げ出して下さい。もうすぐ合図の光が軍の前方に降り注ぎますから」

「……ありがとう」

 タロウは裸体を見ないように瞼を閉じ、顔を反らしながら軽く手を振ると再び影に潜る。


「ミッション完了。初弾は軍の前方にお願いします。それを合図としました。僕はかなりの体力を武器に吸い取られたので、ちょっと休ませて貰います」

「ご苦労様。起きたらご褒美をあげますの。ヘルデリック、ーー進めですの!」

「ヒヒイイィィィィンッ!!」

 渓谷から続く荒野を駆け、ピエロの姿はまだ見えず敵の本陣までは数キロ離れた場所で、イザヨイは手綱を引く。

 ヘルデリックは瞬時に停止すると、主人の意思を理解して身体を屈めた。


「初弾は全力でいきますの!!」


 __________


 道化は道化らしく、愉悦に浸りながら軽々としたステップでヒラヒラと踊る。時に動きに緩急をつけ、観客を飽きさせない様に。


「そろそろシルミル軍に追いつきますかねぇ〜〜? あちらさんは味方アマルシアの裏切りで大変でしょうし」

 独り言を漏らしながら、ピエロに意見や同意を述べる者はいなかった。帝国アロの正規軍。即ち味方でさえ、正直に言って未知の存在であったからだ。


『陛下の懐刀』と称される男。認識としてはそれだけで十分だった。故に恐ろしい。逆らえば一体どんな目にあわされるのか、奇抜な衣装を含めて恐怖する。


 加えて『レブニール』という怪物は上官のみに作戦と共に通達されており、下級兵の不安を煽る材料にしか成り得ていない。


 ーー暴走したら、巻き込まれるからだ。


「勇者擬きに相当数は減らされましたけど、残兵の始末には五十体もいれば十分ですかね」

 ヘルデリックとアマルシアに部位を損傷させられた『レブニール』は既に再生しており、魔獣の牙を鳴らして狩りの時間を今か今かと待ち望んでいる。


 先程までの無手とは違って、シルミル軍から奪った人間の部分が得意とする武器を装備し、中には盾さえ装備して守りを固める怪物までいた。


 シュバリサは、自分の作戦は完璧だと確信している。偽女神レイアの足止めさえ叶えばシルミル軍を滅ぼすなど造作もない事だと、舐めきっている。


「さぁ、シルミルの皆さんにはレグルスを滅ぼす為の材料になって貰いましょうねぇ〜?」

 そうして再びピエロは舞う。楽しそうに、嬉々として舞う。全ては帝国アロの女神セイナを奪った憎き化け物へ復讐する為に。


 __________


 音は無かった。激しい爆音も、稲光の様な鳴動も、台風の様に風切り音も何も無かった。


 ーー突如襲った一閃。


 思わず瞼を塞ぎたくなる程の眩しい閃光が一瞬煌めいた後に、襲い掛かる高熱。皮膚を焼かれ、眼球、喉、鼻腔が不意の一撃により損傷する。


 正確には音を認識するまでに、時間の誤差がある程の速度で発射された凶悪な一撃。


 ピエロでさえ、攻撃に気付いた所で避ける動作を取ることが出来ずに直撃を受ける。ーーそれ程に圧倒的で無慈悲なる一撃。


(な、なに、が起こった⁉︎)

 シュバリサは激痛に苛まれながらも、この威力には覚えがあった。かつてドワーフの巫女に放たれた雷光。Sランクアイテムでさえ防ぐ事が出来なかった程のダメージを負い、敗北した事実が脳裏を過ぎる。


 眩む視界を流して周囲を見やると、閃光の射線上にいた兵士達は最早瀕死の状態に追い込まれており、鼓膜が破れた聴覚でも、想像に容易い絶叫が場を支配しているのが分かった。


 ーーそれでも身体は動かない。


 悪魔である肉体の回復力は主に死霊を糧にするのだが、この場に死者がいないのが仇となった。そして、ピエロはその事実に驚愕する。


(これだけの攻撃を繰り出しておいて、死者がいない……だと⁉︎)

 表情に余裕はなく、ヒビ割れた仮面を被り直すと体を揺り起こした。脱力した状態で空を仰ぎ見た後に、霞む視界が捕らえたのは覚えのある獣人の幼女。


(何故、あの娘がここにいるんだ……)

 軽口さえ叩けぬ程にダメージを負った肉体を引き摺り、両手にナイフを構える。普段ならば武器など持たずに相手の様子を見る男が、恐怖に陥った瞬間だった。


「おかしいですの……これじゃただの雑魚ですの」

「……」

 シュバリサは突然浴びせられた罵倒を受けて、唖然とする。イザヨイはもっと戦いを楽しませてくれると思ったのだが、油断するも何も、一撃で終わった事実にガッカリと肩を落とした。


『超感覚』で相手の血の脈動から肉体、精神の状態を把握した上での判断だ。こいつは雑魚である。そう結論ずけた瞬間から興味は失せた。


「小細工しか出来ない敵に、パパは絶対負けませんの。帰ろうヘルデリック」

「御意」

「……」

 ピエロは反論する事も出来ずに、その場に立ち尽くしていた。なんとも言えぬ虚無感が襲い、正直に絶望とはこの様な状態なのかと自問自答する。


「あっ! あの気持ち悪いのは多分人間に入らないからぶっ殺ですの!! 残りの神気全開! リミッターの第三段階解除!!」

「ーーーーッ⁉︎」

 イザヨイは上空で待機するレブニール目掛けて全力全開、レイアとコヒナタが隠れて仕掛けておいた最終リミッターを勝手に解除すると、残った女神の神気をぶっ放した。


 それは閃光というより周囲の者達からすれば、人智を超えた極大の剣にしか見えない。イザヨイは軽々と振り回すと神気が尽きる最後までレブニールを焼き尽くした。


「天罰の光……か」

 ヘルデリックはボソッと呟いた後に、ようやく背に乗せている存在の恐ろしさを理解する。本当に味方で良かったと安堵した瞬間でもあった。


 __________


 暫くした後に帝国アロの兵士達は撤退を始め、シルミル軍は自国へ帰還した。


 だが、依然として周囲の時間は停まったまま勇者カムイと時空神コーネルテリアによる結界が張られており、どうしたものかと思案する。


「お疲れさ〜ん!! みんな無事そうで良かったなぁ!」

「「「「ーーへっ⁉︎」」」」

 手を振りながら上空から舞い降りたのは、金色の翼をはためかせて微笑む女神だった。一同は目を丸くして愕然とする。


「なん、で? どうやってここに?」

 マジェリスがロボットの様にギクシャクと動きながら問うと、レイアからぽりぽりと頭を掻きながら、はにかんだ笑顔を向けられた。


「やっぱ心配で飛んで来たんだけど、うちの娘が超格好良かったからそこの岩陰で写真撮影してたんだよ!」

「…………」

 シルミル兵の皆が全力で冷ややかな視線を浴びせるが、レイアは瞳を輝かせて一切気にしない。中二病心を全力で擽られた今の戦いを見ていたからという理由が一つ。


 ピエロがボロボロにやられて、胸の内がスッキリしたという理由がもう一つ。


 その女神の満面の笑顔がこの後、娘が一万近い兵士達を壊滅させた事後処理の責任を押し付けられて、青褪めるとは知らぬまま、イザヨイはヘルデリックに抱かれて親指を咥えつつスヤスヤと眠りについていた。

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