第294話 女神、問題を先延ばしにする。

 

 正直に言って、イザヨイに敗北して撤退したピエロが、人族の大陸ミリアーヌの東の国シルミルに残した爪痕は大きかった。

 俺はカムイの発動した『時空の羅針盤』の効力なんていずれ切れるだろうと簡単に考えていたが、なんと自分の時間も停止させている為、効果が永続的に続くとナナから説明された日には血相を変えた姫二人に詰め寄られる始末。


 ヘルデリックは腕の中のイザヨイを見つめながら、何故か仏の様な慈愛に満ちた悟りを開いているので放置。

 アマルシアは暫くの間行動不能レベルのダメージを負っているので、色々と方が着いたら治療してやろうと思う。また洗脳されても堪らないしな。


 さて、問題は『レブニール』と呼ばれていた怪物だ。『女神の眼』を発動しても、ステータスどころか名前すら表示されない。


「タロウいるか?」

「はい。控えております」

「この怪物の死体を回収しといて。国に帰ったらミナリスに調べさせる」

「…………それは命令ですか?」

「うん、命令だね」

「レイア様も次元魔術を使用できますよね? なんでわざわざ僕に?」

「だって、気持ち悪いじゃんこいつ。俺は触りたくないね」

 元の世界で言う、『これこそ上級悪魔っす!』みたいな怪物が頭部切断されてグチャってなってたら気持ち悪いよね。断じて触りたくないね。


「…………拒否権は?」

「……レグルスより遥かに南の海底にさ。どうやら魚人島があるらしいんだよね。人魚ってこの世界にもいるのかなぁ? いたら……見て見たいよねぇ?」

「イエッサー! すぐに回収してレグルスへ帰還します!」

 トラウマからか、タロウは青褪めると美しい敬礼をみせた。最初から言う事聞いとけっての。まぁ、どっちみち行かせるけどな。


 フォルネが言うには、このレブニールは『石化』なんて最悪の能力を持ってるらしいが、『女神の腕』で治療出来るのは実証済みだ。

 この人数相手に一体どれだけの時間が掛かるかとナナに問いかけた所、『マスターが毎日頑張っても一年以上掛かりますね』なんて最悪の結論に至る。


「とりあえず、カムイの件も含めて少し時間をくれ。この結界を解いたらレブニールも動き出すんだろ? 被害を少なくする為にも家族を連れて来る。あと、石化を解く手段も心当たりが無い訳じゃないしね」

「本当か⁉︎ 信じても良いのか⁉︎」

「どうかお願いします。貴女に頼むのは癪ですが、カムイ様のためならばこの身体を好きにしてくださっても構いませんわ!」

 マジェリスは瞳を輝かせて俺の手を強く握る。何故か頬を染めてフォルネは肩口を露わにしたが、嫁に浮気がバレたら恐ろしい事になるので視線を逸らした。チラ見はするけどな。意外に着痩せするのねこの子。


 俺は数日中には戻ると約束して、ヘルデリックから無理矢理イザヨイを奪い取ると『女神の翼』を広げた。

 その際、何故か俺を『魔王』や、『悪魔』を見る類の憎悪をぶつけてきた軍団長には、チビリーやヤンデレナナと同じ匂いを感じてしまう。


 ーー本当に孫馬鹿だけで済むなら良いが、ロリコンではないのか実証する必要があるな。性的な意味でうちの娘を見てるなら殺そう。


 そんな訳で、俺はイザヨイが寝ていて都合がいい為、全速力で空を翔けてシュバンへの帰路に着いた。


 __________


「ほらっ! これ飲んでさっさと元気になれや」

「すまない。また姫に手間をかけさせてしまったな……」

 ベッドに横わるアズラへ『神樹の雫』を放り投げる。また鬱モードになってるアズラの肩を叩くと、俺は微笑みと同時に気にするなと告げた。


『聖女の嘆き』の厄介さはビナスの件で十分に分かってる。それでも腑に落ちない部分があるとしたら、何故帝国アロはこんなに簡単に貴重なアイテムを使用出来るのか、という点だった。


『聖女の真の『絶望』が必要なのだが、神に仕えし者達は何をも呪わず死を受け入れる事の方が多いから、成功率が低い。悪い意味で有名なアイテムだ。お手上げだな』

 以前に聞いたビナスの言葉を思い出して、尚更おかしいと感じる。『聖女』、つまりはセイナちゃんやコヒナタの様な存在は国に重宝されるし、絶対数が少ない。


 帝国アロの女神と讃えられるセイナちゃんでは、間違いなく『聖女の嘆き』を作る為の条件を満たしていない。


(他に独自の製造ルートがあるのか、もしくは別の素材による行程を見つけ出したかのどちらかだな)

 考えられるのは後者だ。悪魔の好物こそ、人の『絶望』に堕ちた魂なのだから。


 シルバに『上級回復魔術ディヒール』をかけて治療した後、俺はその足でセイナちゃんの元に向かう。

 休んでいる部屋の扉を三回ノックしてゆっくり開くと、俺の姿を見つけた瞬間、華の様な満面の笑みを浮かべる聖女がいた。


「レイア様、おかえりなさい」

「うん。もう調子は戻ったかい?」

「恥ずかしいくらいに熟睡してしまったみたいで、すっかり元気です! ……アロにいた時は悩み過ぎて真面に寝られた日が無かったものですから」

「それは良かったよ。お腹は減ってないかな?」

「……ペコペコです」

 桃色の髪を揺らして恥ずかしそうに頬を染めるセイナちゃんを見て、無意識に頭を撫でてしまう。


(可愛い……なんて言うか、素のこの子超可愛い……)

 初めて会った時は人形の様な空虚な瞳をしていたけど、これがきっと本当のセイナちゃんなんだと思う。まさしく『聖女』や『女神』と呼ばれるに相応しいね。


 ーーいつでも譲りますよ。女神の肩書きなんて。


「さて、じゃあ俺の現実逃避の為にぶらり街観光と行こうか!」

「ふぇ? 仮にも私は敵国の聖女ですよ? そんなに自由に行動して良いのですか?」

「ハハッ! 俺の国にそんな堅っ苦しい決まりは無い!」

 正確にはあるらしいけどね。ミナリスが色々と国の法律やら整備やらを頑張ってるのは知ってるが、基本的にナビナナに把握させて、問題がある箇所を添削するだけの事務作業だ。


 故に俺は知らんから良いのだ。それに俺と家族に関しては、物理的に適応されないからね。民や国に迷惑かけるのは暴れ過ぎた時くらいだが、それさえ酒場では実況付きの酒の肴になってるという。


「それじゃあ準備に入ろう! 折角のデートだし、お洒落しなきゃな!」

「わ、私はこんなローブしか持っていませんが……」

「大丈夫。うちのメイドは優秀なんだぜ」


 ーーパチンッ!


「お呼びでしょうか?」

 指を一鳴らしすると、扉の開く音さえさせずにメイド長が背後から忍び寄った。元暗部の人間だからといってもタロウ並みの動きを見せるメイド隊って、現部隊のやつらより凄いんじゃないかな。


「セイナちゃんと俺のデート用の服を見繕ってくれ。俺のはだ、ん、せ、い用で頼むね!!」

「…………復唱しますが、男性用ですね?」

「うん。今日の俺は女性をエスコートするんだから当然だろう?」

「…………成る程。エスコート出来れば良いのですね?」

「違う。エスコートさえ出来ればいいんでしょ? 的な言質をとろうとするな。ヒラヒラしてない服だ」

「…………ヒラヒラしてなければ、良いのですね?」

「違う。ヒラヒラして無ければ良いんでしょ? 的な意味合いじゃない。男性用の服だ! これは命令だぞ!」

「…………かしこまりました」

 メイド長はメガネの端をクイっとあげた後、天井から姿を消した。一抹の不安を抱きつつも、あれだけ言い聞かせれば十分だろうと俺は胸を撫で下ろす。


「レイア様も大変なのですね」

「分かってくれる? 俺は男だって言ってるのに、みんなやたらドレスやら宝飾類を身に付けさせたがるんだよね。一度全裸で街中歩いてやろうかな」

「……死人が出ると思われますので、絶対おやめ下さい」

「ーー??」


 こうして、俺とセイナちゃんのぶらり街観光の準備が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る