第286話 軍団長、吠える。

 

 アダマンチウム製の騎士剣を携え、シルミル軍団長ヘルデリックは一つの覚悟を決める。

 だが、『この戦場を自らの死地にする』などと言う英雄的な思考は一切持ち合わせていない。


(イザヨイが魔獣シルバなんかより、ーー私の背中の方が良いと振り向いてくれるその日まで、絶対に死なん!)

 先程までの決意を更に欲望が塗り替える程に、ヘルデリックはシルバに嫉妬していた。その執着が瞳に熱き炎を灯す。


「撤退せよ兵士達! 私が殿しんがりを務めよう! 姫達は我らがシルミルの宝だ……己が命に賭けて守りきれぇっ!」

「「「〜〜〜〜ッ⁉︎」」」

 軍団長の背中を見て、兵士達は困惑した。本来ならば守られるべきは彼の方であり、その命の重さを知っているからだ。


 命令に従うべきか、逆らって自分達がどうなろうともヘルデリックを守るべきなのかを逡巡して、足が固まってしまう。


「進むのじゃ兵士達!! この男はわっちが守りきって見せるのじゃあ!! シルミル最強の火竜を信じよ!」

 可愛らしい姿見の幼女は竜化して、背後の兵士達を叱咤する。口から漏れ出たほむらの凄さを先程味わったばかりだからこそ、直ぐ様迷いは晴れた。


「師匠! 絶対に死ぬなよ!」

「……カムイ様を悲しませたくありませんからね」

 フォルネは涙に濡れ、マジェリスは拳を掲げる。カムイとの約束を守る為の優先順位は、『誇り』よりも『生き延びる』事だと判断したのだ。


 だが、そんな勇者パーティーのドラマを見つめながら、道化の口元は三日月を描く様に歪んでいた。


(自分達が戦うのはアロの正規兵だとでも勘違いしているんでしょうねぇ〜。あぁ、早く絶望を食べさせて欲しい〜!)

 仮面を伏せながら、想像しただけで快感を覚えて身悶えてしまう。それ程に、道化の描いたシルミルの崩壊劇は完璧だった。


 ーーパチンッ!!


 正規兵が背後に迫り、ヘルデリックとアマルシアが闘気を漲らせていたタイミングに合わせて、ピエロは親指と中指を擦り鳴らせて合図を送る。


「……あの怪物レブニールは何体いるのだ」

「思ったよりも苦戦しそうじゃな……」

 空に複数の亀裂が奔り、再び魔獣の頭部が姿を覗かせた。カムイが自身を犠牲にしてまで封じ込めた怪物を相手に、自分達がどこまで抗えるのかと焦燥する。


「アマルシア! 私は絶対に死ねないのだ! 貴様にも守るべき存在がいるだろう? 強く思い浮かべよ!」

「わっちの方がお主より何倍も歳上じゃ……言われんでも分かっておるわ小僧!!」

 この時、主人であるカムイを放っておいて、ヘルデリックの脳内ではお花畑でイザヨイと戯れる光景が鮮明に浮かんだ。無論、想像のみでそんな過去は無い。ーー希望、願望の類だ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお〜〜!!」

 時に想いは肉体を凌駕して、レベルを超えたパフォーマンスを発揮する。そんな男にかつて無い程の力が宿った。


 ーー振るう剣は嵐。巻き起こる剣閃は容易くレブニールの悪魔の肉体を切り刻む。


「…………」

 ピエロは黙ってその戦いを傍観しているが、所詮は人族の一兵だとはっきり言って舐めていた。レブニールには禁忌の力があったからだ。


 ーーヒィイイイイイイイイイイイインッ!!


「あれが『石化』させる光線か……確かに脅威だろうな」

「わっちがブレスで防ぐ! 背に隠れよ!」

「ーー手出し無用!!」

「ふぇ⁉︎」

 ヘルデリックは騎士剣を鞘に仕舞うと、あろう事か素手のまま無数のレブニールの眼下へ仁王立ちした。


 一斉に怪物より放たれた紫紺の光線を仰ぎ見て、男は最小限のステップを地面に刻む。掠るか掠らないかという本当にギリギリのラインで全ての攻撃を巧みに避けると、再び騎士剣を抜き去った。


「私は常日頃足腰を中心にした訓練をしているのだ! この様な遅い攻撃が当たる訳があるまい!!」

(いや、今のお主が異常なだけじゃ……)

 アマルシアは目を細めて、一瞬だけ本当に自分の知る軍団長なのか疑念を抱く。凄まじい闘気を放ちながら、普段の数倍格好良く見えるこの男は何者なのだろうか、と。


(イザヨイにこのステップを見せれば、如何にフェンリルと言えど打倒できるに違いない。あの子を背中に乗せるのは私以外にないのだ!!)

 軍団長は真横から放たれた石化光線を剣で逸らし、襲い掛かるレブニールの首を刎ね続ける。


 ーーそして、遂に光明を見つけたのだ。


「アマルシア! 不死の肉体を狙っても再生して意味はない! 狙うならば魔獣の顔と悪魔の肉体の繋ぎ目である首だ!」

「了解じゃあ!」

 転がった怪物の中で数体が再生する事なく干涸らびて消滅したのを、ヘルデリックは見逃さない。レブニールが武器や鎧を装備していない状態だからこそ、見出した弱点。


 ーーブチィッ!!


「く、首だけを刎ねるのは中々難しいのじゃ……」

 振り下ろされた火竜の爪は、魔獣の頭部ごと肉を引き千切る。巨躯から繰り出される攻撃の威力は凄まじいが、繊細な調整は苦手だった。


「やれやれ。武器を持たせないとこの程度とは、まだ改良の余地がありますねぇ〜」

 道化ピエロは肩を竦める仕種を取ると、漆黒の瞳をヘルデリックに定めてクナイを一本投擲する。だが、死角から放たれた攻撃は軽々と背中に回された騎士剣に弾かれた。


「ーーおぉっ!」

 アマルシアは思わず感嘆の声を上げる。集中して研ぎ澄まされた鋭敏な感覚は、敵に一切の隙を見せる事は無い。


 戦況は徐々にシルミル側へと傾いている様に思えた。なのに、視界の端々に捉えた帝国アロの正規兵に焦る様子は一切見られない。


(この上まだ奥の手を隠しているというのか?)

 軍団長は味方の撤退までの時間稼ぎとして、十二分に役割を果たしたと判断して火竜へ視線で合図を送る。

 コクリと頷き合った後、徐々に互いの距離を詰めて逃走の準備を始めた。


「逃がしませんけどねぇ」

 人差し指を口元に当てて、道化はクルクルと踊り始める。その手には顔のない木彫りの人形が握られていた。


「あ、ああああああああああああああああ〜〜⁉︎」

 直後、突然アマルシアが苦しそうに叫び声を上げ、自分の頭部を岩場へ叩きつけ出した。ヘルデリックが恐れていた懸念は的中したのだ。


「やはり……一度洗脳にかかった者は、貴様の支配下にあるという事か!」

「ピンポンピンポン! せ〜いかいですよぉ〜!」

 道化は嗤い、軍団長は吠える。再び火竜は至宝『人形繰りの魂パペットマイスター』に囚われてしまった。


 一転して絶望的な状況に追い込まれたヘルデリックに、救いの光は差し込むのだろうか。

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