第285話 『勇者カムイ』と『生物兵器レブニール』 3
カムイは第三柱『時空神コーネルテリア』の神気を肉体に宿すと、発現した『時空の羅針盤』を一撫でする。
これまで幾度と無く特異なスキルであるこの盾をダンジョンで試したが、『限界突破』を修得した状態でも制御が難しい、まさに神の宝具だからだ。
「これは最後の手段として、ピエロを殺す為の奥の手に取っておく」
『その余裕が仇にならないように、無い知恵を絞って考えろし!』
カムイは苛立ちを隠せない程に激情に身を委ねていたが、コーネルテリアのサポートもあって思考はクリアだった。暴走する事はない。
だからこそ気付く事柄があった。初撃で粗方の町民を石像化した後、レブニール達は規則的な動きを見せて、街中を探索しているように見えたからだ。
「あいつら、何で一気に襲い掛かって来ない?」
『……そんなまさかだけど、嫌な予感がするし!!』
「お前の嫌な予感は当てにならないけどな!」
『馬鹿かし!! 仮にあの化け物に人間の知恵があったとすれば、この後の行動はーー』
ーーズドオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
地響きと共に建物の破壊音が耳に伝わる。そこでようやく、カムイはコーネルテリアの警告の真意に気付いたのだ。
「あの方向はオークション会場か⁉︎」
『遅い! 化け物達はアイテムや武具を使えるって事だし!!』
だが敵の狙いに気付いた時、既に事態は最悪の状況へと陥っていた。
カムイの眼前に現れたのはミスリルの重鎧を装備し、大剣を肩口に構えて口元を歪める一匹、はたまた一体、もしくは一人と呼ぶべき新種の生物だ。
一眼見て分かる。この歪な存在は驚異である、と。
「ーーーーシッ!!」
勇者は躊躇する事なく、二メートルを超える図体の両足を狙って聖剣の刃を振り抜いた。これだけ巨大な巨躯であれば、当然動きは鈍いだろうと判断したのだが、予想は容易に覆される。
ーーガキィンッ!!
聖剣の一撃は大地に突き刺したミスリルの大剣に阻まれた。犬型の魔獣の犬歯が覗き、見下ろされる形で愕然としたカムイの左半身が蹴られ、民家の壁際へ飛ぶ。
「何だあの反応速度は⁉︎」
『感覚も強化されてるんだし!』
咄嗟に『時空の羅針盤』を挟んで防御したが、向かい合った一合で理解出来る。ーー攻撃が重い、と。
カムイは空中で体勢を整えると、壁に当たる瞬間に膝を曲げ、衝撃を殺して再度レブニールへ向けて飛び出した。
「貫けぇっ!!」
狙うは一点。急所である心臓目掛けて突進する。振り下ろされた大剣を無理矢理身体を捻って避けた後、ギリギリの所で刃を届かせる事に成功した。
ーーガシッ!
「〜〜〜〜グァッ⁉︎」
確実に聖剣ベルモントは敵を刺し貫いた。手応えがあった。なのに、レブニールは怯む事なく聖剣の刃を掴み、空いた左腕を力任せに振り上げてカムイの右肘を折りにきたのだ。
ミシミシと音を立てて骨が軋み、聖闘衣が破れる。引き抜いた聖剣をダラリと構えた勇者の瞳は、驚きに染まっていた。
「雑魚どころの話じゃねぇぞ……悪魔の不死性まで持ち合わせているのかよ」
『撤退を勧めるし。一体でこの強さ……この後武器を手にした化け物相手に囲まれれば、あたし達じゃ勝てないし』
「ふざけるな! ピエロは姿すら見せて無いんだぞ⁉︎」
『……その程度だと舐められてる事実を、素直に認めるし』
先程までとは違い、低く冷淡な声色で告げられた神の宣告は、カムイに現実を突き付けた。
口惜しさに身体が震え、今すぐにでも『時空の羅針盤』を発動させて我武者羅に暴れたい激情を、強制的に鎮める。
冷静に周囲を見渡せば、既に兵士達の中にも『石化』の被害を受けた者が出ており、マジェリスとヘルデリックは、自らと同様にレブニールと戦闘して劣勢だった。
フォルネはスキルを全発動して戦場の先読みをしつつ、軍の被害を抑える努力をしている。アマルシアは自らが灼いてしまった味方の治療に奔走していた。
「あぁ、お前の言う通りだな。俺達の負けだ」
『まだ負けてないし。敗走は敗北と同様ではないし……カムイ自身が選択しろし』
「答えなんか決まってるさ。大切な者を守る為に、俺は王になったんだからな!!」
カムイは決意の炎を瞳に宿し、教会の壁を一気に駆け上がると、一番高い塔の上から『時空の羅針盤』を発動する。
「第三柱コーネルテリアの神気を以って命ずる。『時空の羅針盤』よ。俺が敵とみなす存在の時を遅らせよ!!」
不完全にしか制御出来ない状態で、広範囲の時を停める行為は自殺行為に等しかった。幾度となく試しても、自分自身さえ停止させてしまうからだ。
辛うじてカムイが制御出来たのは、敵の精神的体感と肉体の動きを遅くして阻害する。ーーそれだけだが、広範囲に影響を及ぼすことが可能だった。
「俺が敵の動きを抑えているうちに逃走しろ!! そして、二人の姫よ! この事態を同盟の国々に伝え、協力を仰げ!! 『紅姫』と女神レイアには絶対に伝えるんだ!」
「ーーそんなっ⁉︎ カムイ様はどうなされるのですか!!」
「……俺はみんなが逃げたらこの場の時を停止する。まだ腕が未熟だから、一緒に巻き添えを食らっちまうんだけどな」
フォルネの問いに答えるカムイは、まさしく勇者と呼ぶに相応しい精悍な横顔を皆に示した。
『一緒に逃げて』と言う乙女の想いが口から漏れ出ようとした直後、続けられた言葉に喉が、胸が、ーー締め付けられる。
「俺がこのまま足止めしなかったら、石化された民達に何されるか分からないだろ? みんな、大事な奴等じゃねぇか……」
「あ、あぁあああああああ〜〜!!」
次の瞬間、涙を滴らせながら崩れ落ちるフォルネの身体を、無理矢理ヘルデリックが抱きかかえて走った。
その横にはマジェリスが並走し、ひたすらに瞼を閉じている。
兵達は同じく軍団長の後に続き、動きの鈍ったレブニールの脇を抜けて出来るだけ遠くへと走り続けた。
ーー皆が数キロほど離れた後、東の国シルミルを灰色の結界が包み込む。『時空の羅針盤』を発動させた合図だ。
「カム、イ……さまぁ……」
「フォルネ姫、これは敗北ではありません。カムイ様を必ずお助けする為に、我等が力を合わせねばならないのです」
無慈悲な現実を突き付ける軍団長の腕を掴み、マジェリスは気丈に振る舞っていた。振る舞おうとし続けた。
「ヘルデリック。今は黙っててくれ……姉上も私も、みんな思いは一緒だ。今は退こう。カムイが目覚めた時に誰かが欠けていたら、悲しませてしまうだろう?」
「……申し訳ない。配慮が足りませんでしたな」
顔を伏せる軍団長を横目に、火竜王は黙したまま一つの推論を思い浮かべていた。
(これ程の準備を凝らした敵が、この程度で終わるのじゃろうか?)
「さてさて〜! いい具合に悲劇に酔い痴れてますかねぇ〜?」
「「「ーーーーッ⁉︎」」」
左手を胸元に、右手をヒラリと仰いで空間の亀裂より舞い降りた『
「さてさて、悲劇の国シルミルの第二幕を開きましょうか〜!! あぁ、思い浮かべただけで泣けてきますよぉ〜!」
ーードドドドドドドドドドドドドドッ!!
地響きを起こしながら迫るのは『帝国アロ』の正規軍だった。女神を隔離し、情報を規制し、勇者を封じ、シュバリサが狙った本当の獲物はシルミルの『民と兵』、そして『仲間』だ。
「さぁ、存分に
幾重にも張り巡らされた罠に嵌ったシルミル兵と、勇者パーティーは青褪める。そんな中、ただ一人暮れ始めた空を見つめて、とある覚悟を決めた武人がいた。
(イザヨイに勇姿を語るまでは、決して死なん!!)
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