第287話 二足歩行の道は険しい。

 

 シルミル軍が撤退を続け、殿しんがりを務めている軍団長が窮地に陥っている同時刻、女神レイアはエルフの国マリータリーの首都レイセンの、『水晶城』にて大事な会議を開いていた。


「お前達にガルバムの開発を任せたのは間違いだった様だな。正直、俺はがっかりしています」

「そ、そんな⁉︎ 何処がいけなかったのです⁉︎ この美しいフォルムこそ、我々の求めた形ですぞ!」

「そうだ! ドワーフ代表も満足気に涙を流しておられた!」

「武器だってレイア様の言う通り、雷魔術を応用して『ビーム』なるものの再現に成功した! 格好いいじゃないですか!」

 十数名のガルバム開発機関、略して『G《ガルバム》、S最高N乗りたい』の幹部達は女神に冷ややかな視線を向けられ困惑している。


 テーブルの上で両手を組み、重々しいオーラを放ちながらレイアは言葉通り失望していた。

 エルフに語り聞かせた自分の情熱さえあれば、ガルバムを必ず完成させてくれると信じていたのだがーー

 ーー出来たのは、まさかの飛べない『無限軌道キャタピラー』タイプ。


 いわゆる足回りが戦車のアレだ。決して否定するつもりはないが、求めるものとは別方向に追求を重ねて、無駄に完成度が高い事が余計に苛つく。


(こいつらの知能の高さが仇になったか……)


『浮遊石』による二足歩行型ロボは確かに理論が難しく、何より費用が掛かる。

 量産には果てなき研鑽が必要なのは分かっていたし、『機神ライナフェルド』を未完成とはいえ、起動させられる形にまでもっていったナナ、アリア、コヒナタの知識と能力が異常なのだ。


 ーーここに、本来は『女神の神気』というチートがあってからこそなのだと、レイア自身は気付いていない。


「まぁ、ガルタンクとは言えそこまでは許そう。しかし、武器に浪漫が無い!」

「な、なんと⁉︎」

「お前達が作ったビーム兵器は所詮『雷魔術』に過ぎん! そんな事で子供達に夢を与えられるのか⁉︎ 胸を張ってこれがガルバムですと言えるのか⁉︎ 初めて俺の話を聞いて、夢見た自分の中二病心に今一度問いかけて欲しい! 本当にこれが貴様らの望んでいた形なのか!!」

「……」

「……」

「……」

 エルフとドワーフの幹部は沈黙に伏して、次第にポタポタとテーブルに涙を滴らせ始めた。女神は無駄に後光を照らし、何故か『女神の天倫』に『女神の翼』まで発動して金色の羽を広げつつ、両手を翳して訴える。


「うわああああああっ!! 分かってたんだよ! でも、でも予算が足りなかったんだよおおおおおおおおおおおっ!!」

「僕だって無理矢理キャタピラ理論を完成させた時に、なんか違うって思ったさ!!」

「わてらだって必死に考え抜いたんやぁ〜!! どうやったら大量生産に持ち込めるか、仰山儲けられるかって〜!!」

 レイアはこの時、ただ一人にのみ違和感を感じていた。皆が哀しげに涙する中、一人演技をしている者がいるからだ。


「おい、そこのお前は誰だ……初めて見る顔だな」

「あっ! わてでっか? お初にお目にかけますぅ〜! わては元、西の国ザッファの生き残りで商人のピゲル言いますぅ〜!! この度は皆さんの熱い熱意に心打たれまして、僭越ながらガルバム開発に投資させて貰ってるんですわ〜!」

 掌を擦り合わせてヘラヘラと愛想笑いを浮かべる出っ歯の男に、レイアはどうしようもない忌避感を覚えた。


 薄目から覗く青眼が、一切こちらに真意を悟らせぬ様に、明後日の方向を向いているからだ。


「キャタピラの案を出したのは……お前か?」

「いえいえ、滅相も無いですぅ〜! わては困っている人に資材のサポートをするだけの、一商人ですからに〜!」

「白々しい嘘を吐くな。お前、ーー帝国アロの間者だろ?」

 レイアは椅子に頬を寄せ、冷酷な視線でピゲルを見下した。その瞬間に場にいた者達は、張り付いた空気に生唾を呑み込む。


 幹部の者達は『そんなまさか』と声を張り上げたかったが、柔らかく親指と人差し指で喉仏を摘まれている様な感覚を覚えて、沈黙せざるを得ない。


 そんな中、汗ひとつ流さずに真顔になったピゲルは問う。


「……何故分かった?」

「俺に嘘は通じない。だけど、お前の心だけが覗けなかった。これで意味が分かるかな? お前の主人ってけっこう馬鹿なんじゃね?」

「これはあくまで独断だ。シュバリサ様を侮辱する事は許さない!」

「やっぱりお前、レグルスで会った鉄仮面の部隊の一人か。どうりで嗅ぎ慣れた匂いだと思ったわ」

 レイアがひらひらと鼻前で掌を仰ぐと、男は瞬時に背後に飛び去り、鉄仮面を被ると同時にクナイを投擲した。


「帝国アロにあだなす化け物め!! 死ね、死ね、しっーー」

 ーーメキャッ!!

 鉄仮面が狂乱にも近い激昂を見せると同時に、『空気の塊エアショット』が胸部のライトプレートを押し潰して、肉体をくの字に曲げる。


 レイアはピゲルの血反吐と同時に、床に落ちた仮面を無慈悲に踏みつけると穏やかに微笑みかけた。


「ピエロは今回の戦いで潰す。ついでに阿呆な王も潰す。戦争なんて馬鹿げた気を起こそうとする『帝国アロ』という国が存在する事すら女神である俺が許さん。そして、ーーよくも俺のガルバム計画プロジェクトの邪魔をしたなこの野郎っ!!」

『久遠』を発動させ『空間転移』の亀裂の中にピゲルを蹴り飛ばすと、行き先すら分からないままレイアはスキルを解除した。


 死んでも構わないが、一応一般人の前で血飛沫なんて見せたらトラウマになりかねないと配慮したのだ。


「……やっぱりピエロの奴は油断ならないね。ナナ、俺も戦場に行った方が良いかな?」

「いえ、当初の作戦通りに私達はここで騙されたフリをして傍観しましょう。至宝の影響を受けぬ様に『深淵のネックレス』は預けてあります。問題は誰がそれを装備するかですが……」

「おい。その言い方をナビナナがする時って、嫌な予感しかしないんだが⁉︎」

 レイアは嫁達の誰かが行くものとばかりに考えていたのだが、ナナの演算予測が導き出した答えは予想外の人物だったのだ。


 __________


「ハイド〜!! ヘルデリックですの〜!!」

「ヒヒィィィィィィィンッ!」

 当初の予定ではアリアかコヒナタが向かう予定だった戦場へ赴いたのは、ちゃっかり以前の冒険者プレート事件の際に、余った転移魔石をちょろまかしてシルバの小屋に隠していた幼女。


 睡眠をバッチリとって元気一杯、全力フルパワーのイザヨイだった。

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