第279話 星空の下で。

 

 俺はエルムアの里のみんなに治癒魔術を施した後、一人悲しみに沈んでいたセイナちゃんの元へ向かった。


「あんまり気にするなよ。得手不得手は誰にでもあるもんさ」

「レイア様……そのレベルで、人は昏倒するものなのでしょうか?」

「死ななかっただけセーフと思おうか」

「まるで私の料理は毒みたいですね……」

 この時、俺は『普通の毒よりも少しランクが高い』と口が滑りそうになったが思い留まる。これ以上彼女を傷付けてはならないし、先程の件もあり危ういからだ。


 マイラさんの計らいもあって、彼女は家の屋根に座り込んでいた。きっと泣き顔を誰にも見られたくは無いだろうと気を遣ってくれたらしい。


「なぁ、あとどれくらい保つの?」

「えっ⁉︎」

 一瞬で青褪めたセイナちゃんの表情を見て、俺は視線を落とす。最初から分かっていた事とはいえ、知らぬフリをしていた方が良かったのか悩んだ。


「俺は女神だぞ。君の『完全治癒』の代償は知ってる。正直知ったからこそ、助けに来た」

「……貴女様は私を救ってくださるのですか?」

 縋るような眼を向けられる事には慣れているけれど、心の痛みに慣れる事は無い。だって、『世界は優しくない』んだから。


「無理だ。人の生命や寿命に関して俺が出来る事は無い」

「……そうでしたか。女神様も万能では無いのですね」

「万能どころか欠点だらけさ。よく怒られたり、貶されているよ」

 初めて彼女の存在を知った時、俺は砂時計の様な女だと思った。

 流れていく砂を止める事も出来ず、他人に分け与えていくのを見ながら笑顔を浮かべるのは、一体どんな気持ちなのだろうか、と。


「私は『女神』どころか、『聖女』と呼ばれる資格すらない駄目な女なんですよ……救った民からありがとうと手を握られる度に、恐怖を感じていたのですから」

「……?」

「傷付いた子供が、後日教会へ赴いた際に私へ絵を描いてくれたのです。私は偽善の笑みを浮かべてそれを受け取った後に、誰もいない場所で破り捨てました」

「なぜ?」

「気持ち悪かったのです。私の顔が描かれた拙い絵を見た時、そこにはグシャグシャに塗り潰された闇がありました。見直すと、確かにそれは私だったのでしょう。でも、それ以来私は怖くて鏡を見られない」

 顔を伏せる彼女の肩は酷く小さく見えて、か弱い乙女そのものだった。


 気丈さも無い。誇りなど元々持ち合わせていないのだろう。きっと、彼女は両親を殺された時に、ーー王の傀儡と化したのだ。


「気にするな。と、言いたいところだけれど、俺も似たようなもんだぞ」

「ーーえっ?」

「セイナちゃんはさ、このエルムアの里を見てどう思った?」

 俺の質問を受けた後、彼女は屋根から里を一望した。焚き火を囲んで酒盛りを始める者達。それを叱る嫁や恋人。

 子供達は木の棒を持って勇者ゴッコをしており、魔王役の子が半泣きだ。


 ーーでも、皆が笑ってる。ここは良い里になった。


「幸せそうですし、多種族が仲睦まじく暮らす素晴らしい場所だと思いますが……」

「ここはね、帝国アロのマリフィナ将軍の部下に一度滅ぼされた」

「ーーーーッ⁉︎」

「売る価値の無い老人や逆らった男は全て虐殺され、年端もいかない少女が犯され、蹂躙された。あの光景は今でも忘れられないし、忘れる気もない」

 年月が経って里は復興したが、所々に爪跡は残されている。焼かれた森は簡単には復興しないし、彼等はああ見えて『紅姫』やマッスルインパクトの団員以外の来訪者に恐怖を抱いてしまうようになった。


 元々奴隷に落とされた身だ。大人達は人間の醜さを、心の奥底まで刻み付けられてしまってる。


「貴女様が、神の光を我が軍に落としたのは……」

「やり過ぎだとは思った。それでも許せなかったんだよ。なっ? 俺も似たようなもんだろ? この手は血に塗れてる」

「あぁ……私のせいで辛い記憶を思い出させてしまった。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……女神様」

 両まなこを掌で抑え込んで彼女は啜り泣いた。なんでかそれがとても美しいモノに見えて、俺も少しだけ肩を寄せて泣いた。


「俺の嫁や仲間達は面白い。きっと、君に残された時間を色鮮やかにしてくれる。限られた人生を『女神』でも『聖女』でもなく、ただの女として生きなよ。これが俺から君に贈るプレゼントだ」

「えぇ。ありがとうございます、レイア様」

 その後、俺はポツリポツリと漏れ出すピエロ仮面の男、シュバリサの過去を聞いた。救ってやる気にはなれないけれど、同情したのは確かだ。


「星が綺麗ですね」

「あぁ、月が無いのは寂しいけれど」

「ツキ? 神界にはその様なものがあるのですか?」

「そうだなぁ。次は俺の話をしてあげるよ。中々面白い冒険譚さ」

 自然と握られた掌が温かい。セイナちゃんは瞳をキラキラと輝かせて、俺の記憶にある異世界の話を聞いていた。


 ーーどうしたら彼女を救えるのだろうか。


 俺は出会った瞬間から、その答えを探している。『紅姫かぞく会議』を開かなきゃいけないと考えた直後、勝手に抜け出した事を怒っている嫁達の顔が思い浮かんだ。

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