第280話 時に嫉妬は女を狂わせるとかなんとか 前編

 

 白竜姫が放った閃光は、紅き炎を螺旋の様に纏わせ大気を切り裂いた。直撃すれば業火に焼かれると容易に想像出来る程の熱量を秘めた一撃。


 ーー狙うは聖女。ただ一人。


「いい加減にしないと怒るぞ! ナナ、『聖絶界』発動!」

 女神は瞬時に結界を展開すると、射線上の『火具土命カグツチ』を防いだ。気圧された身体と、毛先を焼く炎の熱さから、冗談の類では無いのだと知る。


 ーー聖女は恐怖から一言も言葉を発せずにいた。大気が振動し、喉元が締めつけられる。


「それはこちらの台詞じゃあ! また新しい女を増やすなぞ、断じて認めぬ!」

「だから、セイナちゃんはそういうんじゃ無いって言ってるだろうが!」

「男は浮気をする時にみんなそう言うのじゃあ! アリアが言っておった!」

(それは確かにあってるな……)

 逆の立場ならば、自分も疑うだろうとレイアは納得しかけるが、首を横に振った。問題は嫁達の標的が聖女である事だ。


「アリア! 彼女は普通の女の子なんだぞ⁉︎ 馬鹿な真似は止めろ!」

「絶対にいや!! 私はレイアを傷つけられない。レイアも私達を傷付けられない。なら、ーーその子を殺す!」

(どんなへ理屈を捏ねたら、そこへ辿り着くんじゃい⁉︎)


 ーーシュンッ!!


「ヤベッ⁉︎」

 女神は咄嗟にセイナの身体を引き、自らの身体を捻転する。紙一重で白銀の煌めきが視界の端を流れた。


『銀閃疾駆』を発動し、神槍バラードゼルスの符呪を『四枚』破り捨てた聖天使が神気を解放すると、更なる威圧から聖女は苦しそうに首元を抑え込む。


「れ、イアさま……」

「無理するなセイナちゃん! 少し速度を上げるから舌を噛まない様に口を閉じてろ!」

「チッ! 外したけどまだまだぁ!」

 アリアが再び宙を疾走すると、レイアは自分の肉体よりもまずはセイナの無事の確保に努めた。ハンデありでは戦えぬ程の天使の本気。

 何より、嫁達を傷つけられないのは事実だからだ。


「ナナ! 『ゾーン』起動! 『久遠』発動! 空間固定でセイナちゃんの周囲へ結界を張れるか⁉︎」

「ダメです! 『聖絶界』級でないと、結界ごと貫かれる可能性があります!」

「なんだか二人の様子がおかしいぞ! それにアズラやシルバがこの状況を防ぎに来ないのも変だ!」

「マスター……少しだけ時間を稼いで下さい。全力で情報を集めます!」

「頼んだぞ!」

 レイアは上空に舞い上がると、『久遠』の空間固定によるキューブを無造作に振り撒いた。『ゾーン』を起動してなお、視界に捉えるのが困難な程に速度を上げ続けるアリアの動きを阻害する目的が一つ。


「全力じゃあああああああああああああああああ〜〜っ!!」

「おいおい、撃たれて分かる恐怖ってのはあるもんだね……」

 今まさに口元から放たれようとしているディーナの『火具土命カグツチ』は先程よりも荒々しく、多少の誤差など気にしないと言わんばかりに、極大の炎の螺旋を描いていた。


 自らが考案した技の恐ろしさをこんな形で味わうとは思わず、レイアの頬に一筋の汗が伝う。


 __________


 三十分前、俺はセイナちゃんの脇を抱えて『女神の翼』を広げ、王都シュバンに間も無く辿り着こうとしていた。


「怖く無いかい?」

「えぇ。寧ろこんな風に空から世界を見られるなんて感動しております」

「もっと面白いものや、美味しい食べ物が俺の国には沢山ある。驚くのはこれからだぞ?」

「楽しみにしておりますね」

 微笑を浮かべる彼女の様を見て、俺は一つだけ決意する。何でもいい。腹を抱えて大爆笑するのもいい。感動の嵐の中、号泣するでもいい。


 ーー感情を全て曝け出させてやる。


 ピエロと行動を共にし、側近にしていたからだろうか。彼女は『聖女』という仮面をぬぐい切れていない様に思えたからだ。

 ただの女の子として生きて貰う為には、まずその仮面を剥ぎ取る。


 そんな事を考えている最中、発光した美しい竜のフォルムが視界の先に映った。


「おっ! 丁度出迎えみたいだな! 紹介するよ。アレは俺の嫁の一人でディーナって言うんだ」

「竜姫の話は聞かされておりましたが、伴侶だと考えると凄まじいですね。流石はレイア様です……」

「いつもはもっと小さいさ。人化して貰ってるからね」

「スー、ハー、スー、ハー! ちゃんとご挨拶しませんと。些か緊張してきました」

 心臓を抑えながら深呼吸する姿を見て、若干笑みが零れた。確かに竜に紹介されるとなれば、緊張するのも当然だと思ったからだ。


「レイア様? どうやらディーナ様の口元が光っている様に見えるのですが、何かの合図ですか?」

「……おいおい、まじかよ。もしかして怒っていらっしゃる……とか?」

「レグルス流の帰還への挨拶とかですか?」

「いや。セイナちゃん悪いけどちょっと手荒い歓迎になりそうだ。思いっきり俺の身体を抱き締めて固定しててくれ」

「ーーーーッ⁉︎」

 この直後、ブレスが放たれて俺は現在に至る。頼りになるのはナビナナのみ。現状他の仲間の情報を収集して貰い、時間稼ぎに努める他ない。


「まだか⁉︎」

「……」

 返事は無かった。それ程に集中して広範囲に索敵を広げているのだろう。救いなのはここにコヒナタの姿がない事だと思ったが、ーー甘かった。


「死に去らせ小童がああああああああああああああ! 『鳴神ナルカミ』!!」

「まじに来やがったかクソジジイ〜〜ッ⁉︎」

 俺が敵ならこのタイミングで一番打って欲しくない一手。それは『鍛治神ゼン』を降ろしたコヒナタが主導権を奪われている状態だ。


 ーーカシャ! カシャカシャンッ!!


 蒼白い稲光が降り注ぎ、直撃するかというコンマ数秒の間に俺はワールドポケットから『巨人殺しの大剣レイグラヴィス』を抜いた。

 避雷針代わりに放って雷に当てた直後、再び柄を掴み直すと下降する。


 ーーギィンッ!!


 大剣と神槍が交差して金切り音を立てると、『五枚目』の符呪を破り捨てたアリアが、額と額が擦り付けあう程の近距離まで迫っていた。


「目が血走ってるぞ? もう一度言う。俺はお前達を裏切っていないし、この子は賓客だ。止めないと夜の相手は当分しないぞ」

「……こ、断るわ。レイアの言う事でも勝手に抜け出した理由が女なんて許せないもの」

(成る程。大体の状況は今の発言で分かったな)

 アリアは基本的に『俺』第一主義だ。そして、常に俺に嫌われる事を恐怖している節がある。そんな事は無いと何度言っても、元々ただの村人の少女が抱いている不安は拭えない。


 普段の強気な発言や気丈な振る舞いはある種の演技なのだ。時間をかけて家族としての自信をつけさせていこうと考えていた。


 ーーつまり、俺の家族に何か異変が起きているのが確定したって事だ。


「アリアは基本的に俺の言う事を否定しない。つまり、正常じゃ無いって事だな」

「マスター状況把握完了。理由は確定ではありませんが、アリア、ディーナ、コヒナタ、そして、イザヨイが洗脳状態に陥っています。アズラ、シルバは現在治療中。チビリーはビナスを連れて状況を脱した模様です」

「……考えられる可能性に心当たりがあるねぇ。身重なビナスが無事なだけ、まだ良しとするけどな」

「えぇ、ピエロが何かしらの嫌がらせを施したんでしょう? 私の可愛いイザヨイにも……ね」

 突然ナナの口調が変わり、俺は何故か懐かしい気分に陥った。この感覚は覚えがある。


「一応『奈々』さんって呼んだ方がいい?」

「お気になさらず命令口調でどうぞ? 一応体裁を整えてあげるから早く『天使召喚』して貰って良い? 簡単に洗脳された小娘達に少しお仕置きしないとね。あと……イザヨイに傷一つつけたら、あなたを百倍鞭で叩くから」


 ーー何それ怖い。この人ヤンデレナナよりめっちゃ怖いですやん。


「て、『天使召喚』どうぞ……」

「あ、り、が、と、う!」

「うわぁ〜!」

「ーーーーッ⁉︎」

 俺とセイナちゃんは思わず驚愕に眼を見開いた。普段のナナの登場とは違い、空が一瞬暗くなったと思ったら、オーロラの様な色彩が空を彩り、ひび割れた空間を無理矢理抉じ開けるようにして、十枚羽根の天使が這い出て来るからだ。


「こ、怖い……F◯の隠しボスみたいな登場じゃん。ラスボスより怖いわ……」

「レイア様、世界が終わるのでしょうか……?」

 俺達は身体を擦り合せるようにして抱き合った。その様子を見てアリア、ディーナ、コヒナタは激昂しているみたいだが、俺が祈る事はただ一つ。


(どうか、みんなが無事でいられますように……)

 ホロリと涙が零れた。ピエロがどんな事をしたのかは知らないけれど、ただ一つ確信した事がある。奴がイザヨイを巻き込んでしまった事は間違いだったのだ。


 下方では地上に降りたディーナが『聖竜姫』モードになって、紅若火を構え牙を覗かせている。


 だが、顕現された『元の世界』の人格である奈々の強さは、俺の想像を遥かに超えていたのだ。

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