【第14章 二人の女神】
プロローグ 女神セイナ
私はいつのまにか鳥籠に閉じ込められていた。ーー帝国アロという鳥籠に。
求められた役割は『女神』。私はただの『聖女』でしかないと言うのに、随分と大業を背負わされたものだと稀に溜息を吐いてしまう。
ーーなぜ、逃げないのですか?
「逃げるとは随分異な事を申しますね。私は女神としての役割を果たしているだけです」
ーーなぜ、嘘をつき続けるのですか?
「虚実とは真実が存在しない限り姿を露わにしないのです。貴方も口を控えた方が良い。この城には怖い人が沢山いますからね」
ーーなぜ、貴女はそんなに泣きそうな表情を浮かべているのですか?
「私はここ数年泣いた事はありません。だって、その資格が無い事を知っていますから。ノブレスオブリージュ。私は選ばれた者として、義務を背負わなければならないのですよ」
ーーなぜ、貴女は生き続けられているのですか?
「私は生き続けているのではありません。死なせて貰えないだけです。王とシュバリサを始めとして、様々な者達が私を神族の象徴として讃えているのですから」
民への『お触れ』の為に特別に城へ通されている記者を前にして、何度同じ事を語っただろうか。私は既に『自分が壊れている』のだと自覚している。
何もかもが破綻しているのだ。崇められることを当たり前だと感じる様になったのはいつ頃だったろう。
「女神セイナ様のご加護がついてる!!」
「我らが女神に忠誠を!!」
「祝福の光あれ!!」
今日も東の勇者の国シルミルとの戦争へ兵達は赴く。私は真白い聖衣を着て、錫杖を右手に持ったままヒラヒラと手を振るだけ。
シルミルは女神の国レグルスと同盟を結んでいる。即ち、本当の女神であるレイアと私は敵対関係にあるという事だ。
「神に反旗を翻しているのは私か……」
小さく呟くと、どこからともなくピエロの仮面を被ったシュバリサが現れて肩を叩いてくれた。
「セイナは本当の女神だ。少なくとも俺にとってはね」
「貴方のそんな口調を聞くのも久しぶりな気がするな。良いの?」
「ここには俺と君しかいない。道化ではなく、素の自分に戻れる唯一の時間だ。気を使わないでくれよ」
シュバリサは常に私を第一に優先してくれる。唯一の理解者であり、そして、逆に最も私の本質を理解していない類の人間だ。
(本当に私の事を思ってくれているのなら、いっそこの鳥籠から連れ出してくれれば良いのに……)
私は帝国生まれの貴族の育ちだ。幼い頃から飢えに苦しんだ事もなく、自然とお父様の選んだ殿方と結婚して不自由なく暮らしていくのだと思っていた。
ーー成人の儀を受けるあの時までは。
「お、おおおおおおぉおおおおおぉおぉぉぉぉぉぉ〜〜!!」
「まさか、我が国から聖女が誕生するとは思わなんだ!!」
「おめでとう聖女セイナ!!」
この人達は何を言ってるんだろうと思った。神官様に握手され、同様に文官の皆から肩を叩かれ祝福された。両親は崩れ落ちる様に涙を零し、抱き合っている。
「ふえぇ?」
我ながら間抜けな声を上げてしまった。だって、何の事だか本当に理解出来なかったからだ。一般的に『聖女』という職業は国総出で隠匿されるらしい。
ーー利用価値が高く、闇に狙われる可能性が高いからだ。
私の血液は、大体コップ一杯分で純金貨百枚前後の価値を持つと聞いた事がある。肉はそれ以上の価値を持ち、その中でも心臓は魔術的儀式を行えば、只の人間にSランク冒険者以上の魔力を与える事が出来ると実証された。
その話を聞いた時に私が抱いたのは、純然たる恐怖だった。
(実験は死体を用いたの? それとも生きている聖女を捉えて行われたの? 怖い。怖い。怖い!!)
私は動けなくなり、そのまま鳥籠に自分から足を踏み入れた。だって、外の世界は怖くてたまらないもの。
お父様が戦争で戦死したと聞かされ、お母様が後を追って自殺したと聞かされた時には流石に堪えたけれど、その報告ですら疑わしいとシュバリサに頼んで事実を調べさせた。
「闇ギルドの者が貴女を奪う為の交渉材料として母君を攫い、父君はその戦いに敗れて亡くなった様ですね」
「……そう。私を気遣って王は偽りの報告をしたのでしょうね。私が真実を知っている事は黙っておいて下さい」
「君は、そうやって純粋に汚れていくんだな」
「あら? 嫌いになった?」
「いや。肉体が悪魔である俺からすれば、君はどんな宝石以上に美しい」
「いつ食べてくれても構わないわよ。こんな醜い私で良ければね」
床に首を垂れて跪くシュバリサの首元に口付けした。微動だにしないと思っていた道化の体温が高くなったのを感じて、少し嬉しい。
「お戯れを……」
「ごめんね。ストレス発散の一環として許して欲しいわ」
無言のまま逃げる様に影に潜んだ彼を見送って、私はソファーに座り天井を見上げる。両親の死の真実を知って尚、もう涙は出ないのだと知った時に絶望したのだ。
ーーこうして、私は両親の死を悲劇の題材とされて『聖女』から『女神』となった。
手始めに聖女の
バッシュハル王はきっとこうなる事を予測していたのだろう。
ここは鳥籠。私を大切に守り、大切に利用する為の牢獄。
ーー私は聖女セイナ。女神の名を語りし大罪人だ。
__________
「……あの〜? 大丈夫ですか?」
「え? えぇ、問題はありません。質問を続けて下さい。少々疲れているので、次の質問を最後にしましょう」
そうだ。私は最近肉体的にでは無く、精神的に疲れている。繰り返す自問自答の日々の中で、病んでいると言っても過言ではない程に。
「じゃあ、ーー貴女はこの鳥籠から逃げ出したくは無いですか?」
「ーーえ?」
思わず目を見開いて、時が止まったかの様に身が硬直した。この人は何を言ってるのだろう。そんな事出来る筈も無い。
見る限り藍色の帽子を被り、髭を生やした老人。身体も細く、特殊な力を持っているとは到底思えない。
そんな質問をして、私がもしも口を滑らせれば死罪になると分かっていないのだろうか。
「ふふっ! こんな時にも俺の心配か? 貴女は本当に優しいんだね」
「貴方は……一体何を言ってるのですか?」
愕然とする私に対して和らげに微笑みながら、老人は鼻元に人差し指を添えて再度質問した。
「言い方を変えようか。この鳥籠から飛び出して、自由な世界を見てみたくないか女神セイナ?」
「無理です。シュバリサもバッシュハル王も、決して私を逃がしはしない……」
「他の奴らは関係ない。俺は貴女の意志を聞いているのさ」
「ーーたい。」
「おっ? もう一声だ! そんなちっさい声じゃなくて、心の内を曝け出せ!!」
「ーー私は、
あぁ、言ってしまった。何でだろう。このお爺ちゃんを前にすると、頑なに閉ざした心が開かれてしまう。
どうせ無駄なのに。外には見張りがいて、ここは城の中でも高く隔離された場所に作られている。逃げることなんて不可能だ。
「あははっ!! 俺はね、考えたんだよ。どうやったらピエロの一番悔しがる顔が見れるかってさ。ずっとドSナナと会議をしながら考え抜いたんだ。あいつは人が嫌がる事を考える類において最強だな!」
「……ピエロ? もしかしてシュバリサの事ですか?」
「おぉ! あいつそんな名前なのか。いい情報ゲットだ。さて、そろそろ行こうか女神セイナ」
この老人は先程までと雰囲気が全く違う。急に饒舌に語り出したと思ったら、シュバリサの事も知っているらしい。
ーーもしや、闇ギルドの者なのだろうか。
「いや、ちげーし。君って『心眼』使わなくても結構考えてる事が表情に出まくってるから、気をつけた方が良いぞ? うん。そろそろ変装はいいかね」
「はっ?」
「俺の芝居もまだまだ捨てたもんじゃないだろナナ?」
「マスターの芝居うんぬん以前に、この子が間抜けなだけじゃないかな〜?」
右手を顔の
全身を彩る紅と黒の装備は、どれも我が国の至宝に匹敵するレベルだと感じた。
言葉に表現出来ない程の神がかった美しさが、少し怖い。
「初めまして。俺はレグルスの女王であり、女神であり、GSランク冒険者パーティー『紅姫』のレイアだ」
「ーーもう、無理……」
そのまま私は意識を閉じた。極限の状態に陥ると人は意識を閉ざすと言うけど、こんな感じなのね。
ーー私と女神レイアの出会いは、心臓が飛び出て死ぬかと思った。
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