第276話 レイア、宣戦布告のご挨拶をかます。

 

 レイアは暫くして目を覚ましたセイナを脇に抱きかかえると、『女神の翼』を発動して金色の翼を広げつつ問う。


「さて、セイナちゃんで合ってるよな? その名前は本名か?」

「えぇ。名前がどうかしましたか?」

「大した事じゃないんだけど、俺の名前に似てると思ってさ」

「そう言えば、確かにそうかもしれませんね……でも、私は所詮貴女様の立場を語った偽者ですよ」

 黒茶の瞳を伏せる女性を前にして、レイアは薄っすらと微笑んだ。ゆっくりと桃色の髪を撫でながら額を寄せる。


「後でセイナちゃんがびっくりする様な事実を教えてあげよう。だから、これから俺がする事を驚かずに黙って見ていてくれ。誰一人殺さないと約束するから」

「…………」

「どうした?」

「貴女様はかつて、マリフィナ将軍の軍を神の光で滅ぼしたと聞いております。今更何故そのような約束をなさるのですか?」

 もっともな意見だとレイアは眉を顰めた。様々な経験を得た今の自分だからこそ思えるのだ。


 ーー『あの時の俺は未熟であった』、と。


(女神の力に酔っていたのかもしれないな……)

 年齢的には二十歳を超えている外見だが、穢れていない純粋無垢な瞳を向ける聖女の言葉が女神の胸に刺さる。


「俺は確かにこの国を一撃で滅ぼし、天罰を与える事は出来る。だけど君なら分かってる筈だ。戦争を起こして人を殺す覚悟を決めた者は、自分が殺される覚悟もしなければならない」

「はい。そして、それを見送る私も同罪であると考えております」

「それは違う。戦争にも様々な形があり、王や将の器によって理念や意義は異なる。少なくとも、俺はどんな理由があろうと民を犠牲にする戦を許しはしない」

 吸い込まれそうな金色の双眸を見つめながら、聖女ははっきりと理解した。


(強い。この人は今まで会ったどんな人物よりも強い。王の器。そして女神としての本質なのかしら)


「さて、無駄話は終わりだ。飛ぶよ!」

「飛ぶ? 聞き忘れておりましたが、どうやってこの国から私を連れ出すのですか?」

「見ていればわかるさ。堂々と真正面から君を攫う!」

「ーーふぇっ?」

「いくぞナナ! サポートは任せた!」

「りょ〜うかい! ピエロの悔しがる顔を酒の肴にするから頑張れマスター!」

 レイアはセイナを左脇に抱えたまま飛び、城の端に建てられた塔の頂上付近にある空気窓を掴むと、格子を力任せに捻り切った。


 だが、女二人が通るには些か小さいと思うや否や、右拳を振り上げて壁ごと破壊する。


「邪魔だああああああああああああああっ!!」

 ーードゴオオオオオオオオオンッ!!

 帝国アロの城中に響き渡る程の破壊音を起こして部屋を飛び出すと、そのまま飛んで逃げるのでは無く地面に降り立った。


「城門はどっち?」

「あ、あっちです……」

 呆然とするセイナが指差した方向へ歩み始めると、レイアは右手を翳して次々と威力を調整した『空気の指弾エアショット』を連発で放つ。


『並列思考』でナナとリンクした後、殺意を抱いた対象を脳内レーダーにアップし続け、ロックすると自動で放つ様にした。


「これは楽で良いね。実験成功かな?」

「私のサポートがあるからだって忘れないでよ〜?」

「はいはい。気分は『自動人形オートマタ』だけどな」

 レイアはいつも通りナナと気楽に会話してるつもりだったが、稀に口から言葉が漏れ出ており、セイナは不思議そうに見つめていた。


「あの……誰と話しているのですか?」

(ん? ナビって言ってもわからないだろうし、何て言えば良いかな)

「一応天使ってやつだな。俺の思考は神界と繋がってるからさ」

「……凄いですね」

「ごめんセイナちゃん。説明は後にした方が良いみたいだ」

 続々と城門の前に集まってくる兵士達の喧騒が耳に届き、同時にレイアは首を鳴らす。ワールドポケットから『深淵アビスの魔剣』を取り出すと、鞘を腰元のホルダーに納めた。


『念話』を発動させると、範囲を帝国アロ全域に広げて宣戦布告を開始する。


『聞け! 私はレグルスの女神レイア! これより同盟国である東の国シルミルと共に、帝国アロを滅ぼす! 無為に民を傷つけるつもりは無い。逃げたい者は逃げろ。望みは道化を演じて様々な謀略を企みしシュバリサ! そして、それを指示したバッシュハル王の首のみ!』

 レイアは同時に黒剣を抜き去り天へ翳した。だが、取り囲んでいる兵士達に動揺する様は見られない。


 セイナはもっと騒ぎになると思って蒼褪めていたのだが、映った光景に違う想像を働かせた。


「レイア様。やはり私に自由など無いのですよ。お一人で逃げて下さいませ」

「成る程ね。元々この状況になる事を知っていれば、策も巡らせられるってか」

 次々と脳内レーダーにアップされる標的の増え方と配置に、レイアは違和感を覚える。


 ーー仕組まれた。


 そう理解するのに然程時間は掛からなかった。何故なら、兵士の垣根の中に見知った仮面を見つけたからだ。


「そこにいれば安全だとでも思ったのかい? シュ、バ、リ、サ、君? 会えて嬉しいよ〜!」

「お久しぶりですねぇ〜化け物。いえいえ〜! ただ貴女の甘っちょろい性格なら、攻撃できないんじゃないかと舐めているだけですよ〜?」

 レイアはらしからぬ口調をわざと並べ、微笑みながらピエロを挑発する。だが、相手も同様に素顔の見えぬポーカーフェイスで応じた。

 セイナは二人の会話に耳を傾けながら、徐々に場を支配する殺気に充てられて鳥肌を立てる。


「アッハッハ! 相変わらずムカつく性格で嬉しいよ〜! それより良いのかなぁ〜? 君のだ〜いじなセイナちゃんを俺が攫っちゃうぜ〜?」

「そんな事はとっくにバッシュハル王のリミットスキルで知っていたのですよ〜? わざわざ罠に嵌まりに来た間抜けな化け物を始末する為にね!」

 レイアはこの時完全に確信した。ピエロの仮面の下の素顔は、『恐怖と憎しみ』に塗れている、と。途端に冷静になり、当初の作戦、もとい嫌がらせを思い出した。


「悪いね。逃げようと思えば方法はいくらでもあったんだ。『転移魔石』の開発も進んで、随分と供給に余裕が出てるのは知ってるだろ? でも、ハッキリとさせておきたい事があって今日は来た」

「……?」

 殺気が引いていく。セイナの呼吸の乱れと動悸が治る程に静寂が支配する中、女神は冷酷な事実を告げた。


お前ピエロさ、もう俺の相手にすらならないんだよ。どんな小細工を弄しようが、圧倒的な力の差の前には児戯みたいなもんだ。俺の嫁さん達にすら瞬殺される程、お前は雑魚だ」

「ーーーーッ⁉︎」

「それを証明する為に今日は来た。さて、罷り通らせて貰うぞ!!」


 レイアは『女神の翼』の形態を変えて両羽根の中にセイナを包み込むと、『朱雀の神剣』を取り出して双剣を抜き去った。

 ゆっくりと並み居る兵士達の方へ進むと、一気に疾駆する。最初の標的ターゲットは言うまでもなく道化の男、名をシュバリサ。


 一瞬で振り下ろされた魔剣の一振りは、容易に仮面を鼻先を掠めて両断した。続いて神剣から巻き起こった白炎で兵士達の武器を溶かす。


「放てえええええええええええええええええええっ!!」

 怒号の先に城壁の上から放たれた無数の鏃を『聖絶界』が弾き、『エアショット』でカウンターを食らわした。


 影から次々と現れた鉄仮面の伏兵に対して、顳顬こめかみに剣の柄で打撃を加えながら、回転して上段蹴りを浴びせる。


 レイアは徐々に前に進みながら、堅牢に閉ざされた城門の扉の下に立った直後、全力で咆哮した。


「どけええええええええええええええええええええっ!!」

 圧倒的な金色の神気の前に大地は割れ、空気は振動と共に震えて総ての兵士達の身を硬直させる。ガラガラと崩れ落ちる城門の姿を前にして、動き出せる者など一人もいなかったからだ。


「じゃあな。お前らの崇め奉る女神セイナは頂いていく。悔しかったら幾らでも取り返しに来い。女神の加護とやらが無い中で、頑張れるならね」

 美しき化け物から吐き捨てられた台詞を受けて、反論出来る者は一人もいなかった。シュバリサを含めた誰しもが、予想以上の力の差を見せつけられたからだ。


 ーー誰一人死んでいない。


 殺さずに無力化する術の難しさを知っている洗練された兵士達だからこそ、実力差は明らかになる。


 その後も、レイアは我武者羅に特攻する女神セイナの信仰者達を気絶させ、圧倒しながら堂々と城下町を歩き存在を知らしめた。


「これ美味いな〜! お婆ちゃんありがとね」

「聖女になってからこんな食事をする機会は無くて、懐かしいです!」

「二人の女神様に美味しいなんて言って貰えたら、この後反逆罪で死刑になっても後悔はないさね!」

 腹が減ったと屋台で串肉を買う余裕まであり、羽根の隙間から首元をチョコンと出したセイナと談笑しながら食べる始末。


 快活に笑いつつも、悟った表情を浮かべる老婆を前に女神は聖女に問う。


「たしかにこの国ならそんな事もありそうだね。セイナちゃんはどう思う?」

「……私はこんな事でこの方が罰を受けるのは嫌です」

「うん。そりゃそうだよな〜!」

 セイナの暗くなった表情を見て、レイアは即座に『念話』を発動した。


『ここの串肉は絶品で女神二人が保証する。また食べに来たいから、この人に何かしたら殺すぞ?』


 ーーほんの一瞬放たれた殺気に、『念話』を受けた全ての人々は震え上がった。


 こうして女神セイナは堂々と正門から去った敵に攫われる。


 だが、帝国アロの兵士達は女神レイアによる宣戦布告を受けて、『絶望』以外の言葉を思い浮かべる事が出来なかったのだ。

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