番外編 田中タロウの憂鬱 4

 

 周囲を松明に照らされた闘技場。僕は硬い地面をザッザと踏みならしながら作戦を練る。


(この銅のナイフで、どこまでダメージを与えられるかが問題だな)

 視線の先には僕を心配そうに見つめる涙目のハルリカの姿があった。きっと、この魔獣に勝てないと思っているんだろう。


 ーーうん、無理だな。勝てる要素が無い。


 自問自答しながら僕は頷く。その通りだ。相手はAランク魔獣『ライカンスローブ』らしい。勝てる見込みは無かった。


「でも、女の子を見捨てて逃げるなんてダサいよなぁ……」

「逃げろってばタロウ! 馬鹿ああああああああっ!!」

 酷い言い様だ。でも、鎖をガシガシと動かしながら、必死に叫ぶハルリカの姿を見て躊躇いは失せる。


「女の子なんだから大人しくしてなよ。大丈夫だからさ」

 余裕を持った素振りでひらひらと手を振ると、僕は銅のナイフを抜き去ってゆっくりと魔獣へ歩を進めた。


 ーーグルルルルルルルルルッ!!


「試してみるか!」

 コボルトと同じく先ずは首元を狙う。全速力で疾走した後、銅のナイフを払うのでは無く、突きに集中させて力を込めた。

 面では無く、点。硬い毛皮、皮膚を貫く一閃。


 ーーキィンッ!!


「まじ、か……」

 僕は直ぐ様魔獣の肩口を蹴って、背後へ後転する。手元には柄から先が折れた武器の残骸があった。手応えは確実にあったのに、強度が追いつかなかったのだと理解した後、作戦プランを練り直す。


「〜〜〜〜〜〜⁉︎」

 いつのまにか魔獣の姿が無い。しっかりと視界に捉えていた筈なのに、何処へ行ったのか。


(後ろか!!)

 ーードゴォ!!

「グウゥッ!!」

 顔面に向けて振り下ろされた右腕チョッピングライトが迫る。咄嗟に左肩を寄せ上げて筋肉を引き締めて防御したが、圧倒的な攻撃力から弾き飛ばされた。


「ぐああああああああああっ!!」

 自ら背後に飛んで衝撃を殺してこの威力か。一撃で左肩の骨が外れており、視界が眩む。武器を失い、手立てもない。

 それでも何故か頭の中はクリアで、冷静さを失わずにいられた。僕は元来臆病な筈なのに不思議だ。


「お前は英雄になれない……か」

 レイア様に初めてシュバンの城へ呼ばれた時に、言われた言葉を不意に思い出した。


 __________


「なぁ、タロウは少し勘違いしてないか? 俺はお前に英雄になって貰いたいなんて欠片も思って無いぞ?」

「ファッ⁉︎」

「あははっ! 当たり前じゃん! どこの世界に暗殺者に英雄を目指させる女神がいるんだよ」

「……こ、ここに?」

 タロウは縋るような想いを抱きながらレイアを見上げた。しかし、視線の先には欠伸をしながら眠たそうな様相をした美姫がいるのみ。

 齎された返答も気遣いなど一切無かった。


「いねーわ。つーか英雄的なポジションなら、天使や竜や神に選ばれた者が俺の嫁にいるから、それに勝てないと無理だけど挑む気ある?」

「遠慮しようかなぁ〜?」

「賢明な判断だな。ちなみに俺はデコピンすら放たずにお前を倒せるから、挑もうとするなよ?」

「肝に命じて置きます」

 言われなくても、タロウは相対するだけで皮膚がチリチリとひりつく感覚を味わっており、目の前にいる存在の本質を捉えていた。


 ーー秀でた危機感知能力。職業の特性故か、生まれもった性質か。


(この人は確かに美しいけど、闇を抱えている。簡単に全てを鵜呑みに出来ない)

「うん。よくその答えに行き着いたな。俺とお前は家族じゃない。上司と部下だ。俺がおかしくなった時は正せ。それでいい」

「ーーーーハァッ⁉︎」

「何を驚いてるんだ? 俺の本質は女神の身体と闇だ。正解だぞ?」

「……なんで僕の考えてる事が分かったんですか?」

 その後、タロウは『心眼』という心の表層を覗けるスキルの存在を聞いた。レイアは隠し事をする事なく一切を話すと、漸く本題に入る。


「タロウ。よく聞いて欲しい。お前は強くなるだろう。だが、正々堂々敵と戦い、光ある道を歩む事は出来ない。俺からこんな言葉を送ろう。お前は『ダークヒーロー』になれ。闇に愛され、闇を愛して影から人々を守る。誰にも賞賛されず、誰からも感謝されない過酷な道だ」

 先程までと違い、レイアは金色の相貌を見開いてタロウを凝視する。俯いて両肩を震わせる姿を見て、正直まだ早かったかと諦めてかけていた所へ、思わぬ返答を受けた。


「ーーすかっ!」

「うん?」

「それ、めっちゃカッコイイじゃないっすか!!」

「お、おう!」

(食いついた。やっぱりこいつ中二病だ……)

 レイアは思惑通りに事が運んだ事に安堵しつつも、若干呆れた視線を送る。


「ダークヒーローに、僕はなる!!」

 両手を掲げて満面の笑みを浮かべながらタロウは吠えた。


「その意気だ。それでは天使ナナによるお前のリミットスキルの説明を始めよう」

「はいっ!!」


 ___________


「ダークヒーローか……」

 地面の土を握りながら、僕はぼやけた視界を正す様に頬を自ら殴った。

 ーーそして笑う。

 全身が痛くて、頬を殴った痛み程度では意味がなかったからだ。ーーそれでも気合は漲った。


(僕は勇者じゃない。暗殺者アサシンだ……)

 正攻法で戦おうとした事が間違っている。ハルリカに見ていてくれなんて台詞を吐いた時点で、筋違いも甚だしい。


 ライカンスローブの四つの両眼が再び僕を捉えた。ーー来る。


「させない!!」

 僕は並走しながら、胸元に隠し持ったクナイをボス部屋の松明に向けて一斉に投擲した。闇が無いなら自ら生み出せばいい。

 わざわざ敵が戦いやすい環境で相手にする必要などないんだ。


「これで詰みだ!!」

「何をしてるのよタロウ⁉︎」

 驚愕に目を見開くハルリカの上部の松明を撃ち抜くと、ボス部屋は漆黒の闇に包まれた。やっぱりナナ様が言う通り、身体が軽い。

 僕はスキルの特性上闇の中ではステータスが二倍になる。


(何秒保ってくれるかな……)

 武器はあった。コヒナタ様から頂いたドワーフの国ゼンガの『至宝十選』に劣らない武器が。


「来い! 『冥府の鎖鎌』!!」

 リミットスキル『陰影』は次元魔術とことわりが似ていて、自らの影に様々な物を収納する事が出来た。紫紺の煌めきを放ちながら浮かび上がった鎖鎌の柄を握ると、一気に生気を吸い込まれる。


「ううううううう〜〜!! これからたっぷりと敵の生気を吸わせてやるから、ーー僕に従えこのジャジャ馬あああああああああ!!」

 僕の咆哮を聞いてライカンスローブは一瞬でこちらへ疾走した。僕は『影転移』を発動すると、直ぐ様その背後に転移し、背中へ刃を振り下ろす。


 ーーグギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ〜〜!!


 肉に届けば儲けものだと思っていたつもりが、まるでバターを切る様に滑らかに背中を裂いた。舞う血飛沫を避けながら、魔獣の右膝を両断する。


「すげーなコヒナタ様……」

 なんだこの武器。先程までとは違って、敵を斬るだけ力が漲る気がした。だが、崩れ落ちたライカンスローブの喉元を狙おうとした直後、背筋に悪寒が迸る。


「拙い!!」

「ギイイイイイイイイイイッ!!」

 狙いすました一撃は的確に僕の心臓を貫いた。我ながら嫌な光景だ。


「それは影が生み出した残像だよ。じゃあな!」

 最初に厄介な鼻を切り落とした。クルリと身体を一回転させるとそのまま首筋の頸動脈を斬り裂くつもりが、ーー刎ねてしまう。


(おいおい、僕の意志なんて関係ないってか……)

『冥府の鎖鎌』は紫紺の燐光を明滅させながら、もっと強くなれと挑発している様に感じた。


 ーーズシャッ!!


 僕は沈んだ魔獣の肉体をそのまま影に収納した。次元魔術ワールドポケットと同じく『生きていないもの』は収納できる。

 ハルリカの鎖を断ち切ると、『冥府の鎖鎌』も同じく隠した。見られては後々煩いだろうと判断したからだ。暗闇の中ならその心配は不要かな。


「タロ、ウ? 無事なの? 魔獣は一体どうなったのよ」

「もう大丈夫。じきにガジー隊長が来てくれると思う。今までありがとうね」

 僕は暗闇の中必死に僕の姿を探すハルリカの髪を撫でた。最後だからこれくらいは良いだろう。銀貨10枚位なら払っても構わないさ。


「ーー何言ってるの⁉︎」

「僕はある程度目的を果たした。お別れだ。どうか元気でいてくれ」

「待っーー」

 僕はそのまま『影転移』を発動して、一階層の入り口近辺に戻った。Aランク魔獣を倒してレベルも上がったし、このままレイア様の元に戻ろう。


(いつかまた会えたらいいな。それにしても今の僕、最高に輝いてる! これがダークヒーローか! レイア様も褒めてくれるに違いない)

 三時間後、リミットスキルを駆使して満面の笑顔でシュバンに戻って報告した直後、僕は何故かレイア様に『エアショット』でぶっ飛ばされた。


「リア充してんじゃねぇ!!」

「ファッ⁉︎」

 理不尽過ぎると思いながら僕は意識を閉じる。そして、ーー目覚めると見知らぬ極寒の地にいた。


「どこ? ここ……夢? じゃないな寒いし……」

 手元を見ると、レイア様の新たな指令書が握られている事に気付く。


『そこはピステアより遥か北の無人の大地だ。原住民の生活を調査し、極上のサーモンを持って帰って来い。ちゃんちゃん焼きのレシピは既にクラドに渡してあるから心配するな。ーーbyレイア』

 おかしいな。寒さで僕の目は悪くなってしまったのだろうか。


「無人って、既に書いてありますやん……」

 意味が分からない。無人だとわかってるのに原住民を探せとはどういう嫌がらせなんだろう。この時僕は初めて自分の行動を後悔した。


 このままマッスルインパクトの訓練をしていれば良かった、と。


 極寒の地『アイズヘイム』の冒険譚はまた別の機会に語ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る