番外編 田中タロウの憂鬱 1

 

 僕の名前は田中タロウ。元々、人族の大陸『ミリアーヌ』の南に位置する帝国アロの生まれだ。

 十五歳を迎えるのを機に国を飛び出し、『特別な存在スペシャル』になるのを夢見て女神の国レグルスに渡り、成人の儀を受けた。


 結果として職業『暗殺者アサシン』に選ばれ、光栄な事に宰相であるミナリス様の後任として、第四暗殺部隊隊長に任命された。


 反対する隊員も大勢いたんだけれど、女神レイア様が『カクレンボ』という僕を試す機会を与えてくれたお陰で、みんなも納得してくれたんだ。


 未だに謎なのは、『城内に隠れている僕を見つけ出せたら勝ち』という簡単な試練だったのに、何で誰にも発見されなかったんだろう。

 何処に行ったら良いか分からず、キッチンの冷蔵庫の影に座り込んでいただけなんだけどな。


 それより、隊長に任命されてからが正直キツかった。

 マッスルインパクトの団員さん達と一緒に訓練する様に命じられたのは、僕のレベルが低かったからだ。


 __________


【名前】

 田中タロウ

【年齢】

 15歳

【職業】

 暗殺者

【レベル】

 3

【ステータス】

 HP 210

 MP 25

 力 35

 体力 37

 知力 11

 精神力 10

 器用さ 67


【スキル】

 身体強化Lv1

【リミットスキル】

 陰影

【魔術】

 フレイム

【装備】

 冥府の鎖鎌 ランクS

 布の服 ランクG

 革の靴 ランクG


 __________


 暗部部隊隊長として、任命式の際にコヒナタ様から頂いた『冥府の鎖鎌』を持った直後に僕は昏倒した。全身の生気を吸われるような感覚に襲われ、吐き気を堪えるのに必死だったのは忘れられない。


 ボンヤリとした意識の中で、僕を抜いて勝手に話を進められたあの恐怖も。


「うーん。やっぱりそのレベルじゃ、コヒナタの武器は装備出来ないかぁ」

「一応レイア様の言う通りに作成したのですが、些か素材にした魔獣の邪気が強過ぎましたか?」

「いや、タロウのレベルが低過ぎてステータスがついていってないんだろ。基礎から鍛え直す必要があるな」

「それならば深淵の森にでも放り込めば良いのでは?」

「……コヒナタも段々と強さの感覚が麻痺してるね。こんな村人レベルを放り込んだら即死だよ? 暫くは筋肉達に預けるさ」

 レイア様は溜息を吐くと、地面に横たわる僕を抱き抱えてくれた。徐々に意識は戻っていたけれど、全身の力が抜けてしまって上手く手足が動かない。


「あの……どこに向かうんですか?」

「俺の部下達の訓練に付き合って貰う。ちゃんとしたカリキュラムを組んであるから、タロウもしっかり強くなれるぞ」

「はい。レイア様の期待に応えられる様に頑張ります」

「その意気だ!」

 その後、僕はマッスルインパクトの団長であるキンバリーさんを紹介された。

 キンバリーさんは『月夜族』という珍しい種族であり、特殊なリミットスキルを生まれながらに習得した希少な存在だと教えられる。


「タロウはきっと強くなる。しっかり鍛錬して鍛え上げてくれ。頼んだよキンバリー」

「了解しました軍曹! あの……それはそうと、例のブツの進展具合はどうなってるのでしょうか?」

「ドワーフの国ゼンガからミナリスが戻り次第、モデルになってやるよ。心配するな。俺は女神だぞ? 嘘は吐かん!」

 仁王立ちするレイア様を讃える様に跪いたキンバリーさんは、何故か「ありがたや〜!」と拝み倒していた。

 例のブツって一体何の事だろうか。気になります。


 僕はそのまま体長十メートルを優に超える翼飛竜『ヴァレッサ』の背中に乗り、キンバリーさんにマッスルインパクトの本部へ連れて行かれた。

 本格的な訓練を行うのは明日からだと施設内を案内され、これから当分の間暮らす事になる寮へ向かう。


 中は十五畳程の広さで、木造だが机に椅子。両足を伸ばして寝られる大きめのベッド。そして自己鍛錬用のグラビ鉱石がついたダンベルなどが、乱雑に床へ置かれていた。

 何処と無く甘い香りがするのは香水だろうか。


「思っていたより全然広いですね。ベッドが二つありますけど、相部屋なんですか?」

「普通は男六人で一部屋だから、これでも配慮されてる方なんだぞ? 軍曹から頼まれたとは言え、流石に個室は幹部クラスしか与えられないからな」

「いえ、寧ろ十分ですよ。僕なんかの為に気遣ってくれて感謝します」

「ちなみに同室の隊員はタロウと同い年の女だが、性格が多少気難しい奴でな。喧嘩しないように上手くやれよ」

「ファッ⁉︎」

 僕は当然の如く、異性との共同生活なんてした事が無い。そして、どちらかと言えば人見知りだ。一気に緊張感が高まり、心臓の鼓動が早くなった。


「あの〜、出来れば同性との部屋を希望したいのですが……」

「気持ちは分かるが、他に空きは無いから今は我慢してくれ。この部屋は元々一緒に暮らしていた者が堪えきれずに逃走して、『ハルリカ』の個室と化していたからな」

「わかりました……我慢します」

 ハルリカって言うのは同居人の名前だろう。それよりも気になるのは、前に住んでいた人が堪えきれずに逃げ出したって所だ。


 ーー猛烈に嫌な予感がする。


 僕が冷や汗を流して顔を痙攣ひきつらせていると、ガチャリとドアノブを回す音がした。


「おっ! 噂をすれば帰ってきたみたいだな。丁度いいから俺が紹介してやろう」

「ひ、ひゃい!」

 背筋をピンと伸ばして固まった僕の視界に現れたのは、ウェーブが掛かった桃色の長髪をかきあげながら、トレーニングの汗を拭う少女だった。

 眠たそうな垂れ目をしており一見お淑やかそうに見えたが、訓練用のタンクトップが伸びそうな程の凶暴な胸に視線を奪われる。


「……あんた誰?」

「……えっと、これからこの部屋で一緒に暮らす、田中タロウです」

「今あたいの胸見たよね? 銀貨5枚よこせ」

「ーーーーファッ⁉︎」

 これが、僕とハルリカの最初の出会いだった。

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