番外編 田中タロウの憂鬱 2
「良いから銀貨5枚よこせよ。しっかりとあたいの胸を見ただろ?」
「み、見てないよ! チラッと視界に入っただけで、決して凝視なんてしてない!」
「ほら、認めたじゃん。視界に入ったんだろ?」
「〜〜グヌヌッ!」
そんな事を言い出したら、日常を過ごす中で男は世の中の女性にどれだけお金を払わなければならないか、この子は分かってるのかな。
納得がいかないと思いながら隣のキンバリー団長を見上げると、首を九十度捻じ曲げてハルリカを一切見ない様にしていた。
ーーこの人、絶対に駄目な人だ。
「キンバリー団長? どうして明後日の方向を見ているんですか?」
「タロウよ。さっきも言っただろう? ハルリカは多少性格に難のある子なんだ」
「あら? 人の事を悪者扱いするのはやめてくれませんかね。あたいは胸を見るなって言ってるだけで、それでも見続ける男共が馬鹿なだけですよ」
ハルリカはまるで氷の女王の如き冷酷な視線を僕達に向けてくる。何これ怖い。
「さっき、僕の事をちゃんと紹介してくれるって言ったじゃないですか」
「済まない。俺には一刻も早くこの場を脱せねばならない事情があるのだ! さらば!」
キンバリー隊長はそそくさと部屋から逃げ出してしまった。一体何があったんだろうか。
「チッ! また金貨50枚を回収し損ねたか……」
(おい。あの男一体何回ハルリカの胸を見てるんだよ)
だからあれだけ焦ってたのか。取り敢えず僕は団長を尊敬するのはやめておこうと決意した。
「あの……これから宜しくお願いします」
「あんたは何日持つかねぇ? 楽しみだよ」
「ん〜。正直僕は恋愛とかエロい事よりも格好いい事の方が好きだから、結構保つと思うよ? 正直君の容姿には興味ないしね。さっきのは僕の不注意だから銀貨5枚は払うよ」
「〜〜〜〜ハァッ⁉︎」
僕は忌憚の無い意志を告げただけなのだけれど、ハルリカは驚いた様な素振りで顔を真っ赤にしていた。だって僕達はまだ十五歳で成人したばかりだ。
ここに来た理由だって、コヒナタ様が作ってくれた『冥府の鎖鎌』を装備する為にレベルを上げたいからだ。
ーー別に女の子との出会いなんて求めてないし、正直煩わしい。
「あんた、変わってるって言われない?」
「君にだけは言われたくないよ。これでも僕は真っ当に生きてるつもりさ」
「アハッ! アハハハハハハハハハハハハ!!」
「いきなり笑いだすなよ。失礼だなぁ」
「ごめんね。ちょっと面白かったからさ」
大爆笑した後、和らげな微笑みを浮かべた彼女は先程まで違って少し可愛く見えた。そして胸が本当に大きい。何を食べたらこんなに育つのかな。
仲良くなれたら聞いて、武器のお礼にコヒナタ様に内密で教えてあげよう。
「はい。銀貨5枚追加ね?」
「あっ! しまった……ついうっかりしてたよ!」
「まぁ、邪な感情は感じないから今回は3枚にまけてあげるよ」
「それは有り難いかな。正直路銀が心許ないんだ」
「本当に……変な奴!」
肩をポンと叩かれて、再びハルリカは笑った。変わってるけれど良い子なんだろうな。何でマッスルインパクトに入団したのか気になるけれど、誰にも事情はある。聞くのは野暮だろう。
その日はたわいのない互いの昔話と、明日から始まる特訓の軽い概要を聞いて僕達は眠りに就いた。
__________
「俺は本日貴様らの訓練を受け持つマッスルインパクト幹部のガジーだ! 生半可な気持ちでいると死ぬぞ! 気合いをいれろ新米共!」
「「「「「「イエッサー!!」」」」」」
「世の中を生き抜く為に大切な事は何だか分かるか?」
不意に問われた質問に僕達は目を丸くする。そんなのレベルとステータスに決まっているからだ。僕は高々と自信を持って答えた。
「レベルとステータスであります!」
「馬鹿野郎! 答えは気合いと筋肉だ! 答えを間違えた連帯責任として貴様等は腕立て百回。スクワット五十回だ!」
「ファッ⁉︎」
「始め!」
余計な事をしやがってという視線が、他隊員からビシビシと刺さる。考えてみれば僕はこの六人編成で組まれた小隊の中で一番の下っ端だ。
余計な発言は慎んだ方が良いのかもしれないな。
ビリビリと痺れる腕をなぞりながら次の指示を待っていると、ガジーさんは木剣を掴み取っていた。
「次はマラソンだ。貴様等にはこの訓練場を俺が良いというまで走って貰う。俺に追い付かれたら何が待っているかは、この木剣を見れば分かると思うがな。返事は?」
「「「「「「イエッサー!!」」」」」」
何故か他の隊員達の顔色が途端に蒼褪めだした。正直僕は足には自信がある。一周が大体二百メートル位だろうか。
当分抜かれる心配はないと安堵していた。
「それでは、ーー始め!!」
「えっ⁉︎」
速い。マラソンだというのに、他の五人が走る速度はまるで短距離を走る様にグングンと速度を上げていた。僕がこのペースで保つわけがないと高を括っていたら、あっと言う間に最後尾だ。
「遅い。そんなペースで俺から逃げ切れると思っているのか?」
「うわぁっ⁉︎」
背後から耳元に囁かれたガジーさんの一言を聞いて、僕は驚愕した。いつの間にかピタリと張り付かれていて、プレッシャーを掛けてくる。
(こんな所で使うつもりは無かったけどしょうがない!)
「スキル『身体強化』発動!」
まだレベルは低いけど、僕は帝国アロにいた頃出会った商人のユートさんから偶に稽古をつけて貰っており、旅先で出会ったアルガスさんから習ってスキル『身体強化』を覚えていた。
軽くなった身体で一気にガジーさんを突き放すと、他の隊員達を抜き去ってトップに立つ。
「まだまだ捕まらないよ!」
「あんた。悪い事は言わないから直ぐに身体強化を解きな!」
「えっ? 何でさ!」
「…………初日だから身体で知った方が早いか」
ハルリカは忠告したからと告げた後、後列へと戻った。他の隊員達も何処か僕の事を残念そうな目で見ている。
ーー何だ。この違和感は。
一時間後、全ては判明する事となった。スキルが切れた後、猛烈な疲労が襲って身体が鉛の様に重い。
僕が速すぎると思っていたペースをずっと保ち続けて走っていた他五人は、軽く息を切らすだけでまだまだ余力が見て取れる。
対して、最後尾に落とされた僕の背後からガジーさんが迫っていた。
「これも一つの経験だと学びな。歯を食いしばれえええええええええええ!!」
「うわ、うわわああああああああああああああああ!!」
ーーバシィンッ!!
「ぎゃあああああああああああああ〜〜っ!!」
身体が跳ね上がり、尻が割れたと思う程の激痛が全身に迸る。ハルリカの忠告を聞いておけば良かったと後悔しながら、僕は泡を吹いて気絶した。
__________
「うーむ。この程度で気絶しちまうとか……軍曹の紹介にしては脆いな」
ガジーはボリボリと頭を掻きながら、顎鬚を撫でる。その横ではハルリカがクスクスと笑いながら、白眼を剥いた少年を見下ろしていた。
「案外こいつは、面白い成長をすると思いますよ?」
「おっ? ハルリカがそんな風に男を褒めるなんて珍しいな。惚れたか?」
「殺すよ? 今すぐ借金取り立てても良いんだぞ
「はい。すいませんでした……ソフィアにはどうか内密にお願いします」
仕方がないといった所作をしながら、ハルリカは眠るタロウの肩を担いで医務室へと連れて行った。
こうして、タロウのマッスルインパクト入団初日は終わりを告げる。
ここが確かに地獄だと知るのは、もう少し先の話。
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