第275話 『せめて、この小さな掌から零れ落ちないだけの幸せを』
「お前達の王は、レグルスの王である紅姫レイアが討ち取った! この国をあるべき形へ戻せ! 武士達よ!」
俺はヤマトの国の鬼王、マサミツを討ち取ったという勝ち鬨をわざと高らかに『念話』を発動して吠えた。
シナノちゃんはどこか達観した様子で遠い空を見つめながら、何か考え込んでいるみたいだ。
人と鬼の共存。それは暫くの間続いても繁栄が無い以上いずれ瓦解するだろう。ただ希望はある。
『鬼人』と呼ばれた鬼と人の
前例が無いのであれば、あるいは本当の意味で共存の架け橋に成り得るのかもしれない。
俺には色々な意味で、この国の行く末を見守る義務があると思った。
「ねぇ、シナノちゃん。君はどの道を選ぶ? 別にこの国に残って貰って『君の望むヤマト』の復興に勤しんでも構わないと思うよ」
「……レイア殿は意地悪でござる」
「そうかな? 多少性格は歪んでるけどね」
「この国に拙者の居場所はござらん。最早生きる意味も、自らを鍛える意味も無い」
予想通り悲しげに瞳を伏せるシナノちゃんの肩を抱こうとした直後、俺は微笑んだ。
『ならば、残りの人生を私達紅姫と愉快に過ごさないか?』
「ーーッ⁉︎」
頬をペロリと舐め、銀毛を揺らしたフェンリルがそっと女武士の身体に寄り添う。言いたかった台詞はペットが代弁してくれた。ナイスタイミングだと親指をサムズアップする。
「嬉しい申し出でござるが、それは出来ぬでござるよ」
「ファっ⁉︎」
俺は両腕を組んで、全てが計画通りだと頷いていた。だが彼女の返答はノーだ。有り得ないと驚愕に目を見開く。
「な、何でなの⁉︎ 俺達の家族になれば良いじゃん!」
「…………」
「あれかい? 待遇的なやつならバッチリだよ? こう見えて俺は王であり女神だぜ!」
「……いや、そうではなく」
「仲間達もみんな良い奴ばかりさ! 可愛い子もいっぱいいるんだぞ! 俺のハーレムは世界最高だ!」
「……それが嫌って言うか、拙者はその中に入りたく無いのでござる……」
「……えっ。う、うん。そう、か……そうだよね。こんな男なのに女神の身体してる奴の側なんかいたくないよね……」
「……」
無言が辛い。久方ぶり過ぎて忘れていた感覚だ。別にシナノちゃんに恋してるって訳じゃ無いけれども、ここまで人から拒絶されたのはピエロ以来では無いだろうか。
凄く哀しげな瞳をチラチラと向けられて、俺の
「あらぁ〜? 面白そうな匂いがすると思ってナビと代わってみれば、本当に愉快な場面に出くわしたかも〜!!」
ーービクッ!!
これも久しぶりの感覚だ。とても嬉々とした声色を発する
レベルが上がっても俺のグラスハートは鍛えられていないのだ。普段チヤホヤされてる分、少し脆くなってるくらいだからね。
「ねぇ〜? 最近調子こいてハーレム作っては毎日わちゃわちゃと楽しんでいた、身体女神の精神元おっさんなマスター? 久しぶりにガチで女の子から拒絶されて〜、フラれた気分ってどうなのかなぁ〜? 教えて〜? 偉大な妻の一人であるナナ様に教えて〜?」
「……お前を妻に迎えたのは間違いだったかもって思うっす」
「あらあら? 良いのよ〜? 『天使召喚』で呼べば良いじゃん! 今ならヤンデレナナのペロペロで全てを忘れられるかもよぉ?」
「何故お前はいつも怒るくせに、俺が弱っている時にのみ喜んで身体まで差し出すのだ……」
「苦悶に喘ぐマスターの姿を
(おうふっ! 一瞬の躊躇すら無く言い切りよった……この子本当に駄目な子ですやん。ナビナナとの人格融合計画を進めねば……)
この間ナナとのやり取りは脳内の高速思考で進められている為、実際には5秒程しか経っていない。
俺はどこか気まずそうなシナノちゃんを置いて、後はシルバに任せて部屋を去ろうとしたが不意に引き止められた。
「拙者はまだ未熟でござる。きっと強者揃いのレイア殿の家族になるには力が足りぬと反省させられた! 家族として迎え入れて貰えるだけの技量を身に付けた時、ーーその時は迎え入れてくれぬか⁉︎」
「えっ?」
「皆まで言うな! 必ず戻るでござるよ!」
「あのっ……」
「さらばでござる!!」
「あれ? そう言うことじゃ無いんだけどぉ⁉︎」
『アレは完全に暴走しているな』
手を伸ばして引き止めようとする俺の制止を無視して、シナノちゃんは薙刀を持って窓から飛び降りた。何だこれ。
「帰ろっか。ディーナとアリアは?」
『のんびりと温泉に浸かっているよ』
「まじかよ。そういや当初の目的すら忘れてたな。暫くこの国はレヴィアタンに封鎖させて様子をみよう」
『本当にそれで良いのか? 主人が本気を出せば全てを覆してこの国の捻れた
「俺はそんなに多くの命の責任を持てない。せめてこの小さな掌から零れない程度の人を守れれば良いのさ」
『欲が少ないな』
「英雄願望を持った人間と一緒にするなよ。元々女神にこの身体を貰った時点で贅沢な望みだ」
シルバの銀毛を撫でると、俺はその背に飛び乗った。そのまま顔を埋めてペットのいい匂いに包まれる。
こうして、シナノちゃんとヤマトの国の事件は幕を閉じた。
___________
「ただいまぁ〜!!」
「「「おかえり!!」」」
出迎えてくれた家族達と抱き合って軽く頬にキスすると、一人足りない事に気付いて問い掛ける。
「なぁ、ビナスはどうしたんだ?」
「それが……」
「あの……」
「何て言ったらいいか……」
アズラやコヒナタを含めて、皆がモジモジと言い辛そうにしている様子を見て俺は首を傾げた。雰囲気からして危ない事柄では無く、困惑しているのが分かったからだ。
ーーバタンッ!!
「あれ? 元気そうじゃんビナス」
勢い良く開かれたドアの先には、仁王立ちして満面の笑みを浮かべるメイド服のビナスがいた。何があったのかと近寄ると、勢い良く抱き締められる。
「旦那様! 私が一番だぁ〜〜!!」
「ーーふぇっ?」
「私が最初に旦那様の子供を産むんだああああああああああああああ〜〜っ!!」
「ーーファッ⁉︎」
「レイア様。ビナス様が御懐妊です」
そっと耳元で告げられたミナリスの言葉を聞いて、一瞬でボヤけた頭が弾けた。
「まじかよ⁉︎ じゃあ最近体調が悪かったのってもしかしてこれ⁉︎」
「エヘッ! 正直気付いてたんだけど、確証がもてるまで黙ってようかなって。ガッカリさせたくないしね。イザヨイに兄弟が出来るよ〜!」
「……撫でていい?」
「どうぞ?」
まだ大きくもなっていないビナスのお腹を撫でると、俺は膝から崩れ落ちて泣いた。封印の間にいる核の記憶を覗いた後、全てを終わらせた俺が何かを生み出すのは間違っているのではないかと心の何処かで思ってたから。
ーーそれなら、俺は何で生まれたのか。
ーー分身であるからといって、罪は消えない。
ーーそもそもどうして『紅姫レイア』はこの世界に送られたのか。
本当は不安で堪らなかった。みんなが寝静まり、一人夜空を飛びながら何度も何度も問答し続けていた。
「あぁ……本当に俺はこの世界に居ても良かったんだな」
無意識に呟いた一言の後、みんなが無言で俺に駆け寄り抱きしめてくれた。一緒に泣いてくれた。何でだろう。家族なんだって凄い感じられた。
(幸せだな……とても幸せだ)
その夜はでっかいベッドを俺のスキルで創造して家族全員で眠りに就く。俺の隣が誰かを揉めて些か喧嘩にはなったが、些細な事だ。
「みんなを俺が守るから、弱い俺を守ってくれな」
答えは無かった。ただ、包み込まれた温もりが増す。それだけで十分だ。
壊させない。誰が相手であろうと、この幸せは絶対に壊させない。
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