第267話 霧雨の国『ヤマト』

 

「シナノちゃん、場所を変えるぞ〜! みんなは飯でも食っててくれ」

「主様よ。妾達も話を聞きたいのじゃあ」

「大丈夫! 『念話』でみんなにも聞こえる様にしとけば問題無いだろ?」

「て、天才じゃな⁉︎」

 ディーナは着いて行きたいが特訓で腹が減っており、涎を垂らしながらでは説得力が皆無だった。他の家族も同様である。

 その姿を見て、レイアはシナノに見せたい場所があった為、飯を食いながら話が聞けるように配慮したのだ。


 後に続く金髪と黒髪のメイドを連れて、ドワーフのバルカムスにおねだりして造らせた『和室』へと向かう。

 襖を開けた先には炉を中心とした四畳の茶室があり、天窓から光が差し込んでいた。


 掛け軸や刀まで飾ってあるが、書かれていた文字は『覇阿連夢』の四文字。誰が筆者かは言うまでも無い。刀はコヒナタ作の名刀をこの為だけに打たせている。


「元の世界の武将の部屋とか茶室って、こんな感じじゃね?」

 全てはその一言から始まったのだ。女神の無茶振りに答えるべく精鋭が寝ずに頑張ったのがこの和室であり、出来栄えに満足した笑顔を見て皆が胸を撫で下ろした。


「おおおおおおおおおおおおお〜〜!!」

 シナノは目を輝かせながら和室に一礼した後、周囲を見渡しつつはしゃいでいる。だが、掛け軸の前に立った時のみ首を傾げた。


「おお……おっ?」

「おい、何故そこで感動が止まる?」

「……なんか違うでござる。この文字からは風情を感じぬ」

(畜生! 読めない癖に欲望を感じ取りやがったか)

 レイアの隣で腕を組んでいたビナスは、その一言を聞いて吹き出した。


「あははっ! だってそれこの世界の言葉でハーレムって書いてあるのよ? 凄いねシナノ!」

「……下衆め」

 口笛を吹きながら焦りを隠そうとする銀髪の美姫に向けられた視線は殺し屋のソレか、もしくは『氷の精霊とかいたらこんな感じだろうね』、そう思わせる程に冷ややかだった。


「おっほん! くだらない話はそれまでにして、本題を聞かせて貰おうか!」

「あっ、流す気だよ」

「ビナスちゃん? ちょっと良い子にしてようか……」

「あ、旦那様〜顎はダメェ〜! ヒャア〜!」

 レイアは無理矢理ビナスを倒して頭を膝枕すると、顎と耳を高速の指さばきで撫で回した。涎を垂らしながら惚けているチョロ嫁を大人しくさせて話は進む。


 この頃、別場所にいた嫁達の額に青筋が浮かんだのは言うべくもない。


(なんて緊張感のない光景か……話したくないでござるなぁ)

「何を考えてるか『心眼』でおよそ伝わっておりますが、お構いなくどうぞ」

 何故かとても柔和な笑みを浮かべている女神を前に、嫌々ながらシナノは自らの過去と、故郷の話を語り始めた。


「えっと……あれは拙者が十五歳になり、成人の儀を受けた日の翌日の出来事でござった」


 __________


 シナノの故郷である『ヤマト』は、ミリアーヌの東の国『シルミル』より更に東に位置する島国だ。他国との交易は行なっておらず、稀に転移魔石で訪れる特定の商人に自国の伝統品を売る事で、財政の一部としていた。


 元々農業が盛んであった事から自足自給の文化が成り立っており、島内にあるダンジョンから採れる鉱石や魔獣の皮、素材を独自の製法で衣服や武具とする事で飢饉に陥る事も無い。


 島自体が豊富な資源を有しており、それを確保、維持する文化を形成したからこその繁栄だった。

 そして、何より島の周囲の海流は日によって変化する大渦に囲まれており、他国の侵略も無い。逆にこちらから島外に出る事も困難な程だ。


「大渦には特殊な魔獣の生態が影響している!」

 巻き込まれる事なく運良く島に流れ着き、そのまま移り住んだ冒険者が皆に説いたが、ヤマトの民からすれば別段興味は湧かず、穏やかな平和は続いていく。


 ーーオーガの大群が現れるまでは。


 ヤマトの最北端にあるAランクダンジョン『鬼ヶ城』では、日々様々なオーガが死んでは生まれ続けていた。

 その中にはキング種や、クイーン種も生まれており、時には同じ種族内で殺し合う事もしばしば起きている。


 食料を求めて南下する個体もいたが、ヤマトの国とダンジョンが位置する中央には、かつて巫女が創り出した『霧雨の結界』が張られていたのだ。

 一度迷い込めば出る事も出来ずに彷徨う程の強力な結界の封印になす術なく、鬼達は何度も撤退を余儀無くされていた。


 そんな状態が何年も続いたある日、『鬼ヶ城』に一匹の鬼が誕生する。五本角に青い肉体。『変異種』である鬼の子を見た瞬間、全ての鬼達は跪きコウベを垂れた。


「力を蓄えろ。武器を作り、腕を磨き上げるのだ。全ては南の地を我等オーガの手中に収める為に!」

「「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」」」

 それから数年間、鬼達は『変異種』の成長を待ちながら命令通りに戦い方を研鑽し、自らの腕を高め続けた。


 バラバラだった個が次第に群を成し、勢いを増していく。そして、遂に時は来たのだ。

『霧雨の結界』は『変異種』の放った鬼火の蒼炎により散らされ、ヤマトへの進軍が開始される。


 鬼達は歓喜と興奮にから雄叫びをあげ、凄まじい速度で南下した。

 予想だにし得なかった事態に、ヤマトの国主であるマサミツは千人程の軍を率いて迎え撃つが、初日で大敗を喫して敗走する羽目となる。


 そして、一度の戦で戦力差を痛感させられた国主は、妻である『巫女』の命を捧げて『霧雨の結界』を出力を解放するという苦渋の決断をした。


 島国全てが霧雨に包まれ、鬼達は再び北の地へ弾き出される。

 だが、力の制御を解き放たれた結界は外界からも視認されず、何者をも寄せ付けない程に暴走を続けたのだ。


 こうして、ヤマトは今も実在するのか不明な事から、幻の国と呼ばれるようになった。


 __________


「それから拙者は、本来国主である父上が使う筈だった唯一の『転移魔石』と『魔槍オーディン』を託されて、獣人の国アミテアに逃がされたのでござる」

「…………」

「修行の旅を続けながらいつか故郷に帰る為の方法を探していた時、偶然にもシルバの話を聞いたのでござるよ」

「ふむ、だから四神の霊山に現れたのか」

「朱雀という炎の化身ならば、霧雨を晴らせるかも知れぬと……」

 レイアは胡座をかきながらシナノの話を脳内で整理していた。既にナビナナにヤマトの場所がわかるか聞いたが返答はノーだ。


 導き出される結論はたった一つだった。


「うん! 行かないに決定!」

「ーーファッ⁉︎」

「だって面倒くさい!」

 和服の魅力と鬼退治を天秤にかけた結果、女神はあっさりヤマト行きを放棄したのだ。

 シナノは顎が外れそうな程に愕然とし、暫く石の様に固まっていた。


 だが、そんなレイアの思惑は、白竜姫ディーナの一言によって覆る事となる。

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