第268話 冷静と欲望のあいだ。

 

 数分間、石の様に固まっていた金髪青眼のメイドは覚醒してすぐ怒声を張り上げた。


「何で今の話を聞いて、『行かない』などという選択肢になるのでござるか⁉︎」

「え〜? だって思った以上に面倒くさそうなんだもん〜」

 胡座をかいて、耳をほじりながら欠伸をする女神の態度は、シナノからすれば挑発してるとしか思えない。

 額に青筋を浮かべながらプルプルと震える姿は、背後に鬼神を宿していた。


「シナノちゃんさぁ、多分SSランク程度のレベルだよね? どこの国の王から承認されたの?」

「……獣人の国アミテアの、スクロース王からでござる」

「あのモフモフのおっさんか。じゃあアミテアに助勢を求めれば良いじゃん」

「いや、それも考えたのでござるが……拙者ランガイ殿をぶっ飛ばしてしまいまして……」

 アミテアの話題になった途端、シナノは蒼褪めつつ、何処かしら疚しい事を隠す子供の様な態度を取る。

 レイアとビナスはその様相を目を細めて見つめた。


 因みに、シナノの有するリミットスキル『破邪の瞳』は、レイアの『女神の眼』に勝るとも劣らないレアスキルだ。

 先程から『女神の微笑み』を向けても『魅了チャーム』の効果は発生せず、更には『心眼』で心情を読み取る事も出来ない。


 ーー正直、レイアからすれば面白くて堪らなかった。


(俺の事を女神とかじゃなくて、本当にただの人間として見てくれる存在って貴重だよなぁ? からかうのもおもしれ〜!)


「剣神に勝ったって事か? それならGSランク並みじゃん!」

「いや、あのお方は剣に関しては本当に尊敬すべき人物なのでござるが……女に関しては下衆以下の虫ケラ野郎というか、死ねば良いのにっていうか……」

 モジモジと指を絡めながら、シナノはチラリとレイアに視線を送る。


「おい、何故今俺を見た? まるで俺もGSランクの癖にみたいな視線を向けるな。アレと一緒にされるのは流石に失礼だぞ?」

「で、でも……むっつりスケベなのは変わらぬでござらんか!」

 突然恥ずかしそうに声を張り上げる金髪メイドの瞳は、再びクズを見下す様な嫌悪感を混じえていた。

 レイアが反論を述べようとするや否やのタイミングで、ビナスが手を挙げて場を制する。


「旦那様は確かにむっつりスケベだし、メイド服とかそれに因んだプレイが大好きな変態だけど、私達はそれで良いの。確かに獣人の剣士が私達を見る目は、通じるものがあったと認めるかな」

「やはり! 背筋に悪寒が奔るあの感覚はそっくりでござった!」

「でも、発言には注意しようね? シナノに負ける可能性があるのなんて、『紅姫』の中ではアズラとチビリー位だから。暴言が続くと良い加減お仕置きするよ?」


 ーー『『おおおおおおおおおおいいいいいいっ!! さり気無くディスってんじゃねぇ(っす)!!』』


『念話』で会話を聞いていたアズラとチビリーのツッコミが瞬時にユニゾンした。ビナスは何も聞こえなかった様に殺気を宿した黒眼で、シナノを睨みつける。

 だが、身体から発せられた強大な魔力の渦は乱れており、数秒足らずで消失したのだ。


「ビナス、体調悪いんだから無理するな」

「……ごめん旦那様。ちょっと休むね」

「あぁ、寝てな」

 フラフラとレイアの膝枕に頭を預け、ビナスは眠りに就く。黒髪を柔らかく撫でながら話を再開した。


「まぁ、大体の事情は分かった。レグルスの王として情報集めには協力はするが、鬼退治だけならまだしも、場所さえ分からない国探しまでクランとして請け負う事は断る」

 先程までとは違って真顔で断りを入れられれば、シナノも押し黙る他ない。沈痛な面持ちで項垂れた。


「ご助勢頂けるだけで、感謝するでござる……」

 両拳を地面に落とし、深々と頭を垂れる姿を見て女神は逡巡するが、ナビナナが導き出した答えが『ノー』である以上、どうしようもないとビナスをお姫様抱っこしてその場を去ろうと決めた。


『主様よ〜? 協力してやっても良いのではないかぇ?』

『しょうがないんだよ。場所がわからない以上、探すのに何年かかるか……』

『ん? ヤマトじゃろ? 妾と父上の大好きな温泉スポットに何か問題があるのかぇ?』

 ディーナから『念話』で伝えられた衝撃の事実に、『紅姫』メンバーは全員が目を丸くした。コヒナタは以前温泉に行こうと誘われ、強制的に連れて行かれた事を思い出して、一人工房でポンっと手を叩く。


『レイア様。確かに霧だらけですが、風情ある素敵な温泉に以前二人で行きましたね。ディーナ様はお馬鹿ですが鼻が良いので間違いないかと』

『……ねぇ、それもっと早く言おうよ。今更、やっぱり場所知ってたんで協力してあげるよ〜! みたいなノリで言ったら絶対にシナノちゃんキレるよ?』

『主様よ。妾達と温泉に行くのと、キレられるのどっちが優先されるのじゃ?』

『うん……温泉だね! 逝ってきます!!』

 脳内での会話がひと段落した後、レイアはビナスを畳に下ろすと、自らの頬を軽く二、三度叩いて暗示を掛ける。


(仮面を被るんだ。俺は女優、アカデミー賞とかとってる女優になりきれ。見た事ないけど想像と妄想を爆発させろ。最大の微笑みと女神の魅了で、怒らせずに意見を覆せ!)

 女神は深く息を吐き出すと、クルッと背後を向いて、哀しみに暮れて涙を滴らせるシナノに微笑みを向けた。


「……さっきはごめんね? 実はシナノちゃんを試したんだよ。俺達の心を動かす程の君の深い悲しみ……充分に伝わった! 任せて! 俺達『紅姫』が全力で君にきょうりょーー」

「ーーわざと泣かせるなんて、悪趣味でござるよ!!」


 ーードゴォッ!!


 ビンタ程度は覚悟していたが、力強く握りしめた拳を左頬へ向けて全力で振り抜かれた。パーでは無く、グーだ。

 空中で三回転程した後、畳に沈んだ女神は予想以上のダメージから親指をサムズアップする。


「こ、腰の入った良いパンチだったぜ……あんた、世界狙えるよ……ぐふっ」

「ばかあああああああああああああああああああああああああああ〜〜!!」

 こうして、嬉しさと悲しみが混じり合い子供の様に号泣するシナノを横目に、『紅姫』の家族旅行は決定した。

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