第266話 策士、策に溺れてもめげない。
女神との戦闘から暫くした後、シナノが目を覚ましたのは王都シュバンの王城内の一室だった。隣にはメイド服のビナスが控えており、思わず目が合う。
「あら、起きたのね。気分はどう?」
「……ここは、一体どこでござるか?」
「旦那様の城よ。シルバが住んでる所って言った方が分かり易いかしら」
シナノはベッドから身を起こすと、辺りを見渡した。豪華な調度品の数々と、羽毛布団の温もりに内心感動しているが表情には出さない。
「拙者は負けたのでござるな……あれ程の手練れがシルバの主人と知っては、最早打つ手も無いか」
ビナスは項垂れる女性の肩を叩くと、疑問を投げ掛ける。
「貴女気絶しながら随分うなされていたけど、何か事情があってこの国に来たんじゃないの?」
「……その話をする前に、拙者と戦った女性に会わせて頂きたい」
「旦那様は今、みんなの特訓に付き合って出掛けてるわ。私は最近体調が良くなくて留守番なの」
「先程からお主は旦那様と言っているが、拙者が戦ったのは女性でござるぞ?」
不思議そうに首を傾げるシナノへ、ビナスはそれも致し方ないかと『紅姫』の事情をざっと説明した。
女武士は最初は話半分で聞いていたものの、徐々に目を見開き感嘆の声を上げる。
__________
「はぁ〜。世の中には拙者の知らぬ事がまだまだあるのでござるな。てっきりあの美しさを讃えて、『女神』と呼んでいるとばかり……」
「気持ちはわかるかも。旦那様の美しさはレグルスの至宝だからね」
ーーグウゥゥゥゥゥゥッ〜〜!!
会話を遮る様にシナノの腹が鳴り、無言のままに真っ赤になるさまを見てビナスは微笑みを浮かべた。
「お腹が減ったなら素直に言えば良いのに。ほら、食事にしましょう? 食べてる間に家族も帰って来ると思うよ」
「うぅ……かたじけない」
「貴女の鎧と
ビナスから差し出された服を広げると、シナノは思わず眉を顰める。まるでお揃いと言わんばかりにフリルのついたメイド服だったからだ。
「あの〜! 出来たら拙者もう少しシンプルな服を貸して欲しいのでござるが……」
「旦那様が起きたらコレを着させてって言ってたからなぁ。出発前にいそいそと他の服を隠してたし」
「それは一体何の嫌がらせでござるか……?」
「とにかく着てみて?」
口元を痙攣らせる女武士を急かす様に、ビナスはメイド服を押し付ける。その際に巻いていたサラシがない事に気付き、シナノは愕然とした。
「拙者のサラシは⁉︎」
「えっと……旦那様がこんなもんいらん! って剥ぎ取ってたよ?」
「おのれ〜! どこまで拙者を愚弄するのだあの女神は〜!」
ブルブルと怒りに震える金髪の美女に対して、
「あのね、旦那様は確かに恐い位に美しいでしょ?」
「う、うぬ。それは認めるのでござるよ」
「でもね、それと比例してエロいのよ! そしてメイド服が大好物なの!」
「ーー何とっ⁉︎」
手を翳して女神のエロさを宣告するビナスは、何処か誇らしげに映った。シナノは場を離脱するべきか一瞬躊躇したが、食欲が勝った為その場は堪える。
「この国の王は変態でござったか……」
「変態じゃないよ、女神だよ? それにどちらかと言うとムッツリだってナナが言ってたかな」
(平然とメイド服を着てるこの女子も、既に毒されているに違いない……信じるに値しないでござるな)
ーーグウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
再び腹の虫が鳴ると、背に腹は変えられないとシナノは人生初のメイド服に袖を通した。
ビナスとは違い胸元は開いておらず、ワンピースとロングスカートタイプのにしてある為、露出は少なく、どちらかと言うと金髪青眼の美女の清廉さを醸し出している。
(旦那様は言うこと聞かなければ『シナノちゃん人形』って言えって言ってたけど、これなら大丈夫そうかな?)
その後、恥ずかしがって両手両足を同時に動かす女武士の手を引いて、ビナスは食堂へと向かった。
__________
「ただいま〜!」
俺は待ちきれずに『神体転移』を発動させ、みんなと訓練をしていた平原から一人で先に城へと戻る。
シルバが傍に居ると、計画の邪魔をされ兼ねないからだ。
ナナには『久遠』と『聖絶界』のスキルを使って極上のワインを送っておいた。今頃主人格が酔いどれている頃だろう。
(ムフフッ! 和風スレンダー美女に着せるメイド服……ギャップ萌えを邪魔されてたまるか!)
忠実なる
ーーさぁ、俺にその出来栄えを見せるが良い!!
「美味いでござる! まさか故郷の味をミリアーヌで味わえるとは思わなんだ! やっぱり寿司は最高でござるな」
「私はちょっと生の魚介が苦手なの。遠慮しなくて良いから沢山食べなね!」
「…………」
食堂で次々と寿司を口に放り込む女武士の姿。それはいい。
更に故郷の味という時点で分かった事があるのは、確実に俺のいた世界、ーー『日本』と通じる文化が根付いた国がこの異世界にもあると言う事だろう。それもいい。
「ギャップどころか、寧ろ似合い過ぎてますやん……」
この瞬間、俺は自らの馬鹿さ加減に気付くと膝から崩れ落ちた。
金髪青眼の西洋美女が、薙刀と鎧を装備してるからこそ『和』の美しさとのギャップを感じるのであって、そこにメイド服着せたら似合うだけだ。
(無念……しかし、これはこれで後で記念に撮影しておこう)
ビナスがそっと俺の近くに寄り添うと、肩を軽く叩いて頷いた。さすがは俺の嫁だ。エロい思考と狙いがバッチリ読まれている。
「こんな日もあるよ。元気出してね、旦那様?」
「うん、ありがとうビナス。今度から和服作りも勉強してリベンジするからね」
「……お主は帰って来て早々に一体何の話をしてるでござるか? 和服なら拙者の国に『行ければ』職人が沢山いるでござるよ!」
「じゃあ行く! どこか知らないけど何としても行く!!」
リスの様に口を膨らましたシナノちゃんから聞かされた言葉に、俺は瞬時に手を挙げて返答した。
(『紅姫』のみんなが帰って来たら旅行の準備だな!)
この時、俺はまだ知らなかったんだ。何故彼女は故郷に帰ればじゃなく、『行ければ』という言い方をしたのかを。
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