第265話 ちっぱいは正義。
三メートルを超える巨躯に荒々しい筋肉を隆起させ、強さを象徴する角を有している。
魔獣の中でも知能が人並みに高く、武器を自ら生産して研ぎ上げる術を身につけていた。
一本角でCランク。
二本角でBランク。
三本角でAランク。
それならば、五本角を生やしたあの鬼は一体何だったのだろう。
拙者が十五歳の成人を迎えた日。故郷である『ヤマト』は突然鬼の大群に襲われて、一日と持たずに敗北した。
無力な自分を認めたくなくて、父から承った『魔槍オーディン』を抱きしめて必死に山中を逃げ続けた。
今でも思う。あの時拙者に力があれば、父も、母も、兄も守れたのではないのだろうか。
捕虜にされた国民はどうしているのだろう。
確かめるのが怖くて、武者修行という名目でミリアーヌを回り続けている拙者は、今も逃げ続けているだけでは無いのだろうか。
ーーそんなある日、ギルドでSランク魔獣『フェンリル』の噂を聞いた。
(シルバだ! ひい婆様から聞いていたかつての盟友に違いない! もし、忘れないでいてくれたなら、きっと拙者を助けてくれる筈!)
拙者は見えない何かに縋る様に、女神の国レグルスへと渡った。
こんな臆病な心を奮い立たせてくれる出会いを求めて。
__________
『王都シュバン冒険者ギルド』
「さすがは王都のギルドでござるなぁ〜! 大きい!」
隣の酒場と隣接しているのか、石造りの建物は外から見ても大きく目立っていた。白を基調としているが、汚れ一つ目立たないのは管理がしっかりしているからだろう。
拙者の国は木造が主流の為、風情は感じないが致し方ないと最近では慣れてきた。
扉を開いて内部へ入ると、クエスト帰りなのか十数名の冒険者達が酒場で酒を酌み交わしている。
情報を集める為に拙者も混ぜて貰いたいが、ギルマスに会うのが先決だ。受付嬢に聞くのが手取り早い。
「突然すまぬが、シルバというフェンリルを知らぬでござるか? 拙者、情報を求めてこの大陸に渡って来たのでござる」
「こんにちは! 私は受付嬢のメリーダと言います。先に冒険者プレートを提示して頂いても宜しいでしょうか?」
うっかりしていた。身元の分からぬ者に情報を流す訳がない。胸元から冒険者プレートを取り出して提示すると一瞬だけ受付嬢は目を見開いたが、冷静に微笑みを返してくれた。
(やはり王都のギルドだけあって、受付嬢も一流でござるな。拙者のランクを見ても声一つあげぬか)
Sランクプレートを見ると、田舎のギルドでは受付嬢が騒ぎ出して騒動になる事が多い。
冒険者の中には、自らを誇張する様に見せびらかす阿保もいると聞くが、『百害あって一利なし』という事を知らぬのだろう。
そんなもの程早死にするのを旅の途中で何人も見てきた。魔獣を討伐するのと、人の闇を相手にするのは根本的に違う。
レベルが高くて身体能力に秀でている者でも、凄まじいリミットスキルを有している者でも、封印されてはただの人に成り果てるからだ。
「ギルマスのマーリックの要件が終わり次第、お呼びいたしますので少々お待ち下さい」
「うむ。あちらの酒場で待っているでござる」
実は内心うずうずしていた。拙者は大の酒好きで、あの者達の輪に入りたくてしかた無かったからだ。
「うっしゃあ! 今日は飲むぞ〜! ダンジョンクリアの成功報酬を使い果たす〜!!」
「ヒュ〜ッ! さすがは『メイガス』のリーダーだぜぇ〜! 最近調子良いもんな!」
「おうよ、これも全て女神レイア様のご加護のお陰さぁ〜!!」
「「「「「我らが女神に乾杯!!!!」」」」」
「かんぱーいでござる!!」
ーー「ん?」
勢いに任せて混じってみたけど、皆の視線が一斉に拙者へと集中した。馴れ馴れし過ぎたかな。
「なんだ〜! えらい別嬪なねぇちゃんがいるぞ〜?」
「あぁ、ディーナ様みてぇな服来てるな。 もしかしてファンか?」
「あははっ! 馬鹿野郎! 胸元を見て言えよ〜! 天と地程の差があるぜ〜?」
「言ってやるなよ、ディーナ様の胸には男達の夢が詰まってるんだ。きっと彼女はこれから夢を集めに行く所なのさ」
「おいおい、貧乳でも俺は愛せるぞ? 女神様の教えの中に確か『ちっぱいは正義』って書いてあったからな」
「ガハハッ! 何でも良いから一緒に飲もうぜ貧乳っ子〜!」
うん。こいつらを殺しても拙者に神罰は与えられない筈。だが、耐えろ。まだ堪えろ。酒の席での話で熱くなってはいけない。
「拙者はちょっと成長が遅いだけで、まだまだこれから成長するでござるよ?」
「いやいや無理だろ〜! 歳を考えようぜ? イザヨイ様やコヒナタ様ならまだしも、お姉ちゃん立派に成人じゃねぇか!」
「遺伝って悲しいよな……きっと母ちゃんも貧乳だったんだろ?」
拙者の母上はボインボインの巨乳だった。遺伝なんて絶対認められない。そして、こいつらは何故そこまで胸の話題を続けるのだ。自然と額に青筋が浮かぶ。
「いやいや、拙者の母上は巨乳でござったよ? まだ諦めるのは早かろう?」
「「「「「…………」」」」」
その瞬間、男たちの視線が何故か胸元に集中し、遠い憧憬を思い受かべるかの如く憐れみを帯びたのが分かった。
「すまねぇ。みんな、もうこの話題は止めようや。いたたまれないだろ?」
「そうだな……酒が不味くなっちまうぜ」
「『人』と『夢』と書いて『儚い』と読むって、レイア様がこの前の演説で言ってたな。こういう事だったのか……」
ーーブチンッ!!
拙者は声を大にして言いたい。悪いのはこいつらだ、と。
そして、女神レイアとディーナと呼ばれる女には絶対会いたくない。視界に映るのすら不愉快だ。
まさか、心待ちにしていたシルバとの再会について来るなんて、この時は思いもしなかった。
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