第264話 それは魔槍じゃないよ?
「女神様のペットに手を出そうとはいい度胸だな、ござる娘〜?」
「拙者とシルバは、過去からの絆で結ばれているのでござる! 邪魔するならば斬る!」
パキポキと拳の骨を鳴らしながら額に青筋を浮かべたレイアに対して、シナノは背中に括り付けられた魔槍を覆った布を剥ぎ取った。
八相の構えをとり、外に放っていた闘気を己の内側へ溜め込み始める姿を見て、女神は微笑みを浮かべる。
(成る程……アズラと同等か、それ以上の実力は秘めてるな。しかも何かを隠してる)
レイアは『女神の眼』を発動させると、シナノのステータスを覗き見た。
__________
【名前】
シナノ
【年齢】
23歳
【職業】
武士
【レベル】
97
【ステータス】
平均値12780
【リミットスキル】
破邪の瞳
__________
(こいつ……何だってこんなに異世界っぽくないんだ? まるで俺の世界の女武士じゃん。金髪だけど)
レイアはステータスを覗き見てますます混乱した。外見や言葉遣いにも違和感を覚えると同時に、今までツッコミたくても我慢していた想いが溢れる。
「なぁ、お前のその魔槍ってさ……そもそも槍じゃなくね?」
指差して呆れた視線を向けると、シナノは目を見開き激しく激昂した。
「先祖代々伝わる拙者の魔槍を侮辱する気か⁉︎」
「いや、侮辱って言うかーー」
「ーー問答無用!」
女神の言葉を遮り、女武士は胴体目掛けて直突を繰り出すが、『エアショット』に軌道を逸らされ一閃は空を切る。
レイアが双剣を抜くまでもないと再び空気弾を放った直後、シナノを纏う雰囲気が一変した。
「今の一撃を交わす程の強者……目が曇っていたのは拙者の方でござったか」
(何だこいつ? 闘気の絶対量が跳ね上がったぞ?)
『限界突破』を習得していない事は分かっていた為、レイアは何故だと疑問を抱く。
青い瞳に宿った破邪の六芒星が煌々と輝き、天を仰ぎ見た後に口元を吊り上げると、シナノは嬉々として笑った。
先程まで抱いていた怒りよりも、強者と出会えた喜びが勝ったのだ。その様子を見て、レイアも考えを改める。
「……来な。少しだけ本気出してやるよ」
「いざ、参る!」
『ワールドポケット』から『朱雀の神剣』と『深淵の魔剣』を取り出し鞘から抜き去ると、二人は向かい合い並走した。
「ーーシッ!!」
女神は繰り出された斜め振りを双剣の斬り上げで弾くと、身体を半回転させ、女武士の脇腹目掛けて蹴りを放つ。
「ーーハァッ!!」
柄で蹴り足を逸らしつつ、シナノは直突で太腿を狙うが、白く燃え盛る神剣に打ち落とされた。
久方ぶりに感じる緊張感と、湧き上がる高揚から口元が弛む。
「これを防げるか? 『朱雀炎刃・閻魔』!」
白炎を纏った朱雀が高速で迫ると、シナノは瞬時に避けるのは不可能だと判断し、柄を大地に突き刺して堪える。
「〜〜〜〜ぐうぅっ!!」
(へぇ〜、状況判断も申し分無いな。流石に良く鍛えられてる)
宙を舞う朱雀は転回して、再び上空から襲い掛かった。だが、これで決着だろうと考えたレイアの予測は覆される。
「だああああああああああああああああああ! 小賢しい!」
身体を捻るように回転させながら振り下ろされた刃が朱雀を散らすと、シナノは不思議な足捌きから『魔槍オーディン』を振り回し始める。
「今度はこちらの番でござる! 奥義『百花繚乱』!」
(おいおい……どっかで聞いた事あるぞ、その奥義……)
上下、横、斜め、振り返しを高速で繰り返し、自らの身体の捻転と共に繰り出される嵐の様な斬撃が、女神を襲った。
『女神の心臓』で時を止めて決着をつけるか一考したが、正々堂々向かってくる女武者に敬意を評す。
「受けて立ってやる! 気絶させる前に言っておくけどな、その武器槍じゃなくて絶対
「ふぇっ?」
「『限界突破』発動! 死ぬなよ、『風神閃華・散』!」
ーーギギギギギギギギギギギギギギギィン!!
暴風の如き金属音を鳴らしながら、互いに一歩も退かずに連続斬りを交わす。
シルバは離れた場所から戦いを観戦していたが、思っていた以上のシナノの奮闘に胸が踊った。
「ハハッ! アハハッ!」
レイアは戦闘の恍惚に酔いしれ、頬を染めた女武士を見て素直に『和』の美しさを感じている。
(うん。絶対ミナリスに頼んでシナノちゃん人形作らせよ)
「どうしたのでござるか! 勝負はまだまだついておらぬ!」
「お前はまだまだ強くなれるよ。精進しな!」
終わりだと言わんばかりに双剣を鞘へしまうと、女神は微笑みを浮かべながら、乱舞する薙刀の嵐の中へ右手を差し出した。
シナノは行動の意味が理解出来ずに驚愕するが、振り下ろした刃を止められずに焦る。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」
「『聖絶界』、『豪腕』、『天道』発動! 眠りな!」
ーーキィンッ!!
右腕を両断したイメージが脳裏に過ぎったと同時に、『魔槍オーディン』は女武士の手を離れて宙へ舞い上がった。
レイアは視線が一瞬泳いだ隙をついて懐へ潜り込むと、左拳を脇腹へ抉りこませる。
「ガハァッ⁉︎」
余りにも強大な衝撃から、シナノは巨人に殴られた感覚を覚えた。それ程にたった一撃で受けたダメージ量が大きい。
遠退く意識、倒れ込みそうになる身体を女神が受け止める。
「勝負は俺の勝ちだな。約束は守って貰うけど、結構本気で打ち込んじゃったから回復は任せろ」
「ハハッ、拙者の完敗でござるなぁ……流石にダメージを与えた張本人に、回復までしてもらった経験は無いでござるよ」
「良いから寝てろ。起きたら色々と聞きたい事があるんだ」
「…………」
レイアは既に意識を失ったシナノを両腕で包み込むと、『女神の腕』を発動して完全治癒を施した。
同時にシルバが駆け寄り、乗れと言わんばかりに伏せをする。
『私の友が迷惑を掛けたな。手加減をしてくれてありがとう主よ』
「いや、こんな事ならナナを寝かせたままにするんじゃ無かったよ。正直、達人相手に加減すんのは難しかった」
イザヨイがママに会いたいと駄々を捏ねた事でナナを召喚して一緒に寝かせていた為、レイアは想像以上に苦戦する羽目となっていたのだ。
和らげな寝息をたてながら銀毛に頬を摺り寄せるシナノを見て、軽く溜息を吐いた。
「シルバ、お前の主人は俺だからな。渡すくらいならこいつを『紅姫』の一員にした方がマシだ」
『……起きたら私が話す。決めるのは彼女だ』
「さて、早く帰ってミナリスに『お願い』しなきゃな」
『先程の賭けは本気なのか……私としてはやめてやって欲しいんだが』
心配そうに悲しげな瞳を映すシルバを見て、レイアは『敗者は全てを奪われ、勝者はそれを好きに出来る権限を持つ』理論をこの場で言ってはならないと言葉を呑み込んだ。
「……起きたら俺が話そう。決めるのは彼女だ」
『そうだな、帰ろうか』
(ぐああああああああああああああ〜〜! やっぱりシルバにツッコミは無理だ! アズラ、アズラああああああああ〜〜!)
内心では、地面をゴロゴロと転げまわりながら悶え苦しんでいたが、ペットの前で無様な姿は見せられないと真顔を保つ。
もう一つ女神には企んでいる事があった。眼前の女性は確実に『和』を知ってる。
そして、そこには元の世界に近い文化が根付いていると感じたのだ。
シナノが起きてから聞く話は、想像以上に胸を踊らせる確信があった。
「さて、楽しみが増えたなぁ〜〜! クラド君を拉致しなきゃねーー」
「ーーブルッ!! や、やっぱり嫌な予感がする……」
食堂で調理をしていた少年は手を止め、一人悪寒を奔らせながら逃走の準備を開始していたのだった。
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