第263話 シルバとシナノ。

 

 美味い肉を探し求めて丁度良いダンジョンをマーリックに聞こうと、冒険者ギルドへ向かっていたレイアとシルバは街の様子がどこか騒がしい事に疑問を抱いた。


「朝っぱらから何か事件でも起こったのかな? シルバの耳なら分かる?」

『どうやら冒険者ギルドに殴り込みを掛けた人物がいるらしい。今も戦闘が起こっているみたいだ』

「ふむ。朝っぱらから元気な奴もいたもんだ。巻き込まれたくないし、行くの止めようかな」

 女神は気怠そうにサラサラの銀毛に顔を埋めながら欠伸をする。シルバは屋根の上で足を止めると、冒険者ギルドの方向へ耳を傾けた。


「シルバと名乗るフェンリルがこの国にいる事は分かっている! 拙者は情報が欲しいだけでござるよ! 各々武器を下ろすがいい!」

『……主よ、どうやら事の発端は私らしいぞ。面倒くさければそのまま背で寝ててくれ』

「あいよ、お言葉に甘えさせて貰うわ。厄介な相手だったら起こしてくれれば良い」

『了解した』

 再びスキル『神速』を発動させて、冒険者ギルドへ向かったシルバの視界に飛び込んだのは無残にも鎧を砕かれ、武器を折られ、地面に倒れる冒険者達の姿だった。

 犯人はギルドの建物内にいると歩みを進めると、メリーダがシクシクと涙を流している。


『大丈夫か? 一体何があったのか説明して欲しい』

「し、シルバさん! 今朝方槍使いの女性がギルドを訪れたんですけど、Cランクパーティー『メイガス』のメンバーと喧嘩になって暴れだしたんです! 私から見れば、彼女はずっと攻撃を避けながら耐えていたんですけど……他の冒険者達まで加勢に加わっちゃってこんな事態に……」

『マーリックはどうした?』

「この場じゃ話にならんって、その女性が何処かへ連れ去ってしまいました……お願いします! ギルマスを何とか救って下さい!」

 震えながら懇願するメリーダを見兼ねて、シルバは頷いた。話を聞くに敵が邪なる者ではない事は分かる。それに、場に充満していた匂いで逃走先の特定は容易だった。


『その女性の特徴を教えてくれないか?』

「はいっ! 金髪の長髪を結い上げており、身長は大体百六十センチ前後、スタイルは細めで貧乳です。目はぱっちりとした二重でした! 瞳の色は青です! 不思議な衣服を着ていました!」

『流石は受付嬢だな。しっかりと特徴がイメージ出来た。行ってくる』

「はい、彼女の武器は不思議な形をした槍です! どうかお気を付けて!」

 シルバはギルドを後にすると、鼻をひくつかせて匂いの後筋を辿って逃走者の追跡を開始した。次第に近付く相手の痕跡を突き止めると、建物の屋根へと登り視線を落とす。


(見つけた。どうやらマーリックも無事らしいな)

 路地裏の細道で尋問を受けているマーリックの会話を盗み聞きすると、シルバは驚きから目を見開いた。


「だからシルバというフェンリルの在り処を、教えて欲しいだけなのでござるよ!」

「こんな野蛮な振る舞いをする貴女へ教える情報など、何も無い!」

「この分からずや〜! 元々狼藉を働いたのは拙者では無いと何度も申し上げているだろう!」

「忠告しますけどね。我らが女神の使い魔に手を出そうなどという、不遜な行為は断じて見過ごせない!」

 マーリックはかつての己の過ちを悔いていた。女神を利用しようなどと企んだ浅はかさを看破され、受けた衝撃は、長き人生においての価値観を高める結果になったのだ。


「良い瞳でござるな。この街の人間は皆どこかしらそんな希望を瞳に宿している。余程、王が素晴らしき傑物なのであろう」

「それが分かってるなら、そろそろこの手を離してくれませんかねぇ?」

 襟元を掴まれ壁に打ち付けられたマーリックが恐る恐る進言すると、女性は肩を落として項垂れた。


「シルバに会いたいだけなのに……中々上手くはいかぬものでござるなぁ……」

「……理由をお聞きしても?」

 マーリックはギルマスとして見立てでは、軽くSランクオーバーの女性に興味を持った。

 最初に話を聞いた時に思い浮かべたのは素材を狙っての討伐であったが、話を繋ぎ合わせるとそうでも無いらしいと疑念を抱く。


「古い過去からの約束でござる。拙者の家系は代々槍使いを輩出する武家でな。お祖母様にいつも聞かされていたのだよ。シルバという『友』がいた、と」

「ーーーーッ⁉︎」

 空を見上げながら清々しい笑顔を浮かべて語る女性の顔を見た瞬間、シルバは自ら大地へと降り立ち姿を露わにする。

 女性冒険者は一瞬怯んだ後、再度和らげな笑みを浮かべて銀狼フェンリルを見つめた。


『お前の名前を教えて欲しい……』

「拙者はシナノ。時を重ね、かつて交わした盟約を守りに来た。ひいばあ様の面影はござるか?」

 シルバの両目から涙が溢れる。眼前の女性に痩せ細った様子もない。

 快活な姿から盟約は守られ、かつて名を授けてくれた少女は、子を産むまでしっかりと生きたのだという証がこの場にあったのだ。


『そうか……あの老人は約束を守ってくれたのか』

「一目見てわかったでござるよ。幼き頃にひいばあ様が聞かせてくれた通り、美しい銀毛でござるなぁ」

『会えて良かった。これで夢を見続ける事も無くなるだろう』

「うぬ! これから拙者と一緒に世界を回ろう友よ!」


 ーーピクッ!


『そうしたいのはやまやまだが、私にも大切な主がいてな。今の生活は心地良く幸せなんだ』

「何を言うのだ! 元々シルバと名付けたのはひいばあ様なのであろう? 拙者の一族こそが、お主と共にあるのに一番相応しい!」


 ーーピクピクッ!


『あ、あのな……それ以上は止めるのだシナノ。世界には怒らせてはいけない人物もいるんだ』

「馬鹿を言うなシルバ! 拙者の魔槍オーディンと、代々受け継がれた槍の技をもってすれば叶わぬ者などおらぬ! 拙者は皆伝してから負けなしだ!」


 ーーピキッ!


 シルバは背後で眠る女神の機嫌が、急激に悪くなっている事を感じていた。まるで巨石を背負っているかのような圧力が増し続けている。

 それはマーリックも同様で、大人しく会話を聞いていただけなのに満ちる殺気で呼吸困難に陥る始末。


 能天気に浮かれていたシナノは、これこそがシルバの持つ、Sランク魔獣の威圧かと逆に瞳を輝かせていた。


「さぁ、拙者について来るでござるよ! シルバ!」

『……うん。生きていられたら考える、友よ』

「ーー??」

 ゆらりと背中で立ち上がった女神を見上げながら、シルバは観念して地に伏した。願うことはただ一つ。盟友の生存だ。


「ゴラァ……誰が誰のペットだって? 大人しく話を聞いてりゃあ、つけあがりやがって小娘が……殺すぞ?」

「はぁ? 随分綺麗な御仁ですが、女子供は引っ込んでるでござるよ。ビンタの一発でも食らわせばシクシク泣いて黙る雑魚め」

「おぉ……こんな口聞かれたのいつ以来かな。決めた! シナノとか言ったか? 俺に負けたら全裸でシナノちゃん人形販売させちゃる!」


 ーーかかって来いや、ゴラァ!

 ーー下品な女子でござるな! 手足の一本は覚悟しろ!


((どうしてこうなったんだろう……))

 闘気と神気を絡ませながら放たれたプレッシャーを浴びて、シルバは溜息を吐き、マーリックは泡を吹いている。


 こうして、レイアとシナノのシルバ争奪戦が始まった。

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