第261話 漢には負けられない戦いがあるとかないとか。
「一体何故……こんな事に……」
俺の名はガジー。マッスルインパクトのナンバー2だ(自称)。突然だが俺は今、背筋が凍りつく程の緊張感で漏らしそうになっている。
右手に握られた愛斧は既に刃が欠けているし、この日の為に金貨七十枚も払って買ったミスリルのフルプレートアーマーは、ベコベコにへこまされた。
全てはこちらを見つめながら微笑む女神、ーーもとい鬼軍曹によるものだ。
本当にこの人は『手加減』と言う言葉を知っているのだろうか。いや、きっと強さの次元が違い過ぎて麻痺しているに違いない。
「おぉーい! 何を呆けてんだ? もう終わりか〜?」
「まだまだこれからっすよ、軍曹!」
ーーそう、全ては愛ゆえに。
「『アイスランス』! 『フレイムウォール』!」
「ちょ、ちょっと連続で魔術は、ーーぎゃあああああああああああああああ」
「ほらほら、こんなもん十歳の頃の俺でも耐えられるぞ〜!」
『そんなのあんただけだ!』と声を大にして叫びたい。だが、そんな事をしたら即座に魔術の等級を上げられてしまう。
俺は何も考えていない様に見えて、意外に強かなのだ。
軍曹との付き合いも長い。マッスルインパクトの古株である優位性を最大限に活かしているのだがーー
「ガジーってさ、『心眼』使わなくても思った事全部顔に書いてあるって、そろそろ自覚した方が良いぞ?」
ーー無意味だった。
「どうしても俺の幸せの邪魔をするっていうんなら……軍曹でも許さねぇっすよ!」
「ほう? 許さなくてどうするんだ? ベラベラ喋ってる暇があったら、とっととかかって来いよ!」
「ぐぬぬ……」
さっきから何度も飛び掛かろうと隙を伺っているのだが、まず隙が無い。そして美しい。
どこをどう攻めても、自分の顔面に拳がのめり込む
ーーやはり、『
「もう一度言います! ソフィアとの結婚の為に、どうか負けて下さい! お願いします!」
コツは頭からスライディングしながら倒れる寸前で膝を曲げる事だ。酒屋の女将にツケが払えず、磨かれ続けた俺の土下座なら、きっと軍曹でも心を揺り動かされる筈ーー
「だが断る! ソフィアの巨乳は渡さん!」
ーー無かった。
「あんたもう五人も可愛い嫁さんがいるだろうが! あの巨乳は俺のモノだ!」
「馬鹿が。世界の巨乳は女神である俺のモノに決まってるだろうが!」
「ぐぬぬぬぬぬぬ……ちくしょう!」
そんな訳がないのに、何故かそんな気がしてくるから不思議だ。元々口喧嘩で勝てる筈も無いと分かった所で打つ手は無い。もちろん肉弾戦では瞬殺される。
ーーやはり、『
正直、この手だけは使いたく無かった。俺は袋の中から木箱を取り出し、中でうねうねと蠢く存在を掴むと、軍曹に向けて掲げる。
「どうだぁ! ディーナさんに高い肉を貢ぎ続けて漸く聞き出せた軍曹の弱点! つまりは『虫』! 特に芋むっーー」
「ーーうおおおおおおおおおおっ! 燃やし尽くせ『メルフレイムストーム』!」
「ファッ⁉︎」
キレた軍曹の目が血走っていらっしゃる。一瞬で背後に飛び退いたのと同時に、最上級魔術の炎の渦が空より降り注いだ。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねええええええええええええっ!!!!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああ〜〜!!」
灼熱の炎に呑み込まれ、皮膚どころか肉を焼かれながら俺は後悔した。
こんな条件を満たせる筈が無い。
ソフィアは俺のプロポーズを断る気で、わざとこんな超難題を吹っ掛けているのだろう。
さぁ、今日も天国のお婆ちゃんに会えるといいなぁ。
__________
「やべぇっ、ついやり過ぎたかも……」
「『かも』じゃ無いです軍曹! あぁ、やっぱり息してない……どうしよう」
「目覚めのキスでもしてやれば、喜んで起きるんじゃね?」
「そんな訳無いでしょう! ふざけてないで早く回復してあげて下さいよ!」
木陰に隠れてガジーの奮闘を見ていたソフィアは、場が異常事態に陥った瞬間に飛び出したのだが、制止が間に合わなかった。
元々プロポーズを受けて良いものか悩んでいた際にレイアへ相談しており、今回の提案を受ける事にしたのだ。
『俺と戦って格好良いところ見せられたら、受けても良いんじゃね?』
「これなら拳の方が良かったかなぁ……?」
「いえ、それではガジーの首が飛びます。魔術のみで戦うって制限は良かったんですけど、中級魔術までって言ったじゃないですか! ただでさえ、軍曹の魔力は世界最高クラスなんですからね!」
「最近、魔術自体使う機会も無かったから遊びたくて……テヘペロ?」
舌をチラリと覗かせ、コツンっと頭を叩きながら可愛いポーズを取る女神を前に、ソフィアは容易く
口煩い城のメイド長の説教を終わらせる為に覚えた、レイアの必殺技の一つだ。
「か、可愛い! ーーじゃなくて早く回復してあげて下さいってばぁ! ガジーが死んじゃう!」
「う〜ん。やだ!」
ソフィアは目を見開いて驚愕した。『女神の腕』の完全治癒で治してくれれば良いのに一体何故だ、と。
「漢ってもんは単純なのさ。ソフィア、賭けをしないか?」
「……治して頂けるなら、何でもします」
ガジーが死んでも良いと思っているのではないかと、ソフィアは疑念を抱く。思わず顔を伏せて、熱くなる目頭を抑え込んだ。
(泣いちゃダメ……軍曹を信じるの……)
「じゃあ、ガジーの右の掌を自分の心臓部分に置いてくれ。それで起きたら俺の勝ちな? 俺の命令を何でも一個聞いて貰う。起きなかったらどんな方法を使ってでもガジーを蘇生させるって誓うよ」
「はい……分かりました」
(私の心音を伝えるって事かしら? そんな事で起きるとは思えないのだけれど……)
不安な表情を見せつつも時間が無いと、急いでソフィアは自らの左胸へ倒れたガジーの右手を添える。
ーーカッ!!
「ソフィアの胸は俺のモノだああああああああああああああああああああっ!!」
「ほら、馬鹿が起きた」
「…………えぇ、馬鹿ですね」
一瞬で覚醒して胸を揉みしだくガジーを見て、レイアは親指をサムズアップし、ソフィアは『氷の女王』とでも呼ぶべき冷淡な視線を向ける。
「賭けは俺の勝ちな。さっきの命令はガジーを鍛え直す良い機会だから、俺に手傷の一つでも追わせない限り結婚しないとでも言っとけ」
「了解しました。感謝致します軍曹!」
「へっ? ふぇっ? な、何の話? 嫌な予感しかしないぞ⁉︎」
「うるさい! いつまで胸を揉んでるつもりだ! 寝てろ馬鹿!」
「ーーグベッ!!」
翼を広げて飛び去る女神の背中へ敬礼した後、ソフィアは長剣の鞘でガジーの顎を跳ねあげ、再び気絶させた。仕方なく太腿に寝かし付けると、和らげな笑みを浮かべながら頭を撫でる。
「本当、馬鹿な奴に惚れられたもんねぇ……」
__________
「よっしゃあ! 何とか今日は阻止したぞ! 『心眼』で見る限りソフィアの方も満更じゃなかったから焦ったぁ〜〜! ガジーなんかにソフィアは勿体無い! うん、絶対に渡さんぞ!」
部下の信頼を逆手にとり、レイアは淡々と破局作戦を実行していた。
ーー女神の祝福?
ーー恋のクピド?
「そんなものクソ喰らえじゃい! 世界の巨乳は俺のモノだ!」
人の不幸で美味しくメシウマ出来る女神のせいで、ガジーが幸せになれる日は遠い……
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