第260話 狂乱の天使達 後編

 

(何だ……二人から同時に放たれてる威圧プレッシャーが半端じゃ無いぞ……俺はただ、メイド服を作っていただけなのに、これは一体どういう事だ。心当たりが無い)

 女神レイアの『神域』に突然踏み込んで来たナナとアリアの瞳は、いつもと変わらずに美しい。が、何故か妖艶さを帯びている。


 舌先をチラリと覗かせて潤ませた唇、端から漏れる熱い吐息は、欲情しているのだと容易に想像出来た。

 レイアは流れる汗を背中に感じる。

 猛烈に忘れたかった記憶が、強制的にフラッシュバックして悪寒に襲われた。


「お、落ち着いてよ二人共! 先ずは座ろうね、ほら直ぐにソファーを用意するから!」

 ーーパチンッ!

 指を鳴らすと、メイド服の山が積み上がっている以外殺風景な白い空間に、ソファーとテーブルが出現する。


「どうぞ?」

「「…………」」

 二人の天使は無言のままソファーへ腰掛けた。その際、スリットの入ったスカートの裾をチラリとたくし上げる。

 女神は覗いたフトモモに惹かれ、視線をまんまと誘導された。


(わ、わざとだ……絶対にこの天使達、わざとやってやがる……)

 悔しがるレイアを横目に、この時、アリアとヤンデレナナはある確信を得る事に成功した。

 ーーこの作戦に失敗は許されない。

 少しでも勝率を上げる為には、『どんな手』でも使う覚悟があるのだ。


「あはぁ、マスタ〜? 私達と勝負をしませんかぁ? ほら、以前妖精擬きを狩ったでしょ〜?」

「貴様、やはりヤンデレナナか……あの忌まわしき記憶を自ら口にするなんて、主人格ナナならあり得ない!」

「ねぇねぇ、マスター? 私達って、もう夫婦なんだよね〜? この際人格なんて関係ないと思わない?」

「思わない……誰が好き好んで縄プレイを極める道へ飛び込むんだよ!」

 青髪をクルクルと指に絡ませながら、上目遣いで擦り寄って来るナナに反して、アリアは微笑みを浮かべながら静観していた。


 レイアは何かを企んでいるのは分かっていたが、いまいち二人の意図が読めずにいる。自身の神気と天使の神気が混ざり合い、『心眼』や『女神の眼』が通じないからだ。

色気見シキミ』のスキルもボンヤリと視界の中で滲んでいるイメージで、ハッキリとしない。


 ディーナやコヒナタであれば、まだ軽くあしらえるだろうが、頭脳的な勝負でこの二人と敵対した場合、万が一にも負ける可能性が出てくると、内心焦っているのだ。


「……因みに何で勝負するのか教えてくれるの?」

「あったり前じゃん! マスターも良く知ってる簡単な遊戯ゲームだよ〜」

「あん? 三人で勝負するんだよね? ゲームで良いのか?」

 両腕を組んで首を傾げる女神へ、ヤンデレナナは口元に人差し指を添え、ウットリとした笑みを零した。


「そう! 名付けて『あっち向いちゃってボン!』だよ〜!」

 パチパチと拍手しながら語る天使のさまを見て、レイアは遠い眼をしている。確実に『あっち向いてホイ』のパクリであろうが、最後の二文字が違うだけでこうまで印象が変わるのか、と。


「でも、勝負は実質二対一にさせて貰うけどねぇ。アリアと私が組んでも、普通にマスターと勝負したら『ステータス』と『スキル』の差で勝てないでしょう〜?」

「そりゃあそうだけども、ゲームの響きがなんか嫌だ! 断固拒否する!」

 頑なな女神の態度を受けた途端、アリアは哀しげに眼を伏せ、シクシクと泣き始める。ナナは背中を撫りながら、無言で真摯な瞳を向けた。

(空気読んでよ、マスタ〜?)


「うっ……! そ、そんなしおらしい演技をしたって無駄だぞ!」

「私は……久し振りにレイアと遊びたかっただけなのにな……」

 敢えて天使形態モードを解除し、銀天使から栗毛の少女へ変貌したアリアから漏れ出た一言は、罪悪感を植え付けるに足る威力を秘めていた。

(これは罠……罠だと分かっているのだけれど……漢には引いてはならぬ時がある!)


「受けましょう!」

「「わぁあああああああああい!!」」

 拳を掲げてポーズを取るレイアを見て歓喜しながら、アリアは右手でナナの腰元へ小瓶メグスリを隠す。

 少女の満面の笑顔の中に隠されたアイコンタクト。

 ほんの一瞬交わされた『フェーズ1』クリアの合図の後、ナナは立ち上がった。


「マスター、改めてルールを説明するよ〜! 私達は二人でタッグを組むけど、勝負は基本的に一体一で行うよ。でも、マスターと普通にじゃんけんしても勝てないでしょ?」

「確かにパーに開こうが、チョキにしようが、反応出来るからね」

「だから、じゃんけんは無し! マスターは、私とアリアが指差す方向を一回ずつ避けきれたら勝ち! 向いちゃったら負け〜! 分かったかな?」

 顎を撫でながらこのゲームのルールに見落としが無いかを『ゾーン』まで起動して考えた。『悟り』で状況を模擬シミュレーションして見ても、負ける要素が見当たらない。

 この二人の意図が本当に読めないと唸っていると、アリアがソッと手に触れた。


「深く気にしなくて良いのよ。私がレイアを罠に嵌める訳がないじゃ無い」

「アリア……分かったよ。じゃあ、最後に『ボン!』の意味を教えてくれ。肝心な所が省かれとるやんけ」


 ーーギクッ!!


「さぁ! 勝負を始めましょうか!」

「うんうん! 楽しいゲームの始まりだよ〜!」

「おい! うやむやにーーって、まぁ良いか。勝ってから問い詰めてやるから覚悟しろよ!」

『神域』の中央で最初に銀髪の女神と青髪の天使が向かい合う。

 レイアはやはり何度考えても、反応速度の違いから指差す方向と逆に避ければ良いだけで、勝利を確信していた。


「いっくよ〜! あっち向いちゃって〜〜ボンッ!」


 __________


『同時刻、レイアの脳内会議にて』


(おいおい、本当にただの『あっち向いてホイ』と変わらないじゃ無いか。しかもナナの奴、手を抜いてるのが分かる速度だ)

『ゾーン』を起動したままにしてあり、『女神の眼』は、しっかりと指差す方向を見定めている。


 ーー即ち、右方向を向かなければ良いのだ。


(舐められたもんだなぁ。ボンの意味は分からなかったが、こんなもん何回続けたって俺に負けはないぞ?)

 何かの罠があると警戒していたが、どうやら一安心だと気を緩めようとした直後、俺は信じられない光景を目にした。

 アリアが胸当ての留め具を外し終えているのだ。そして、今まさに神秘のキャミソールを捲り上げようとしていた。


(溢れちゃいますやん⁉︎ アリアさんってばディーナに続く巨乳ですもの! 絶対にそれ以上捲ったら、ーー溢れちゃいますやん!!)

 まさか、敵側がこんな下らない作戦に出るとはな。俺のエロ心を揺さぶろうとしたのだろうが、そうはいかない。初見でもあるまいし。坊やじゃないんだよ、坊やじゃね。


 俺の『相棒』も『一部身体変化』のスキルを発動していない今、反応するは、ず、がーー

「な、何……だと⁉︎」

 ーーあった。いつの間にか相棒が目覚めさせられている。

(いつだ⁉︎ いつの間に『スキル』を発動させたんだ。ナナとのリンクは切れているのは間違い無い!)


「ハッ! さっき擦り寄って来たのは、この為か⁉︎」

 俺を見下ろすヤンデレナナの眼は、漆黒の三日月を描いている。

 全てが計算された行動なのだと漸く理解出来たが、ずっと『神域』に閉じ篭って作業していた為、溜め込まれた欲望エロスが強い。


(拙い、拙い、拙い、拙い、拙い、拙いぞ〜〜!!)

 必死に首を反らそうと抗う最中、アリアは乳房を露わにして一言だけ囁いた。


「見て、欲しいな……」

 確かに向いちゃってボンだ。これは罠。しかし、漢には立ち向かわねばならぬ時がある。

 忘れかけていた魂を揺さぶられ、相棒も準備万端だ。更にはメイドプレイも可。


 ーー出来たら、縄は止めて欲しいなぁ。


「見る! 負けようが俺は見る!!」


 __________


「はい! マスターの負けぇ〜!」

「はいはい、素直に負けを認めるよ。卑怯だけど、俺の性格を知り尽くした作戦だな。降参だ」

「ウフフっ! 見てくれなかった時のナナの予備策もあったんだけど、私の『胸』が勝った!」

 ハイタッチをしながら、嬉々として可愛らしい天使達の姿を見つめ、レイアはこれもいいかと頷いた。だが、ふと『ボン』の意味だけが気になり、直球で問う。


「そう言えば、ボンって結局なんの事だったんだ? 確かにアリアの胸は、爆弾並みの破壊力を秘めていたけれど……」

「えへへっ〜! 正解は『コレ』だよ〜! 『神域限定』だけど、マスターのステータスとスキルを封じれる爆弾を作ったの〜!」

「…………」

「私も協力したのよ。中々上手くいかなくて苦労したわ」

「名付けて、『愛の爆弾ペロペロバクダン』だよ!」

 掲げられたナナの掌には、拳大の典型的な黒い爆弾が握られていた。その姿を視認した瞬間に、レイアは『神体転移』を発動して脱出を試みるが、「またかよ⁉︎」ーー足首に縄が巻かれており、拘束される。


 自然と縄が食い込み、蛇の如き動きを見せながら身体へと巻きつく。その恐怖は計り知れない。


「お願いします……縄とその爆弾は勘弁して下さい……」

「「だぁめ!!」」

 シンクロしながら服を脱ぎ出した天使を見たのが最後。地面へ寝そべった半裸の女神へ、爆弾は遠慮無く投下された。


 __________


(今日も、夢を見ている。可愛いワンちゃんと戯れているのだ。しかも二匹に増えていた……うん。結構色々無理がある……)


 ーーペロペロ!

 ーーペロペロペロリ、ペロペロ!

 ーーペーロペロペロペローリペロペロ!


(な、何⁉︎ これ、もしかして例の感度まで増して無いか⁉︎)

「アハハッ! アハハハハハハハハハハッ!!」

「ウフフッ! ウフフフフフフフフフフフッ!!」

「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ぃいいいいいいいっ!」


「は〜い、レイアたん。脱ぎ脱ぎしまちゅよ〜!」

「そっちは任せるわね!」

「ぴゃ、ぴゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」


「死ぬ! 本当にダブルは死んじゃううううううううううっ!!」


 二時間後、久し振りに漏らしちゃいけないものまで漏らした女神は、白眼を剥きながら、ビクビクと痙攣している。辛うじて保たれた意識の中で、考えていたのはペットの事だった。

(今度、チビリーに、少しだけ優しくしてや、ろう……)


 こうして、恍惚に浸りながらお腹を摩る二人の天使を横目に、『聖戦』は終わりを告げた。

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