第259話 狂乱の天使達 前編

 

 最近、レイアは忙しかった。

 レグルスの内政についてはミナリスに一任しており、国は自衛を含めて盤石を築いていると言って良い。

 ならば、この忙しさは一体何だと言うのか。答えは簡単だ。


「俺は至高のメイド服を作る! 誰かに任せるのではダメだ! 嫁達の特性を最大限に発揮する為には、自らが学び、そして材料を集めなければならないのだよ!」


 ーーそう、メイド服が作りたかったんだ。


 モビーさんに教えを請う所から始まった修行。冒険者の仕事の合間に蝦蟇蛙ガマガエルーーいや、間違えた。

 蝦蟇蛙マダームの踏みたくもない頭を踏み、誇りを捨てて研鑽を続けてきたのだ。

『いつかお前を殺して、私も死んでやるだわね!』

 師匠マダームは口が厳しかったが、その集大成とも呼べる作品を見せればきっと喜んで貰えるだろう。


「あと少し、あと少しで完成するぞ……」

 もう一週間は寝ていない。『久遠』で作った『神域』に閉じ籠り、Sランク魔獣の皮革ひかくを縫い合わせる日々。


「ふふっ、うふふふふふっ……」

(アリアとディーナの巨乳組には胸元が開いたタイプで、ビナスには尻を触りやすい様に、ミニスカートに赤いフリルだな。コヒナタとナナはどうしようか、色はピンクと青で決定だが、デザインが問題だ。ーーまたマッスルインパクトの幹部と会議を開かねばならないぞ)

 チクチクと針を進めながら、『並列思考』のスキルで次なる作品の想像を働かせる。残念ながら、俺に芸術的才能は皆無だった。

 料理も出来ない。絵も描けない。元の世界の専門的な知識もない。

 これだけで、元の世界の『おっさん』がどれだけ無能だったか伺えると言うものだ。次に封印の間であった時には是が非にも文句を言わせて貰おう。


「そう言えば、チビリーはどうする……まぁ、あいつはボディペイントで充分か」

 変態に時間を惜しむ余裕は無いのだ。イザヨイにも、『ケモ耳』特性を活かした白スク水を作らねばならないのだから。


 スキル『分身』を発動させて同時進行を試みたが、どうしても精度が落ちた。失敗作は山となり、それは俺の糧となる。

 負けるものか。負けてたまるものか。折れるな心。灰になるまで集中するんだ。

『ゾーン』を起動し、一針一針に魂を込める。眠気が襲ったら『朱雀の神剣』で手の甲を刺し、痛みで乗り切ればいい。


「ふははっ、ふははははははははははははははっ!」

 そんな風に俺の精神がトリップ仕掛けていた頃、『神域』に突然の来客があった。空間の裂け目から姿を現したのはナナとアリアだ。

『天使召喚』をした覚えは無く、頬に手を添えて舌舐めずりする姿を見た瞬間に『ヤンデレナナ』の方だと理解出来た。


 ーーこの時に土下座をすれば、後の惨劇は免れたのだろうか。


 いや、既に遅かったのだろう。『神域』に現れた時にはもう、二人の天使は狂乱していらっしゃったのだから……


 __________


 アリアは苛ついていた。

 自分達の為にレイアが努力していると知って尚、放置される事に納得がいかず、その想いは募るばかり。


 他の嫁達は『食王』として食い倒れの旅やら、新作の『鍛治』やら、元魔王としてレグルスの為に『魔道具』の発明やらに精を出しているが、アリアはそう言った事に興味が無い。


 ーー日課はレイア観察ストーカー

 ーー趣味は女神レイアをペロペロすること。

 ーー好きな物、レイア。

 ーー嫌いな物レイアに害を為す者。

 それはつまり、現状に不満を抱くに他ならない。帰って来ない日は、ミナリスを半殺しにして作らせた『等身大レイアちゃん人形』を壊れる程に愛し、欲求不満を解消していたが、それももって二日で終わった。

 過労とストレスで、ミナリスが倒れた所為でもあったのだが、苛立ちは周囲にまで被害を与え始める。


「あの……アリア様……流石にこれは恥ずかしいですぅ……」

 アリアは王都シュバン城内の廊下を、破ったメイド服を着たエルフの少女、クルフィに首輪を着けて散歩しながら、少しでもエロい目をして見つめた男に制裁を加え続けた。


 兵士達はどうしても歳に似つかわしく無い美少女と破けた衣服、更には首輪という嗜虐心を唆られる光景に目線がつられてしまう。


「見たな? 今、クルフィの事見たな?」

「ヒイィッ! み、見てないっす!」

「ふ〜ん。嘘つくんだ?」

「あ、アリア様……見てないって仰ってますし、もうその辺でーーひゃあっ!」

 目を逸らして必死に瞼を閉じる青年兵士。

 だが、アリアは嗜めようと焦るクルフィのブラのホックを一瞬で外すと、胸を鷲掴みにした。


「見たな? 今、クルフィの胸元を見たな?」

「み、見てないっす! ちょっとピンクだった所なんて見てないっす!」


 ーードゴォ!!

 ボディーブローを捩じ込むと、青年兵士は前のめりになりながら地面へと沈む。アリアはスッキリとしたのか、次なる獲物を探して首輪を引いた。


「……アリア様……酷いですぅ……」

 シクシクと涙を流しながらも、大人しく付き従うクルフィの好感度は、この日一日で鰻上りに上昇したと言って良い。

 代わりにアリアへの抗議が、『紅姫』の『唯一の良心』と呼ばれている、魔人アズラへ収束する。


「確かに、やり方がえげつねぇな……」

 男達の叫びを受け止め、代表として立ち上がったアズラが向かった先は謁見の間だった。アリアは日課として、レイアがいつも座っている玉座に顔を埋める事を日に三度は行っているからだ。


 今も残り香を求めているに違いないと扉を開いた直後、目にした苛酷過ぎる状況に尻込みし、そっと扉を閉じた。


「私は話を聞いた時から、貴女となら分かり合えると思っていたのよ」

「えぇ、同意致します。顕現する為に神気を分け与えてくれて感謝致しましょう。マスターってば、私ですら『神域』から弾き出してくれましたからねぇ〜。アハァ〜、一体どうしてくれましょうねぇ〜!」

「アレでしょう」

「えぇ、アレですね」

 握手を交わしながら、六枚羽根を重ね合わせて頷き合う二人の天使。


変態ヤンデレナナ』と『変態ストーカー』が手を組んだ瞬間、アズラは説得を諦めたのだ。

(姫よ。どうかご無事で……)

 一筋の涙が溢れる。叶わぬ願いだろうと、容易に想像出来てしまったのだから。


 女神レイア二人の天使ナナとアリアタッグによる、新たなる『聖戦』が始まろうとしていた……


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