第257話 時をかける幼女 5

 

「ーーきて」

「……う、うぅん」

「ーー起きてイザヨイ。朝ごはんが出来たよ〜!」

「ご、ご飯ですの?」

 朝食の匂いをつられて、イザヨイは飛び起きた。まだ意識は朧げであったが、欠伸と同時に聞き覚えのある声の主に驚愕する。


「あ、あれ? もしかしてセレットですの⁉︎」

「あははっ! 何、その幽霊でも見た様な表情は? イザヨイったらまだ寝惚けてるのかな? やっぱりとても盗賊団『牙王』を壊滅させた凄腕には見えないね」

「えっ⁉︎ あれ? あれれ? こ、ここはどこですの?」

「ミゲン街道を抜けた先ですよ。パノラの街はもう目と鼻の先ですね。ってこれ、昨日も説明したでしょうが!」

 クリアリスの声。

 その横にはタイラの匂い。

 スープ差し出して来る手の指先から伝わる、セレットの温もり。


「な、何でも無いですの。ごめんなさいですの……」

 両手を振りながら、動揺を伝えない様に誤魔化した後、朝食を食べながら幼女は状況の把握に努めた。

(意味が分かりませんの。確かにセレットはパノラの街で領主に騙されて殺された筈ですの。そして、イザヨイは仇を討った。その後の記憶は……思い出せない……)

 だが、イザヨイは深い深い闇の中に堕ちていった自らの意識が、急速に引き戻されたのだと直感で理解している。


 それに、覚えている記憶と照らし合わせた際、セレットの言った『幽霊』という言葉が引っ掛かった。

『死者は蘇らないんだよ』

 かつてレイアに聞かされた冒険譚を思い出した瞬間、娘は答えへと至る。

(きっとパパ達ですの……イザヨイの為に、『紅姫』のみんなが動いてくれたんですの……)


「イザヨイ、本当に大丈夫? 怖い夢でも見たのかな……、うちに何かして欲しい事ある?」

「……ギュってして欲しいですの」

 俯き気味に涙を堪えていると、セレットはまるで実の姉の様に、柔らかな胸元へイザヨイを沈めた。

 両腕で包み込まれた瞬間、頬を一筋の涙が伝う。

(泣いちゃダメですの……パパ達がくれた機会チャンスを絶対に無駄にしない!)


「やっぱりお母さんが恋しいのかな? それにしても、いい匂いだなぁ〜!」

「兄貴、俺もアレやりたいっす……」

「やめとけタイラ。調子に乗ると背骨をへし折られるぞ」

 嬉しそうに微笑むセレットを眺めながら、『三つ星』のメンバーは遠い目をしている。


「オッホンッ! そろそろ今日の予定について話すぞ」

 暫くするとクリアリスは軽く咳払いをして、話を進めた。パノラの街に到着次第、ギルド支部にイザヨイを預けて、自分達は領主の館に依頼を完了させに向かうつもりだったのだがーー

「絶対について行きますの!」

 ーー幼女はかたくなに首を縦に振らず、セレットの腕に引っ付いている。


「どうしたんだよイザヨイさん? パノラの街に何かあるのか?」

「な、何でも無いですの!」

 この時、領主の事を話してしまおうか一瞬躊躇ったが、口を噤んだ。知っている『未来』と変わってしまった場合を危惧したからだ。


 イザヨイは最大限まで集中力を高めていた。およそチャンスは一度きりなのだと、確信を持っている。

 二丁神銃ロストスフィアを撃ち、居場所を伝えてレイアに救いを求める手も考えたが、何故自分だけが過去へ戻っているのか、ーーその意味を考えた時に最終手段にとっておいた。

(きっとパパ達が一緒に時間をやり直しているなら、もうこの場所に来てる筈ですの!)


 ここまで『超感覚』のスキルと共に、獣人の本能から選択肢を絞っていたが、『女神に頼る』という判断を下さなかった事が、イザヨイにとって最大の好機となるとは知らずにいた。


 __________


『パノラの街、冒険者ギルドにて』


「じゃあ、ここで一旦お別れだね。依頼を完了させたらきっと会いに来るから待っててね」

「はいですの! みんなも、気をつけてですの……」

 イザヨイは最初の分岐点をここだと見極めた。『三つ星』のメンバーについて行くか、行かないかを悩んだ時に、『行かない』を選択したのだ。


 最初から領主の館に乗り込んで、敵を倒せばセレットを救えるかも知れないと悩みはしたが、女神の教えが頭を過る。

『世界は優しくない』

 自分で考える程、簡単に命を救い出せるのであれば、もう既に『紅姫ベニヒメ』のメンバーが実行している筈であり、過去に戻された理由にはならない。


 それでも焦燥が巡り、判断を誤りそうになる。無理にでも着いて行って全てから守れば良いのでは無いのか、と。

(焦っちゃダメ。最後の分岐点ターニングポイントをセレット自身に乗り越えさせないと、きっと救い出せない筈ですの)


 こんな時、イザヨイが必死に思い出すのはナナとアリアの語りだった。寝る前に聞かせてくれた異世界の話と言葉の意味、そして結末を何度も反芻する。


 ここまでは『紅姫』の作戦において、予想通りと言える展開に運んでいたのだが、計算外はどうしても起こるものだ。

(……うん。忘れましたの!)

 伝えたと大人達が思っていようが、寝る前に聞いた話の全てを幼女が覚えている筈がない。曖昧な記憶を無理矢理繋ごうと必死だった。


『紅姫』の考えた任務ミッションは三つ。


 一、少女セレットの死が確定した瞬間を回避させる。

 二、どんな結末を迎えようが、イザヨイに『夢幻回帰』を発動させない。

 三、イザヨイに人を殺させない。


 この内、最後の一つはレイア自身が何とかせねばならないという結論に至ったが、道筋は見えずにいた。娘を過去に戻す事で、何とか打開策を切り開いて貰うしか無いと願う。


 __________


「なんか、今日はイザヨイさんの様子が変だったなぁ〜。そう思わないか二人共?」

「きっと家族が恋しいのよ。この依頼が終わったらうちらもお別れだしね。ギルマスが居場所を連絡すれば、すぐに迎えに来てくれるだろうって言ってたもの」

「考えてみればレグルスのお姫様なんだもんな〜! 兄貴、俺達お礼に報酬とか貰えるかも知れないぜ?」

『三つ星』の三人は領主コーグストの屋敷へ向かいながら、たわいも無い話をしていた。

 そんな中セレットは、朝目覚めて最初に見せたイザヨイの表情を、思い出している。

(うちがいる事に、なんであんなに驚いたんだろう? 目が見えないのはきっと関係ない。本当に幽霊がいるみたいな感じだったしなぁ……)


「ねぇ、領主の館に着いても油断しないでおこうね」

 セレットは考え過ぎかと思ったが、念の為にリーダーであるクリアリスに忠告した。少年達は頷くと、直ぐに飲める様に回復薬を小袋から取り出し、懐に隠す。


 先輩冒険者達に教わった危機回避の為の準備を整えると、再び領主の館へ歩み始めた。

 同時刻、イザヨイは街を一望出来る教会の塔のてっぺんに登り、『三つ星』の様子を探っている。


「パパ、ママ達、イザヨイにチャンスをくれてありがとうですの……頑張るから!」

『超感覚』と『霞』を発動させると、気配を隠しながら屋根伝いに屋敷の内部が把握出来る場所まで移動した。


 女神に溺愛されし実娘による、運命への挑戦が始まる。


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