第256話 時をかける幼女 4

 

 レイアは第三柱の神が創り出した『神域』を見渡すと、棘を含んだ言い回しで皮肉を述べた。


「ふ〜ん。俺のコアを封印の間で抑え込みながら、お前は分身体で自由にしてた訳ね」

「ち、違うし! 馬鹿な人間共との契約で、しょうがなくこの空間を形成してるだけだし!」

「おや? その割にはカムイを自らの器に仕立てて好き勝手してるみたいだけど、これを他の十柱の神達が知ったらどうなるかなぁ〜?」

「ぴぃっ⁉︎ そ、それは〜」

 時空神コーネルテリアは慌てふためいている。正直、その感情は恐怖からくるものだった。

 かつて、己が主神であった世界を暴走した『闇夜一世オワラセルセカイ』により喰われた記憶が蘇り、震えが止まらずにいる。


 ーー今すぐにでも、この場から逃げ去りたい。


 そんな想いが表情や行動に表れてしまっており、レイアは内心居た堪れない気持ちを抱きはしたが、娘の為に呑み込んだ。

 これまでに幾度となく面識があっても、関係を持たなかったのはその理由に起因する。


「俺は、本当なら今この場で君に謝罪しなきゃならないと思ってる。でも、イザヨイの為にどうか力を貸して欲しい。同じ悲劇を繰り返さない為に」

「……む、無理だし」

 女神が素直に頭を下げた事で、神族同士言葉を紡がずとも意図を理解しあった。それに対するコーネルテリアの返答は不可だ。


「あたしは確かに時間を巻き戻す事は出来る。でも、死者を救う事は出来ないし!」

「それに、俺を戻す事も不可能だって言うんだろ?」

「うん、神族にはその権限を与えられない。これはこの世界の主神である女神自身が決めたルールだし」

「知ってる。仮にも俺はその身体を与えられてるんだからね」

 コーネルテリアは、かつて愛しい人を奪われたカムイの様にもっと反発を食らうか、脅して来ると思っていた為、不思議に思い首を傾げた。


 自分に望んでいるのは時間を戻す事。それは理解したが、例えその望みを叶えた所で現状が変わるとは思えなかった。

 他の十柱の内、生命や死を司る神以外に失われた命を復活させる事など出来はしない。

 そして、十柱が封印の間に拘束されている以上、願いを叶える事は不可能なのだ。


「……改めて聞かせて欲しいし、レイアの望みは何だし?」

「イザヨイの時間を戻してくれ、記憶はそのままで」

「どう足掻いてもその子が経験した事象は変わらないし、同じ想いを二度味合わせるだけだし」

「それでも構わない。その結果、本当に『全てを最初からやり直したい』とスキルを発動させるなら娘の邪魔はしないつもりだ」

「一体無駄な行為に何の意味があるんだし?」

 コーネルテリアは薄い羽衣をヒラヒラと舞わせながら、真剣な眼差しをレイアへ向ける。だが、視線の先にあったのは女神としてでは無く、一人の親としての姿だった。


俺達ベニヒメの家族でいる以上、これからも人の死を受け入れなければならない事件は起こる。その度にやり直して逃げ続けていたら、あの子はどうやって前に進むんだ? 厳しいかも知れないが、全員で話し合って決めた。イザヨイに、ーー現実を受け入れさせる、と」

「…………」

 向けられた真摯な想いを無碍に出来る程、コーネルテリアは落ちぶれていない。

 かつて神格を堕とされた憎き相手であろうが、自らの心に『響いた』と認めた願いを、叶えない訳にはいかなかったのだ。


「今回はレイアの願いを叶えるし。でも、『二度』は無い」

「分かってる……親バカの唯の我が儘だとでも思ってくれ」

「こっちに来て、あたしの右手を握るし」

「了解」

 二人は互いに一歩ずつ歩み寄ると握手を交わす。その瞬間、女神の神気を利用してコーネルテリアは透明な球体を宙に生み出した。


「これは……?」

「この球体の中には時遡トキサカの雫が一滴だけ入ってるし。娘に飲ませれば、一度だけ戻りたいと願った時間に戻れるし」

「そっか。本当にありがとう、コーネルテリア。お礼に今度クラド君の異世界料理を奢るよ」

「マジ⁉︎ 噂に聞いてちょっと興味があったし! 寿司! 寿司を所望するし!」

 身を乗り出して瞳をキラキラと輝かせる神の額を抑えつけながら、レイアは首を縦に降る。テンプレ通り、この世界の頭がちょっとアレな子は、大抵飯で釣れると『悟り』のスキルから確信していた。


「全部終わったらカムイに使いを出すよ。じゃあね」

「すぐ終わらせるし! 明日には食べたいし〜!」

 両腕をブンブンと振りながら駄々をこねるコーネルテリアを後に、レイアは『久遠』を発動させると『神域』を抜け出す。


 ーーこの時、悪戯が成功した子供の様に女神の口元は吊り上っていた事に、第三柱の神は気付けずにいたのだ。

(俺の演技も、中々捨てたもんじゃないな〜!)


 シルミルの王城に帰還すると、真っ先に向かったのは玉座の間。イザヨイが眠っているベッドでは無く、『紅姫』の家族の元へ駆けつける。


「諸君! 目的のアイテムは手に入れた! 作戦を第三段階フェーズに移行する!」

 ーーおおおおおおおおおおおっ!!

 イザヨイに死を受け入れさせるというのは、あながち嘘ではない。嘘ではないがーー

(やり直して悲しい事を全部無かった事に出来るなら、それが一番じゃろがい!)

 ーーそう、親達は誰一人として諦めてもいなかった。


 時間を戻せる条件は変わらない。レイア、ナナ、ビナス、コヒナタ、ディーナ、アリアの六人は神気を有している為、過去へは戻れないと最初から分かっている。


 では、誰ならば作戦を無事に成功させられるだろうか。ーーそう考えた瞬間に女神と仲間達は、途轍もない計算ミスをしている事に気付いた。


「やべぇ……隠密性とスキル『分身』の応用力からチビリーをご褒美を餌に行かせるつもりだったんだけど……忘れてた」

「だ、大丈夫だよ、旦那様! きっとチビリーなら勇者に勝利してーー」

「そ、そうね! 仮にも私達に毎日シゴかれてるんだからーー」

「カムイ如きに負けたら妾のブレスでお仕置きしてやるのじゃーー」

「私の作った新武器はアダマンチウムをふんだんに使ってますから、そう簡単にはーー」

 嫁達と慌てふためきながら、一斉にバルコニーへ飛び出した直後の事だった。

 天から降り注ぐ光柱の中心で、勇者は聖剣ベルモントの穂先から覇気を纏った真白き閃光を放つ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「ぴぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

『分身』を全て潰されて追い詰められたチビリーが、正に豚の如き鳴き声をあげながら、吹き飛ばされて敗北する光景。

 キラリと空の彼方に消えたペットに向けて、何故か全員が敬礼していた。


「はぁ、はぁっ、ガハッ! な、なんとか勝てた、ぞ」

 顔を腫らし、無数の切り傷から相当な接戦を制したのだろうと予測出来るカムイへ、無慈悲な女神の『理不尽』が襲う。


「『エアショット』! 空気読め、馬鹿勇者!」

「なっ、何を、ーープゲラッ!」

 人間が腰を中心として、あり得ない角度にへし曲がる光景を横目に、紅姫の皆は両腕を組んで唸った。


「こうなったら……やっぱり戦闘力と『超感覚』を考慮して、イザヨイを過去に戻すのが一番妥当だなぁ」

「結局そうなるよね……」

「アズラは麒麟様を降ろさないと弱いしねぇ」

「シルバは知らぬ街では混乱を招きそうじゃしなぁ」

 ビナス、アリア、ディーナの発言を聞いて、銀狼フェンリルと魔王は悲しみに暮れる。反論出来ない事が余計に辛い。


「しょうがない! 念の為に俺が『セーブセーフ』を発動させて、万が一に備えればいいだろ。俺達の娘を信じるぞ!」

「「「「了解!」」」」

 悪巧みが見事に失敗したのだが、女神は一つだけ抱いていた願望にも近い想いを吐露する。


「俺の娘がこんな事で潰れてたまるか! きっと予想外の方法で全てを救ってくるさ!」

 レイアは眠るイザヨイの口元に『時遡トキサカの雫』を流し入れると、柔らかな頬へ軽い口付けをした。


「いってらっしゃい。俺の愛しい娘」

 自分達の作戦失敗を認めず、反省すらしない家族に見守られながら、イザヨイの『時間逆行』が始まる。


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