第255話 時をかける幼女 3

 

「さて、こちらの要求は先程述べた通り、『時空神コーネルテリア』の能力にある。大人しく顕現させた方が身の為だぞ? ……なに、命まで取りはしないさ」

「おい! 何で今、最後の方変な間があった⁉︎ しっかりと身の保証を約束しろ! そしてまずは謝れこの悪魔がぁっ!」

 本来勇者が座っている筈のシルミル王城の玉座に座り、優雅な佇まいで美脚を組む女神に見下ろされつつ、勇者は吠える。

 だが、右腕をアズラ、左腕をチビリーに拘束され、喉元に大剣と小太刀を添えられていた。


 ーー処刑される罪人の如き扱いを受けては、流石に交渉の余地などない。これは立派な侵略であり、一国が落とされたも同然の事件だ。


 カムイは必死に脳内で打開策を巡らせつつ、『強敵と書いてともと読む』という言葉を、酒を酌み交わしながら語っていた魔王アズラへ視線を向けた。

 目と目で会話する。ーーそんな事は勿論不可能だったが、そこに表情が加われば、意思疎通が可能な仲にまで発展していたのだ。

(おい、魔王! 何とか暴走している女神を止めろよ! これはある意味、国家間の同盟を破るに等しい事件だぞ!)

(無理! 絶対に無理! 大人しく希望に従え。俺はイザヨイの尻叩きの時の様に、巻き込まれるのは御免だ)

(裏切るのか⁉︎ 友の誓いはどこへいったんだよ!)

(すまん……せめて……痛くないと良いな……)


 アズラは仏の様な悟りを開いた、柔らかな微笑みをカムイへ捧げた。

 せめてもの慈悲だと優しさを見せたつもりだったのだが、ーー追い詰められた勇者からすれば、逆効果になる。


「このままやられてたまるかよぉっ! 俺だって『神の器』になってから、必死でレベルを上げて鍛え上げたんだ!」

 勇者は闘気を発すると、無理矢理腕の拘束を解いて背後へ飛び退いた。同時に力を解放して『聖剣ベルモント』を胸の内から顕現させ、聖闘衣を装着する。


 真白く煌めく輝きを放ちながら、選んだ選択肢はただ一つ、ーー逃走だった。どんなに威勢を吐き出そうが、『紅姫』相手に勝ち目などないと、冷静な判断を下す。

 そして、そんなカムイの目論見を『心眼』で読んでいたレイアは、『女神の微笑み』を向けながら提案した。


「ふむ。確かにこちらとしても、一人を相手に多人数で襲う様な卑怯な真似はしたくないなぁ。よし、じゃあ選んで良いよ!」

「え、選ぶ?」

「うん! 俺達『紅姫』のメンバーから一人を選んで、カムイ君が勝てれば見逃してあげようじゃないか! その時はこちらとしても別の方法を考えるしね。ただ、そちらがコーネルテリアの神気を降ろすのであれば、俺は直ぐ様捕らえにかかるけどね」

 女神の提案を受け入れるべきか否かを、両腕を組みながらカムイは考える。


(仮にも女神……嘘は言わないだろう。だが、自力だけで戦うとなるとレイアは勿論の事、妻達は絶対に駄目だ。こちらがコーネルテリアを降ろせない状況になったが、あっちが神を降ろさないとは言ってないからな。絶対に屁理屈を捏ねてくる……そうなると……)


「よ、よし! それならそこの女と戦う!」

「ふぇっ⁉︎ 自分っすか⁉︎」

 カムイは以前にアズラと酒を酌み交わした際に、チビリーの事を聞いていたのだ。ドMであり、ほとほと困り果てているという愚痴に過ぎなかったのだが、『紅姫』の中において最弱なのは間違いない。


 見えぬ様に顔を伏せ、レイアの口元がニヤリと吊り上がった事に気付かぬまま、カムイは聖剣を構えた。


「え〜! 本当に自分で良いっすかぁ〜?」

「何余裕ぶっこいてんだドM女! 仮にも勇者である俺がペット如きに負けるかよ!」

 勇者の挑発の直後、眼前でダラリと気怠そうに立っていたチビリーの雰囲気が一変する。


「今、何て言ったっすかぁ? ペット如き? それって師匠を侮辱したのと一緒っすよね。殺すぞ、カス勇者」

 チビリーは二刀の小太刀を抜き去ると、禍々しい気を放ちながらカムイを睨み付けた。鋭い眼光は先程までの緩さを一欠片も感じさせない。


「二人共、こんな部屋で戦ったら城が壊れちゃうだろ? 俺達はここから観戦してるから、外で勝負してきな。チビリー、勝ったら『アレ』してあげるよ」

「キャウウウウウウウウンッ⁉︎ アレってどれっすか⁉︎ はぁ、はぁっ、妄想が膨らむお言葉、ありがとうございまあああああすっ!」

 レイアの言う『アレ』に心当たりは無かったのだが、『きっと気持ち良いに違いない』と、ペットの闘気は跳ね上がった。


「ふん、思っていたよりは鍛えてるみたいだな」

「当たり前っすよ。修行相手が相手っすからね〜!」

 二人は城下町の屋根を伝いながら城壁の外へ移動すると、女神から『念話』で戦闘開始を告げられる。


『殺すのは禁止ね! 始め!』

「うらあああああああああああああっ!!」

 カムイは先手必勝だと、聖剣ベルモントから極大の閃光を放った。それは大地を破る一撃。

 一瞬の間に避ける間も無く攻撃を食らったチビリーの姿を視認した後、自らの勝利を確信して安堵する。


「おおおぉ〜! 盛大に消し飛んだっすね〜! いやはや凄い威力っすよ」

「はぁっ⁉︎」

 だが、チビリーはいつの間にかカムイの背後から顔を覗かせて、自らの分身が吹き飛ばされる姿を一緒に眺めていた。

 驚きに目を見開きながらその場を飛び退いた勇者の顎を、すかさず間合いを詰めて小太刀の柄で刎ね上げる。

 身体を回転させると鳩尾みぞおちへ後ろ回し蹴りを叩き込むと、飛ばした先にもう一体の分身を配置しており、顔面へ拳を振り下ろした。


「ーーシッ!!」

 攻撃がヒットする瞬間にカムイは聖剣を大地に突き刺して、肉体を捻り迎え撃つ。


 ーーガゴッ!!


 お互いの拳がぶつかり合い弾かれた直後、宙に浮いていたカムイの視線の先には、上空からまた別の分身が直滑降してくる光景が映った。

(一体、こいつは何体増えやがるんだ⁉︎)


「ひ、み、つっすよ〜!」

 チビリーに表情から考えを読まれ、勇者は倒れかけた身体を上下から挟撃されて、無理矢理息を吐き出された。


「ーーぐはぁっ!」

「まだまだぁっ!!」

 二刀の小太刀に背中を斬られ、妬かれる様な熱が迸る。コヒナタ製の新しく強化された武器は、聖闘衣をも切り裂く程の斬れ味を誇っていた。


 攻撃を当てた直後が最も油断の生まれる瞬間だと、日頃の訓練から身に付いているチビリーは一瞬で姿を消す。


「ーーチッ!」

 カムイは虎視眈々こしたんたんと、追撃の際のカウンターを狙っていた。思惑が外れた事から思わず舌打ちする。

 同時刻、城内では両者共に一歩も引かぬハイレベルな戦闘を横目に、レイアは狙い通り『目的』へと動き出したのだ。


 __________


「ねぇ、フォルネ姫。コーネルテリアと交信する場所へ案内してくれないかな?」

「あの……その〜、それはちょっと出来ませんというか、何と言うか……」

 滝の様に汗を流しながら必死に時間を稼ごうとする姉姫の姿を見て、ヘルデリックが助言する。


「これはカムイ様を救う事にもなるのですぞ!」

「黙れ、裏切り者!」

 まるで仇だと言わんばかりに睨み付けてくるフォルネ姫へ、騎士団長は溜息を吐きつつ言葉を紡いだ。


「レイア様は娘を救いたいだけなのです。姫よ、どうか何卒……」

 地面に額を擦り付けて土下座する男の姿に、フォルネは一瞬瞼を閉じ、天を仰いだ後に決意した。


 元々レイアの狙いが自分だと知ってから、第三柱は自らの神界へ雲隠れしており、連絡すら出来ない状態に陥っていたのだ。


「……わかりました」

「うん、ありがとうね」

 女神はかつて『勇者召喚』が行われた部屋の真下に位置する、契約の陣が敷かれた場所へ案内される。


「さて、ナナがいないから上手くいくかなぁ……『久遠』、『神体転移』発動!」

 陣から細く伸びた光の線を右手で掴むと、これこそが『神の器』になったカムイと時空神の結び付きだと把握する。


 ーー座標を固定するのでは無く、その力の源へ飛ぶイメージ。


「見つけたぞ〜! 第三柱!」

「ヒィィッ⁉︎ どうやってここまで来たし!」

 瞼を開いた先には、ブルブルと震えながら見知らぬ空間で丸まったコーネルテリアの姿。


 両拳の骨を鳴らし、レイアは『女神の微笑み』を発動しながら徐々に歩みを近付けていく。

 こうして、『紅姫』の作戦は次の段階フェーズに進んでいたのだった。

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