第254話 時をかける幼女 2

 

 世界は理不尽に満ちている。

 そんな事は、この世界の未来に召喚された時から分かってはいたさ。


 ティアが死んでしまった時に、俺は確かに狂った。だってそうだろう?

 或る日、突然世界で一番大切な人が奪われたんだから。


 人が人を愛する事を平和と指すならば、人が人を憎むのは当然だ。表裏一体な感情を有しているからこそ、俺達は戦争をし、競い、涙を流しながら文明を築いてきたんだろう。


 過去の世界で拳闘奴隷として生きてきた俺だからこそ言える。これは明確な事実だ。


 だがしかし、この状況は違うのでは無いだろうか?

 何故か俺は今、擁護する気もない契約した神、『時空神コーネルテリア』のせいで窮地に陥っている。

 和解した筈だった女神は、口元から『フシューッ!』っと目視できる程に熱い吐息を漏らし、いけ好かないと思いながらも一目置いていた魔王は、真顔で大剣を振り回す始末だ。


 俺が何をした?

 一体、俺がこいつらに何の迷惑をかけたと言うのだ?


 落ち着けカムイ。考えろ、考えるんだ。

 今日は料理下手なマジェリスとフォルネが頑張って作ってくれた二日目のカレーを食べながら、頭を撫でた。

 最近めっきり可愛くなった女王候補の姉妹は、最近俺を巡って争うことも少なくなった気がする。


 帝国アロとの戦争を止める気は無いし、ピエロを許すつもりはないが、全てを終わらせたら穏やかな日常を過ごして生きたいと考える様にもなってきたこの頃……


 悪魔、もとい女神は舞い降りた……


 __________


「カムイ様! 敵襲です!」

「あぁん? そんな情報どこにも上がって無かったぞ?」

「それが予想外というか、私の『観見』にも予測出来ない相手と言うか……」

 言い淀むフォルネの様子から、カムイは気を引き締める。それ程の相手だと火竜王アマルシアを側の呼ぶと、『千里眼』のリミットスキルを発動させて、敵の詳細の把握を試みた。


「ん? あれは『紅姫』の奴等じゃないか? 何でわざわざ国境方面から来る? 普通に『念話』を送ってくれれば、こちらとしても歓待の準備をするのに」

「そ、それが……何故かあの者達は国境付近の我がシルミル軍を壊滅させた様で……意図がこちらとしても全く読めず、同盟の破棄としか……」

「…………」

 勇者は顎元に手を添えると、思考を巡らす。己にやましい事があればこの場合焦るのだろうが、心当たりが無かったからだ。

 どう考えても、非は彼方にあると思わざる得なかった。


「フォルネ、ヘルデリック! 見る限り彼奴らはレグルスの軍ではなく、冒険者クラン『紅姫』として戦いを挑んでるように思う。こちらに死者は出たか?」

「いえ、死者は0です。代わりに、『女神の歌声』を聞いて洗脳された兵士達が誘導するかの如く、進路へ道を作り出しております!」

「アレはその結果か……」

 まるで不可解な動きで踊りながら、『紅姫』の進行方向へ長蛇の列を紡ぎ続ける自軍を目にして、カムイは深い溜息を吐いた。


「まぁ、良いだろう。死者が出てないと言う事は今回戦争では無く、別の目的があると思える。意図が分からないのならば、宣戦布告を待とうじゃないか」

 玉座に座り直すと、カムイは口元を吊り上げて笑った。同盟を結んでからというもの、『神の器』としてコーネルテリアの神力に耐えるべく修行による研鑽は積んでいたが、若干安寧に飽きていたのだ。


 力を試すべき場が無いと言う事は、人を退屈させる。

 カムイは突然来訪した女神の発言が、どうか楽しませてくれるものであってくれと、内心湧いていた。


 __________


「さて、そろそろかねぇ? みんなも感じたか〜?」

「うん、さっきスキルで視認されたね。どうする旦那様? 『メル級』で一発いっとく?」

「妾のブレスでも良いぞ〜?」

「麒麟様に頼んで『四神招来』でもいっとくか?」

 ビナス、ディーナ、アズラの遠距離攻撃手段を持ち合わせている面子は、レイアの問いに嬉々として応える。


 コヒナタは今回接近する敵の撃破を請け負っていた為、自ら神気の温存を理由に辞退した。

『コクリ』と頷くと、女神は金色の羽を広げ、シルミル王城から目視できる程の位置まで飛んで宣言する。


『あ〜あ〜! 聞こえるかねカムイ君。こちらの要望は唯一つ。俺の可愛いイザヨイが今苦しんでおり、貴様の契約している『時空神コーネルテリア』に時間を巻き戻して頂きたい。勿論、命に関する事象を変えられない事は理解している。その為、こちらもある作戦を考えた。『従え?』こちらの要求は以上である!』

 女神より発せられた要求と、事情を聞いてカムイは瞼を閉じて考え込んだ。


 普通に考えるのならば、同盟を通じて叶う類の事柄だ。何故、わざわざこんな風に敵対する様な真似をする必要があるのか理解出来なかった。

 いけ好かない契約神を差し出せと言うならば、喜んで差し出すだろう。


 ーーうん、戦う必要は無いな。

 ーーいや、戦えし!

 清々しい笑顔を浮かべた勇者へ、第三柱のツッコミが入った。不可解だと首を傾げる男へ神は説得、もとい現実を突きつけるのだ。


「はぁっ? あんな化け物集団相手だぞ? 何でお前如きの為に命を張らなきゃならんのだ!」

「考えろし! あたしが顕現する為には、カムイの身体を使うんだし!」

「それってどういう……ハッ⁉︎ 奴等の狙いってまさか……」

「ユーアー、ザ、デッドだし!」

「俺死ぬの⁉︎ こんな意味の分からん事で、俺、死ぬの⁉︎」

「二回言いたくなる程の君の混乱はあたしにも伝わってるし……でも、それをしてしまうのが十柱全員の力をもってしても封印するのが精一杯の相手、『紅姫レイア』だし……」

 脳内に神の動揺が奔り、カムイは漸く現状の重さを理解したのだ。


 ーー時空神がこの世に顕現する為の『神の器』である自分の境遇。即ち、狙われているのは自分だ、と。


「……全軍招集! あれは同盟国であるレグルスの女王などでは無い! 賊として対処する! 彼方もそのつもりで来ているのだ。流石にこれだけの数の差があれば足止め位は出来る!」

「か、カムイ様……私の権限をもってして、既に我が軍は出陣しているのですが……」

「どうした⁉︎ まさかあいつら兵を殺して同盟を破ったんじゃ無いだろうな! それならそれで好都合だ! 他国にこの事実を伝えて助力を求めれば……」

「いえ、『魅了チャーム』されて跪き、傅いております……」

 カムイが再び『紅姫』の様子を見やると、先程みた兵士達が作った道は、代わる代わる巻かれた花弁による『フラワーロード』を作り出していた。


 レイアだけではなく、『紅姫』メンバーはみんなが手を振りながらその道を歩いている。

 せっせと交代しながら周囲の森より花弁を集めて振りまく兵士達の笑顔は、ーーキラキラと輝いていた。


「お、恐るべし女神……あいつ、やっぱり悪魔だろ……」

「ご安心を! ヘルデリックと愚妹めが精鋭を集めて牽制に参りましたので!」

 フォルネの進言に続いて場内を飛び出したのは、何やら重苦しい表情をした騎士団長ヘルデリックと、自らの実力を試したくてウズウズと身を捩らせるマジェリスの姿だ。だがーー

「ま、マジェリス……ご、御免!」

「ふぇっ?」

 ーー騎士団長から瞬時に振り下ろされた全力の手刀は、姫の頚椎を的確に捉えて気絶させる。


「ご苦労様、ヘルデリック」

「はっ! イザヨイの危機とあればこのヘルデリック、如何なる汚名をも被る所存!」

 女神は跪いた男へ微笑みかけながら、視線を王城へと戻した。右後ろからボソッと作戦完了の報告を受ける。


「敵将兵の懐柔任務完了。これより帰還する」

「ご苦労、良くやった田中タロウ。だが、まだ作戦は終了していない。部下を連れて引き続き敵の動きの警戒に当たれ。何かあればナナの代わりにすぐ報告を」

「御意!」

 漆黒の黒衣、黒髪、(染めさせた)黒目、(お試しコンタクト)、コヒナタ製の鎖鎌を携えた『暗殺者アサシン』は、部下を引き連れた後、一瞬で姿を眩ます。

(あぁ……俺、今最高に輝いてる!)


 元々中二病を煩わせている為、レイアにとって最高に扱いやすい手駒と化していたのだが、本人はそれすら試練と捉え、マッスルインパクト流『生きていられたらいいね。本当に幸せって、生きるって事だよね』レベルの訓練を受けていた。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅ〜! ヘルデリックの阿呆があぁぁぁぁぁぁ〜〜!!」

 カムイは部下の裏切りにより、窮地に立たされている。そんな最中、火竜王アマルシアは提案した。


「逃げてしまえば良いのではないかぇ? わっちが全力で飛べば簡単な事であろうよ!」

「おぉ! 何だかお前が頼もしく見えるぞ!」

「かっはっは! ご褒美は肉で良いのじゃあ〜!」

 人化した幼女、赤竜の類で最上級とも呼べる古竜の提案を受け、カムイに笑みが零れる。脇に抱き抱えると急ぎ城の上階へと登り、脱走を試みるのだがーー

 ーーピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜ッ!!


「い、一体何が⁉︎」

 竜化しようとした幼女へ降り注いだのは、蒼き神気を宿した遠雷、『鳴神ナルカミ』だった。慌てて勇者が上空へ視線を向けると、金色に輝いた幼女コヒナタがザッハールグ改の砲身を下ろして、女神へ敬礼している。


「ご苦労様。これで障害は排除した! さぁ、逃げ場は無いぞ勇者!」

「な、何でだ……一体何でこんな事に……」

 女神レイアによる勇者完全包囲網が敷かれた中、当の本人カムイだけが呆然と混乱の坩堝へ陥っていた。


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