第253話 時をかける幼女 1

 

二丁神銃ロストスフィア』から放たれた自らの神気を感じ取った女神は、『神体転移』を発動して直ぐ様イザヨイの元へ駆けつけた。


 ーーだが、時は既に遅い。

 最初に目にしたのは、意識を閉ざして大地に横たわった娘の姿。


「イザヨイ!」

 首元に右腕を添えて抱き起こすと、驚くほど異常に体温が低い。レイアは一体何があったのか確認する為に周囲を見渡し、『悟り』と『女神の天倫』を発動して、死者の残滓を掬い取る様に情報を集めた。


「ナナ、状況は大体把握した。パノラの街の正確な位置情報を教えて」

「飛びながら教えるからさっさと行くよ! イザヨイを暖めなきゃ!」

「そんな事分かってるよ! ちくしょう!」

 焦る主人格のナナに怒声を発しながら、レイアは『女神の翼』を広げ、全速力で空を翔けた。


(甘かった……甘すぎた……俺の馬鹿野郎!)

 悔しくて、口惜しくて、自責の念は心臓を鷲掴みにされたかの様な苦しみへと変わる。

 自分が哀しみに包まれるなら、泣けばいい。

 何度も、何度も、何度も味わって来た喉元を締め付ける感覚。


(それでも……まだ……)

 ーーだが、今は泣かないと決意する。

 イザヨイの為に出来る事を考え、家族に情けない顔を晒さない為に。


 レイアは十分も経たぬ間にパノラの街の上空に着くと、領主の館の二階の窓を蹴破り中へと突入した。既に住まう者の居ない場所である為、イザヨイの治療には丁度良いとナナから提案されたのだ。


「すぐに治してやるからな!」

 ベッドに運ぶと同時に『女神の腕』を発動すると、幼女の全身を金色の羽根が包む。『完全治癒』なら眼を覚ましてくれるだろうと薄い望みに賭けたのだが、ナナは冷静に現状を言い放った。

 とても今の自分では無理だと、ナビに代わって貰ったうえでだったが。


「マスター、落ち着いて聞いて下さい。何故かは分かりませんが、イザヨイのリミットスキル『夢幻回帰』が発動しかけています。すなわち、生命力が低下しているという事です」

「……薄々気づいてたけど、それ程に深い傷を負ったって事か? いや、多分違うな……心を壊したのか」

「理由は本人にしか分かりませんが、『やり直したい』と願ってしまったのはないでしょうか? この子のスキルはまだ未知数な部分が多過ぎる」

「ナナ、『天使召喚』して良いか?」

「マスターのお望みのままに」

「ありがとう」

 レイアは『天使召喚』を発動すると、青髪の六枚羽根を広げた天使が顕現した。

 ヤンデレナナは普段とは違い、大人しくイザヨイの横へ寝そべると無言のままに娘を胸元へ抱く。


 ーーその姿は『母』そのものだった。


 部屋を出ると女神は階下へと降りる。複数人の気配があるとナナから聞かされた際に、覚えのある人物が混ざっていたからだ。


「久しぶりだね。ツンデレ魔術師」

「何と無く分かってた。きっとレイアが来てるって……変な呼び方しないでよ。今は怒る気分じゃないの」

 腕の中に少女を抱いたピスカは、虚ろな瞳を向けつつ答えた。周囲にはパーティーメンバーと思わしき冒険者と、既に事切れた仲間を思いながら嗚咽を漏らす少年達が泣いている。


 レイアは『女神の天倫』を発動させると、ピスカの真横に佇むセレットの霊魂に語り掛けた。


「娘が世話になったね。可愛がってくれてありがとう。あと……間に合わなくてごめん」

『…………』

 無言のままブンブンと首を横に振るセレットを抱き、最後の言葉を聞く。思わず涙が溢れそうになる程に温かな遺言に、女神は思わず目頭を押さえた。


「うん。ちゃんと伝えるから、もうお逝き?」

 深々と頭を下げると、セレットはそのまま消失する。その光景を後に、呆然と天井を見上げながら放心しているピスカを背後から抱きしめると、耳元へ囁いた。


「来てくれてありがとう。格好良いお姉ちゃんはうちの誇りでした。これからも、困ってる人を助ける素敵なお姉ちゃんであって下さい。ずっと、見てたかったなぁ……さようなら」

 ピスカは一瞬ピクリと動いただけで、動揺もせずに視線だけをレイアへ向けた。


「それ、セレットが言ってたの?」

「あぁ、無事にもう逝ったから最後の遺言だ。受け取れ」

「そう……私はあの子からそんな風に見られていたのね。こんなダメな姉なのにね」

「自分では気付かないもんさ。俺にも心あたりはあるよ。正直、お前はもっと泣き噦ると思ってたけどな」

「何でだろうね? 実感が無いの。レイアと別れてから、必死に勉強して、修行して、碌に家にも帰らずダンジョンに潜ってレベルを上げ続けたのよ。いつかSランク冒険者になったら会いに行って、『どうだ!』って言ってやろうってさ……それだけを考え続けてた……どこで、間違っちゃったんだろうね……妹が死んでも涙すら出ない」


 後頭部を預けて、ひたすら天井を見上げるピスカを抱きながら、レイアは頭を撫で続けた。

 身内の死を厭う気持ちは誰しも同じだと、他人事ではない共感を抱きながら。


(気付いてないなら、このままでいいか)

 先程抱きしめてからずっと、レイアの腕はピスカの涙で濡れている。自分自身が泣いていることに気付けない程に悲しい。哀しいのだ。


「さて、そろそろ時間だ。本当にほんの僅かな可能性だけど、救えたらセレットちゃんも救ってやる。だけど絶対に期待はするな」

「ーーーーエッ⁉︎」

「じゃあな。行ってくる」

 驚きから固まってしまったピスカの頭をポンッと叩き、レイアは立ち上がった。すると、クリアリスとタイラが駆け寄り、訴えながら頭を下げる。


「あの! 俺達への遺言も聞かせて下さい! お願いします!」

「お、お願いします女神様!」

「…………聞く?」

 少年達は、姉であるピスカと同じく『三つ星』のパーティーを組んでいた自分達にも遺された言葉はある筈だと確信をもっていた。

 だが、予想に反して女神は冷徹な視線を向ける。二人はその意味が理解出来ずにいた。軽い溜息を吐くと、言葉を続ける。


「クリアリス、うちが水浴びしてる時にカバンの中を漁ってるの知ってたよ。本当に嫌でした」

「〜〜!」

「タイラ、夜中にテントの中でモゾモゾと動くの、本当に嫌でした」

「ば、バレてる⁉︎」

「二人とも、この件で懲りたらもう冒険者なんか辞めて、商人でも目指した方が良いよ。追って来ないでね? ーーだそうです」

 石像の様に固まった二人を無視して、レイアはそのまま入り口の扉を開いた。


 眼前には勢揃いしたGSランク冒険者パーティーもとい、クラン『紅姫』のメンバーがいる。レグルスでは一定以上の人数を超えたパーティーを、クランと呼ぶ様に元の世界の知識を基に定めた。

 それが噂を呼び、正式にギルドへ認められた形となる。


「さぁ、イザヨイを救う為にやるべき事は、『念話』で伝えたから分かってるよな?」

「「「「「イエッサー!!」」」」」

 ディーナは口元から炎を覗かせる。

 ビナスは溢れる魔力の奔流を天に昇らせた。

 コヒナタはザッハールグを装着し、号令を待つ。

 アリアは『神槍バラードゼルス』の柄を大地へ降ろし、己の気持ちを抑え込むのに必死だ。


 嫁達は怒り狂っている。それは敵にでは無く、『優しく無い世界』に対してだった。可愛い娘が旅をした、ーーそれはいい。


 ーー何故、こんな理不尽と悲しみを与える?

 ーー誰がイザヨイを泣かせ、傷付けた?

 ーー世界なんて漠然なものでは気はすまない。ならば誰にこの感情をぶつければ良い?


 答えは一つだった。

 冒険者達から事の成り行きを聞いた際の説明にあった領主、執事、そして元々『三つ星』に依頼をしたピステア側の人物。


 可愛い娘の為に、『家族』として許す訳にはいかない。

 そして、ーー我を通す為ならば神にでさえ喧嘩を売ろう。


 シルバは野生を解放し、真っ赤な瞳に犬歯を覗かせ唸る。

 アズラは大剣を振るいながら、冷静さを保つ様に努めた。

 チビリーは二刀の小太刀を既に抜き去り、真顔のまま佇んでいる。


「カムイには悪いが、東のシルミルにいる第三柱『時空神コーネルテリア』が目標ターゲットだ。障害は全て排除。娘を救う為に邪魔をする者は殲滅。駄々を捏ねるアホにはビンタ! みんな力を貸してくれ! 既にシルミル内部には田中タロウとギルを中心に潜入工作がなされているし、交渉に応じるならば、それはそれで良し! 従わぬ場合は武力をもって制する!」


『紅姫』メンバーは敬礼しながら瞳をギラつかせる。目的はただ一つ。作戦名『時をかける幼女』がこの瞬間発令されたのだった。

 同時刻、王城でカレーを食べていた勇者カムイと、その腹心達の背筋に悪寒が奔る。


 シルミルにとって、親バカ最強クランによる、前代未聞の災厄が降り掛かろうとしていた。

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