第251話 イザヨイ、泣く、哭く、啼く。

 

 イザヨイがGSランクパーティー『紅姫』の一員だと知っても、『三つ星』のメンバーの中で、セレットだけは態度を変えずに可愛がってくれた。

 お姉ちゃんがいたら、こんな感じかなぁってどっか気恥ずかしくて、ーーでも撫でられた頭が気持ち良くて。


 きっとパパ達は心配してるかなぁ。帰ったら怒られるなら、もう少しこのまま冒険をしていても良いなんて考えてた。


 ーーきっと、これは罰ですの。


 イザヨイが悪い子だから、きっと神様はこんなに非道い事をするんですの。


「殺してやる……」

 自然と口から漏れた言葉。パパが絶対に口にしちゃダメだって指切りした約束。

 ごめんなさいパパ。それでもイザヨイはこの男を許せない。


「絶対に殺してやるーーッ!」


 __________


『二日前に時は遡る』


 盗賊団『牙王キバオウ』を壊滅させ、牢屋に閉じ込めると、パノラの街を目指してEランク冒険者パーティー『三つ星』の一向はミゲン街道を西に進んだ。

 イザヨイは最早実力を隠す必要が無くなった為、ほんの些細な敵意でも敏感に感じ取ると先手を打って魔獣を屠る。


 道中、低レベルの魔獣に対しては丁度良い機会だと提案があり、クリアリス、タイラ、セレットの連携の監修役をお願いされたのだがーー

「こう来たら、こうで、こうですの!」

 ーー元々、超感覚に頼ったイザヨイの戦闘センスを、凡そ常人に理解する事は出来なかった。


 だが、歳相応な幼女の様を見て、三人はどこか安心している。

 名の知れた盗賊団をたった一人で壊滅させ得る程の膂力をの当たりにして、機嫌を損ねれば一体自分達がどんな目にあってしまうのかと、正直少年達は不安だったのだ。


 更には、何故クエストについて来るのか目的も定かでは無かった。

 恐る恐る問うと、あっけらかんとした笑みを向けられる。


「冒険が楽しいからですの!」

「そっか……そうだよな!」

 その言葉を聞いた途端、薄暗い夜道を照らすかの様に同じく笑みを向けた。

(この子だって、俺達と同じ冒険者だ!)


 湧き上がる実感に歓喜しながら、同時に疑問が浮かぶ。


「ねぇ、イザヨイは何でそんなに強くなったの? だって歳はまだ8歳なんでしょう?」

「チッチッ! イザヨイはもうすぐ9歳になりますの! もう坊やとは呼ばせませんの!」

「いや……9歳はまだ子供だろうけど……」

 ちっぱいを張る獣人の幼女を横目に、セレットは柔和な笑みを溢す。


「そうね……私はお姉さんになるんだから、もっとしっかりしなきゃだよね!」

 幼女は告げられた台詞をすぐには理解出来なかった。ふと意識を流した先には、大きく頷く少年達がいる。


「セレットには今度、妹が生まれるんですよ! だから俺達が稼いでお祝いをするって今回のクエストを受けたんです!」

「イザヨイさんがいれば、もうクエストの達成も余裕ですね!」

 クリアリスとタイラが敬礼すると、イザヨイも思わず返礼し自信を持って返す。それは傲慢ではなく、ただこの旅に一切の弱音を漏らす必要が無いと、現実的に判断したからだった。


 育ての親でもある神に造られし四獣、『エルクロス』のメンバーよりも弱い魔獣がいくら襲ってこようが敗北するビジョンは浮かばない。


 レイアの神気を貯めた『二丁神銃ロストスフィア』のカートリッジの予備ストックも『雷大神槌イカズチノオオカミ』のお陰で余裕がある。

 まるで、自らがEランク冒険者パーティー『三つ星』のメンバーになったかの様に、初めての経験を積むにあたり、幼女は充足感を得ていたのだ。


 順調に街道を進み、その日の夜はセレットがピステアで待つ母譲りのブツ切り肉のトマトソース煮を振舞う。皆が笑い、歌い、肩を組んで焚き火を囲った。

(帰ったらこの旅の話をパパやママ達に聞かせれば、きっと許してくれますの!)


 時間が経つにつれ、自らの我が儘から迷惑を掛けている事へ徐々に罪悪感が湧く。聖域を出てオークションにかけられてから、『紅姫』のメンバーとこれ程離れた日は無かった。


 ーーシルバの毛皮が恋しい。

 ーーチビリーで遊びたい。


 イザヨイはセレットの胸元に後頭部を埋めつつ、見上げた星空に想いを馳せた。幼女の潤む目元を見て、『三つ星』のメンバーは心配そうに見つめる。


「大丈夫? パノラのギルドに着いたら、ギルマスにシュバン支部へ連絡して貰うようにお願いするからね」

「……パパ達、きっと怒ってますの。イザヨイ……そのプレートが欲しくて勝手に城を抜け出しちゃいましたの」

 幼女はセレットに獣耳を撫でられながら、悲しげに呟きを漏らす。


「えっ⁉︎ イザヨイさん、冒険者プレート持って無いんすか!」

「マジかよ⁉︎」

 少年達は盗賊団との戦いを思い出し、あり得ないと首元から掛けた己のプレートを見つめた。年齢的にどれだけギルドポイントを貯めようがGランクである事は間違いないが、『持っていない』なんて事にはならない筈だからだ。


 __________



 クリアリスの初クエストは『ペット探し』、タイラはEランクパーティーの、二階層までしかない初歩ダンジョンクエストのポーターだった。

 セレットは元々魔術の素養があった為、Bランク冒険者の姉の推薦もあって直ぐ様登録を許された。


 その際、姉ピスカの『熱血フレイム』に入らないかという提案もあったが、少年達が断固拒否したのだ。


「俺達は、三人で最高のSランク冒険者になるんだ! ピスカ姐のパーティーに入ったんじゃ甘やかされちまうぜ!」

「えっ、そうなの⁉︎ 私は正直お姉ちゃんのパーティーに入りたいよ? 絶対に三人じゃ無理だよ!」

「セレットの馬鹿野郎! 兄貴が言ってるんだ。きっと壮大な冒険譚を既に夢描いているのさ!」

「……うぬ!」

「絶対に嘘だよね? 何も考えて無いよね? 回復薬って凄く高いんだよ、知ってるの?」

 そんなやり取りを眼前で繰り広げる新米冒険者を見つめながら、今はまだ良いかとピスカは自由にさせる事を許した。


 失敗しながら、学べば良い事を自らの経験が語っているからだ。

(……あいつ、元気にしてるかな?) 

 ピスカはアズオッサン、もとい女神との『大地の試練』での事件を思い出す。あれから再編したパーティーは質も上がり、自らのランクも上がっていた。

 妹が15歳になり、成人した事を含めて冒険者の矜持を教えながら待つ事にする。

(この子達が望んだ時に、見習いとして鍛えてあげれば良い)

 それが甘い決断であり、後に思いもよらぬ出来事から女神と再会する羽目になるとは知らぬままに。


__________


 そして現在、『熱血フレイム』のメンバーは全力でピステアの首都カルバンから、パノラの街に向かって馬を走らせていた。

 闇ギルドの討伐任務の際、アジトにあった資料を提出した後に、ギルマスから『聖女の嘆き』の密売に自らの妹が関わっているとの情報を得たのだ。

 騙されているのは勿論わかっており、ギルド側に出された依頼も内容が改変されたものだった。


「みんなお願い! キツイだろうけど頑張って!」

「セレットちゃんとあの生意気な坊主達が巻き込まれてんだろ? 気にせず飛ばせよ姉御!」

「うん! 間に合って……」


 ピスカの額から汗が滴る。『聖女の嘆き』は最悪のアイテムであると同時に忌避すべき逸話があった。

 ーー『関わった者は、呪いをかけた相手だけでは無く自らも不幸に陥る』


 焦燥感に苛まれながら、姉は妹を想い駆ける。

 間に合うと思っていた。

 時間的に余裕は充分にあった。

 未熟な冒険者が、障害を乗り越えながらパノラの街に辿り着く時間をしっかりと計算していた。


 それでもピスカにとって不運であったのは、その答えの中に『イザヨイ』というイレギュラーが含まれていなかった事だ。

 パーティーの中に強者が一人混じればその進行速度は変わる。ただの強者であれば、その誤差は微々たるものだが、『規格外』が一人混じれば意味合いは違った。


 遅れた『熱血フレイム』のメンバー、そしてリーダーのピスカが領主の館に乗り込み、大広間で最初に目にした光景は、ーー見知らぬ幼女の腕の中で静かに事切れた妹の姿。


 セレットの胸元に突き刺された短剣。

 ダラリと垂れた亜麻色の三つ編みを、静かに手で掬う獣人の幼女。

 両隣りには同じく背中に重傷を負いながらも、意識を保ったクリアリスとタイラが拳から血を滲ませて泣いている。


「間に合わなかった……?」

 ピスカからポツリと漏れた呟きを耳にした瞬間、その場にいた者達は一瞬で地面にへたり込んだ。熱血フレイムの『索敵』を任されたシーフは先んじて気絶する。


 ーー食われる。

 ーー殺される。

 感じたのは圧倒的な捕食者を前に、自らが餌となった感覚。

 だが、ピスカは精神力で耐えていた。これはかつて経験した『悪食アクジキメルゼス』と『女神レイア』の戦いを前にした事が起因する。


「どいて! ディヒール!」

 身体を圧すプレッシャーを放つ幼女を右手で無理矢理どかすと、冷たくなる妹へ涙を堪えながら、覚えたての上級治癒魔術をかけた。


 だが、遅い。

 ほんの数分だろうが、遅い。

 生きていれば回復魔術はその対象に効果を施すが、死しては意味が無いのだ。


 ピスカは腕の中で眠りについた妹をそっと床へ下ろした。どうしてこんな事になったのかなど、どうでもいい。セレットが冒険者を志した時から覚悟はあった。

 それでも、怒り、悲しむ。

 喉元をせせり上がり吐きそうになる感覚と、早すぎる心臓の鼓動が破裂しそうになる。


「ごめん……ピスカさん……セレットが……」

「俺達、何も出来なくて……領主の奴、食事に毒を混ぜてて……」

 倒れる少年達の掠れる声が耳元に届くと、ピスカは経験から大体の事情は理解出来た。解毒をさせまいと魔術師を先に潰したのだろう、と。

 そして、視線は自然と見知らぬ獣人の幼女に向かう。

 未だに自分以外のこの大広間にいる者は腰を抜かし、瞼を閉じて動かない小さな存在を恐れている。

(昔の私だったら、耐えられて無いかもね)


「ごめんね、本当なら貴女を止めるべきなのは分かってる。でも、でもね……私には……無理だ。そんなに強くはなれないんだ……ごめんね……」

 ピスカは本能的に、この幼女の抱いている感情を理解していた。


 ーー止めるべきであり、留めるべきであり、この場から本来動かねばならないのは自分なのだと分かってる。

 それでも身体には力が入らなかった。肉親を失った悲しみだけがじわりじわりと脳内を侵食する。それでも怒りと憎悪の感情は制御コントロール出来ない。


 ダメだと思っていても、もう、止められなかった。


「お願い……セレットの仇を……」

 決して言ってはならない台詞。背負わせてはならない深い業。ピスカはこの時、漸く妹の死を受け止め涙を零した。


「う、う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜ッ!!」

 イザヨイの絶叫とも呼べる甲高い痛哭が大広間に響く。開くことのない瞼の隙間から滝の様に溢れる涙。


 ーー泣く。

 ーー哭く。

 ーー啼く。


 そして、囁く様にか弱く落とされた一言に、その場にいた皆は背筋を凍らせた。


「殺してやる……」

 暫しの間を置いて、獣人の幼女は天に吠える。


「絶対に殺してやるーーッ!!」

『限界突破』のリミットスキルが発現し、イザヨイは『敵』を殺す為に『二丁神銃ロストスフィア』を抜いたのだった……


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