第250話 イザヨイ、盗賊団を殲滅する。

 

「いでよ! 『雷大神槌イカズチノオオカミ』ですの!」

 イザヨイは腰元から警棒に似た形状の短い棒を取り出すと、両手で握り胸元へ添えた。盗賊達は一斉に武器を抜き去るが、中には笑いを堪えている者もいる。


 絵面的に、まるでお遊戯にしか見えなかったからだ。


「そんな短い棒で俺達と戦うつもりか? 何で背中の銃を使わねぇんだよ。舐めてんのか?」

 見下されているかの様な気分を味わい、ギザンは額に青筋を浮かべながら怒りに震えた。だが、その表情は次の瞬間に一変する。


「ポチっとな!」

 ーーカシャッ、ガシャンガシャン!!

「はあっ⁉︎ な、何だそりゃあ……」

 獣人の幼女が『ここを押して下さい』、と言わんばかりの赤いボタンを押した途端、身体に似つかわしく無い巨大なハンマーへと武器は変形を遂げたのだ。

 パーティーカラーである『紅』に黒き雷の刻印が刻まれており、柄を地面に落とすとイザヨイの背丈より頭一つ大きい大槌が煌めきを放った。


 どういう仕組みなのか一切理解出来ない盗賊達は、顎が外れそうな程に大きく口を開き、その場に固まっている。


「さぁ、悪者は殲滅あるのみですの! 命乞いをするなら今のうちだぜ、ですの!」

 アズラから教わった『盗賊を狩る時に言ったらカッコいい台詞集』より抜粋し、幼女は無い胸を張った。


 クリアリスとタイラは愕然としつつも、未だに眼前の幼女の実力を信じきれず、どこか勇者ゴッコをしていた幼き自分と重ね合わせている。


「タイラ、いざとなったら身体を張ってでもあの子を守るぞ!」

「うん! ただあの武器やべぇ……超カッケーー!」

「だな。俺達にも作って貰えないか土下座をしてでも交渉しよう!」

「あれが変形ってやつだよ! 俺ギルドで最近噂になってるの聞いたもん!」

 真剣な瞳はいつの間にかキラキラと羨望の眼差しへと変わっていた。レイアの『中二病心を擽ぐるロマン武器シリーズ』の出来栄えは天才コヒナタにより完璧だ。


 この異世界に置いてもそれは揺るぎない。だが、主に子供かエルフに限る。


 そして、見た目以上に『雷大神槌イカズチノオオカミ』は特殊な能力を秘めていた。


 イザヨイが一歩足を踏み出すと、振れるのかも疑問に思える大槌を肩に担ぐ。見た目以上に軽いのだと盗賊達が自分に言い聞かせる中、首領のギザンだけが滝の様に汗を流していた。

(化け物め……)


 眼前の幼女が纏う気を、『強者』であるが故に感じ取ってしまったのだ。かつてAランク冒険者として名を馳せた男は、金の為に今の立場へ身を窶した。

 内蔵が衰え続ける難病を患わせた息子を治療し続ける為には、冒険者の稼ぎだけでは足りないと誇りを捨て去る選択をする。


 それでも鍛錬は続けた。

 己の腕を磨き、研鑽を続けた。

 レベルは漸く40に達し、いつかSランクに上がれれば、冒険者として活躍しながら息子を治す事の出来る治療薬を発見出来るかも知れないと希望を抱いた頃だ。


 しかし、その全てを無に帰す程の圧力を小さき獣人の幼女が発している。


「野郎共、殺す気でかかれ! でなきゃ死ぬぞ!」

「「「あいあいさぁっ!!」」」

 認めたくない。

 認められない。

 それでも必死の形相を浮かべる首領の叫びを受けて、盗賊達は一斉に飛びかかった。


「ふっ! みとめたくないものだな〜、えっと若さゆえのあやまち〜ですの? パパなんて言ってたっけ?」

 イザヨイは決めポーズをとるが、肝心の台詞を忘れてしまい首を傾げている。上段から斧や長剣が振り下ろされ、筋肉を隆起させた男達が迫る中、満面の笑みを返す。


「肉壁どーんっ!」

 ーーピコピコッ! ピコッ! ピコピコンッ!!

 一瞬で七人の男達の頬が叩かれた際、厳つい見た目と裏腹に大槌からは可愛らしい音が鳴った。衝撃を緩和する、ーーほぼゼロにする仕組みの代わりに、槌自体の重さは敢えて増している。

 これはイザヨイのステータスを封じ、尚且つ敵へのダメージを軽減する役割を果たしていた。


「ぎゃあああああああああああああああああ〜〜ッ!!」

 そして、ここからがコヒナタとビナスの真骨頂である。物理ダメージを皆無にする代わりに、打撃を受けた敵へ最上級魔術『メル』の雷魔術が発動する様に細工を施したのだ。


 上級魔術の『シン』で良いのでは無いかというレイアの進言に対して、ドワーフの巫女と元魔王の二人は頷いた後、隠れて威力を増すように調整をする。

イザヨイに仇なす敵は殲滅あるのみ』

 唯一つ、嫁達の過保護の想いに支えられて完成した武器は、女神の思惑を離れてロマン武器では済まないレベルの殺傷力を秘めていた。

 叩かれたのに痛く無いと不思議に思った直後、記憶を無くしかねない程の雷撃が身体の芯を迸るのだ。


 イザヨイがこの武器を試したのはアズラとチビリーのみ。

 赤髪の魔王は、見事なリアクションを取りながらアフロになって生き残った。

 ドMの変態ペットは失禁しながらも、恍惚の笑みを浮かべて催促した。


 だからこその思い違い、幼女はいくら叩いても平気なのだと『雷大神槌イカズチノオオカミ』を振り回す。

 二メートルを超える男が振り下ろした巨斧を左手で逸らし、右手で叩く。

 ーーピコッ!

 職業剣士崩れの青年から横薙ぎされた長剣の刃を足蹴にし、額を叩く。

 ーーピコッ!

 放たれた矢を掴み取って放ると、瞬時に背後へ回り弓兵の後頭部を叩く。

 ーーピコッ!

 魔術師の女が放った『フレイムウォール』を一歩前に出るだけで避け、胸部を叩く。

 ーーピコンッ!


「「「「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜ッ!!!!」」」」

「もう! 煩いですの!」

 耳元を塞ぎながらも幼女は止まらない。右から左から迫り来る賊を、ピコピコと音を立てながら楽しそうに蹴散らしていく。

 時に姿を消し、時に圧倒的な膂力で怪力を誇る男の拳を潰し、速度の速い対象の足指を粉砕し、只管にピコピコハンマー改を叩きつけた。


 ーー遊んでいるかの様に嬉々として笑いながら。


 十分も経たない内に焦げた匂いが充満するアジトにおいて、動ける者は『三つ星』のメンバーと首領のギザンのみとなった。


「化け物め。なんで、なんで俺の邪魔をするんだぁーー!」

 元Aランク冒険者が突き出した短剣を、イザヨイは軽々と避けて一言だけ告げる。


「遅過ぎてアクビが出ちゃいそうですの。これはパパが言ってみたいカッコいい台詞集からばっすい? ですの〜!」

 幼女は頬を掠るか否かという距離で身を潜り込ませ、ギザンの額へカウンターを打ち下ろした。


「ち……くしょ……お」

 プライドからか、みっともない叫びを上げる事もなく首領はその場に崩れ落ちる。イザヨイは満足気に無い胸を張ると、『三つ星』のクリアリスとタイラへピースサインを向けたのだがーー

「「ブクブクブク…………」」

 ーー驚愕し過ぎて、泡を吹きながら気絶していた。


「ハッ! お肉の焼けた匂いがする! ご飯なの⁉︎」

 そんな中、今まで眠りこけていたセレットが突然瞼を開き、拘束されたまま涎をダラダラと流しながら瞳を輝かせている。


「きっと、食べても美味しく無いんですの……」

 若干呆れた視線を向けながら、イザヨイは大槌を元の棒へと戻すボタンを押して腰元へ仕舞った。頑張ったのに誰も褒めてくれないと、遠い目をしながら『紅姫』のメンバーへ思いを馳せる。


 暫くして目を覚ました『三つ星』の三人と協力し、牢に閉じ込められていた奴隷候補達を逃すとその場を後にした。


「い、イザヨイさん! さっきの動き見えなかったっす!」

「あの武器、自分達にも作って貰えないっすか⁉︎」

「う〜ん。帰ったらコヒナタママに聞いてみるですの!」

「……何があったの?」

 新しい子分を増やして目的地のパノラへ向かう中、イザヨイは心から冒険を楽しんでいたのだ。

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