第249話 イザヨイ、アジトへ運ばれる。
深夜、新米冒険者『三つ星』は静かな寝息を立て始めた。イザヨイは周囲を囲む気配を察知しながらも、眠気に勝てず真っ先にテントの中で眠ってしまっている。
見張りとして焚き火の番をするタイラを除く二名は、交代の時間まで仮眠を取っており、月明かりも射さぬ真夜中、ーー邪なる者達は静かに動き始めたのだった。
__________
「ふああああああ〜〜っ! 早く交代の時間にならないかな……眠くて集中出来ない」
ーーカサッ!
「ん? 今何か動いたかな? どうせ動物か何かだろうけど、捕まえれば朝飯が豪華になるぞ」
丁度平原と森の入り口付近で野営をしていた為、小動物が怯えて逃げる姿が散見された。
タイラは銅の剣を抜き去ると、ゆっくりと音のした方向の茂みに向かい顔を覗かせる。
「キュウゥンッ!」
そこには野生のジビットが隙を晒しており、少年は明日の朝食を思い浮かべながら、ゴクリと喉を鳴らした。
(動くなよぉ〜〜っ!)
こちらに見向きもしないジビットへ背後から近付き、剣を振り上げると同時に、ーー「はい、ご苦労さん!」見知らぬ声が聞こえて、タイラは口元を塞がれると一瞬で拘束される。
腕を背方向に捻られ、痛みに呻く間も無く猿轡を咬まされた。
「ンムゥゥゥッ⁉︎」
「楽々一匹ゲットだな。囮用のジビットにも気付かねーんじゃ、こりゃあ楽な仕事になりそうだぜ」
身なりから盗賊だという事は理解出来た。問題はこの事態を仲間達に伝える術がない事だ。
タイラの額にジワリと汗が滲み、最早思い切り暴れるしかないと身体に力を込めるが、抑え込まれている手足はビクともしない。
「元気のいい子供は嫌いじゃねぇけど、やめとけ。抵抗すれば命の保証は出来ねぇぞ。お頭から命は奪うなって言われてる事を幸運に思うんだな」
筋肉を隆起させた盗賊の一人が少年の耳元で呟く。
ーー『もう一度暴れれば、殺される』
暗にそう警告しているのだと分かると、タイラは脱力して地面に項垂れた。
「さて、本命はテントか。行くぞ」
盗賊達は一人足りとも逃走させまいと円形の陣を組み、徐々にその幅を狭める様にテントを囲む。気配を押し殺したまま入り口の隙間から中を覗き込むと、ぐっすりと熟睡している様が見てとれた。
仲間に合図を送ると、直ぐ様中へ突入して寝ている少年少女と獣人の幼女を拘束し、縄で縛る。真っ先に目を覚ましたのはリーダーのクリアリスで、セレットとイザヨイはまだ気持ちよく夢の中にいた。
「な、何だお前達⁉︎」
「騒いでも無駄だ。お前の仲間は既に捕らえている。大人しくしないとどうなるかーー分かるな?」
「…………」
リーダーはタイラの事を言っているのだと瞬時に理解すると、無言のまま頷いて返事をする。自らも腕を縛られており、チラリと真横へ視線を向けると、気持ち良さそうに眠りこけている女性陣を見て尚更観念した。
「降参するから、命だけは見逃してくれ。あと、あまり金は持ってない……」
「いい判断だ。お頭の元へ連れて行くからそこで話をしろ。先にお前達が依頼されたブツを寄越せ」
「その革袋の中に入ってる。そうか何で俺達みたいな新米を襲うのか謎だったけど、目的はそっちか」
「頭が良いのは良い事だが、余計な詮索はオススメしねぇぞ? 盗賊が長生きするコツだ」
『牙王』の副長を務める男は軽口の中に、脅しと殺気を含めている。クリアリスは必死で虚勢を張ったが、内心は怯えている事が容易に感じ取られた。
「おい! アジトへ運ぶぞ!」
外に控えていた仲間へ合図を送ると、手足を拘束されたままセレットとイザヨイは担がれ、クリアリスは上半身を縄で巻かれて歩かされる。
「それにしても、もう気配すら隠してねぇのに、このお嬢ちゃん達全然起きねぇな」
「…………」
(セレットは朝飯の匂いがしないと絶対に起きないんだよ……)
敢えて教える事はあるまいとクリアリスは口を噤んだが、どこか哀しげ視線を落とした。巻き込んでしまった幼女の事が気掛かりだったのだ。
何とかイザヨイだけでも逃して貰えるように交渉しようと必死で頭を働かせるが、盗賊相手に差し出せる物を持ち合わせていない為、絶望的だと青褪める。
松明の明かりだけが闇夜の道を照らす中、タイラと視線を交わせ、一緒にセレットとイザヨイの姿を探していると、突然盗賊達がざわつき始める。
「見てみろ、この獣人の子供の装備……」
「あぁ、装飾の宝石が本物なら一体純金貨何百枚になるんだ」
「ただの貴族のお嬢様が持てる装備じゃねぇ。お前達、不用意に触るなよ? 本人しか使えないトラップが仕掛けられてる事もあるからな。まずは話を聞いてからだ」
イザヨイの背中に取り付けられたホルダーから覗いた『
『分不相応な宝に手を出そうとすれば、痛いしっぺ返しにあうぞ』
常日頃、首領であるギザンに言い聞かされている言葉だ。『牙王』の者達は冒険者崩れも多く、この教えを破って死んだ馬鹿を何人も見てきた。
言葉通り寝た子を起こさぬ様にアジトへと慎重に歩を進め、副長はクリアリスとタイラの元へ向かう。
「お前達、あの獣人の娘は一体何者だ? 知ってる事を全部吐け」
「えっと……何て言ったらいいか……」
クリアリスは額に汗を掻きながら、どう説明したら良いか真剣に困った。隠さなければならない程の事では無いと思ったが、言葉に詰まる。
(空から降って来ましたって素直に言って信じてくれるのかな……)
正直に言った方が、隠し立てしている様にしか誤解されかねない。猿轡されたタイラに助けを求める様に視線を流すと、何故かウンウンと頷いているだけで頼りにならなかった。
「えっと……お前達のお頭の前で話す……」
「依頼に関係する要人ってとこか、いいだろう」
思い詰めた顔から勝手に勘違いしてくれた事に胸を撫で下ろすが、問題を先延ばしにしただけで解決には至っていなかった。
(本当にどうしよう……)
唯一の救いは、本人が起きてくれれば自ら説明してくれる可能性がある。何故盗賊達がイザヨイを気にするのか分からなかったが、何か交渉のきっかけになればと賭ける事にした。
__________
暫くすると、『三つ星』のメンバーは用心の為に目隠しをされ、縄を引かれる。冷んやりと肌で感じる温度が下がった事から、洞窟内を進んでいるのだと分かった。
「目隠しと猿轡を外してやれ」
低い声で命令すると、突如視界が明るくなる。一瞬瞼を閉じて、ゆっくりと薄目を開いた先には、椅子に腰掛けた首領ギザンがいた。
他の盗賊達とは一線を画す装備を見て、クリアリスとタイラは一瞬で実力差を理解させられる。少なくともBランク冒険者以上の力量を持ち合わせているだろうと感じ取れた。
「よう、随分と大人しいじゃねぇか。俺はここら辺を縄張りにしてる盗賊団『
「……冒険者パーティー『三つ星』のリーダー、クリアリスです」
「同じく子分のタイラです」
萎縮してしまっている少年達を愉快に眺めながら、ギザンは質問を続けた。
「そこに寝てるのは仲間だろ。何でこの状況で起きないんだ? 眠り茸でも食ったのか?」
「セレットは一度眠るとご飯の匂いがしない限り起きないんです……」
「ふむ、嘘はついて無いな。好都合だからこのまま寝かせておけ。それより問題はそっちの獣人の幼女か、連れて来い」
ギザンは気持ち良さそうに涎を垂らしながら眠り続けているイザヨイを眼下に置くと、背中のホルダーから覗いた銃身を凝視する。
明らかに意匠を巡らせた逸品であり、宝石も偽物では無いと鑑定眼から判断すると深い溜息を吐いた。
「おい……クリアリスだっけか? このお嬢ちゃんの名前は何て言うんだ?」
「『紅姫』イザヨイです」
「ーーーーッ⁉︎」
突然目を見開いたお頭の様子から、盗賊達の喧騒が場に広がる。ギザンは手を翳すと部下を制止し、顎をなぞりながら呟いた。
「試してみるか……」
スヤスヤと眠りこけている愛らしい幼女が、名前から察した推測通りの存在だとするならば、『殺気』に反応しない筈が無い。
ギザンは腰元からアダマンチウム製の短剣を抜くと、喉元を狙い構えて、青い闘気と殺気を同時に放った。
「ぬううううう〜〜っ!」
「やっぱり反応するかよ」
殺気を感じ取った瞬間にイザヨイは瞼を開き、獣耳と尻尾を逆立てて威嚇する。ギザンは思わず一歩後退ると、仲間に戦闘準備の合図を送り、身構えた。
ーーブチブチッ!
「隠れん坊はお終いですの?」
「おはよう、GSランク冒険者『紅姫』のお嬢ちゃん」
「「えぇっ⁉︎」」
手足を縛っていた縄をまるで細い紐の様に引き千切ると、イザヨイは衣服についた土埃を払い、クリアリスに話し掛ける。
だが、当の本人はギザンの告げた幼女の正体を聞いて、腰を抜かしていた。
冒険者であれば、Gランクの子供でも知っている程有名なパーティー『紅姫』、それがこんなちびっ子であるとは信じられなかったのだ。
「さて、分不相応どころか虎の尾を踏んじまったみたいだが、唯じゃやられねぇぞ?」
「おじさん達は悪者ですの?」
「あぁ、見れば分かるだろ?」
「イザヨイは目が見えませんの」
盗賊達の殺気が徐々に膨れ上がる中、イザヨイは親達の言いつけを思い出していた。
__________
「イザヨイちゃん、今日はコヒナタママから『コレ』をあげます。『
「はーい! コヒナタママとお揃いですの!」
「うふふっ! これはビナスママにも手伝って貰った特殊仕様になってまして、悪者退治にぴったりなんですよ」
隣では
(アリだな。うん、これはとても良いものだ)
「アズラやカムイを叩いても良いですの?」
「うーん……あの二人なら許可しましょう!」
「おいおい、ロストスフィア程では無いにしろ手加減はしてやれよ?」
微笑ましい光景の中で繰り広げられている会話の最中、二名の男達の背筋に悪寒が奔る。手渡された新しい武器を嬉しそうに振り回しながら、幼女ははしゃいでいた。
「普段は棒状のまま、腰元にぶら下げられる様になってますからね」
「ブンブンしますの!」
レイアが考案したイザヨイの新しい武器は、『本人の護身』では無く、『相手の命を守る』為の工夫が成されている。
使用するべき条件は揃っていたのだ。ーー盗賊団『牙王』と幼女の戦闘が始まる。
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