第248話 イザヨイ、冒険者と盗賊を学ぶ。

 

「オッホン! 初めましてだ子供! 俺様がEランク冒険者パーティー『三つ星』のリーダー、クリアリスだ!」

「そして俺は第一の子分! タイラだ!」

「ちょっと魔術が使えるからって、無理矢理勧誘されて冒険者にされたセレットです……」

 平原の隅っこで焚き火を起こしながら、目覚めたリーダーを中心に自己紹介されたイザヨイは、丁寧にお辞儀をして応える。


「紅姫イザヨイですの。宜しくお願いします、ですの」

「うんうん、ちびっ子にしては随分と礼儀がなってるな! なんで空から降って来たかはさておき、もう安心していいぞ! 俺様がしっかりとカルバンへ帰してやるからな!」

「このミゲン街道の先にはパノラって町がある。何とそこの領主様へに荷物を届けるのが今回の依頼だ! それが終わったら首都カルバンへ戻るんだ。帰りは馬車だから楽だぞ〜!」

「あぁ、しかもこんな小箱を運ぶだけで一人金貨五枚だぜ? きっと俺達の活躍を聞きつけた何処かの貴族様が依頼して下さったんだ!」

「リーダーもタイラも油断しないでよね? 魔獣や盗賊がいつ襲って来るか分からないんだから!」

 注意を施すセレットを他所に、少年二人は呑気にあぐらをかいていた。その様子を感じ取りながらも黙っていた幼女へ、もしやと疑問が投げ掛けられる。


「ねぇ、イザヨイって、もしかして目が見えないの?」

「はぁ〜? そんな訳ないだろ? さっきも薪を運ぶのとか手伝ってくれたじゃねぇか!」

「そうだそうだ! 目が見えないのにあんな風に動ける筈がないだろバーカ!」

 少女の慎重な様子を馬鹿にするかの様に、少年達は呆れた様相を浮かべて笑った。だが、その直後に告げられた台詞に固まる。


「えぇ、確かにイザヨイは目が見えないですの。でも、今まで困った事は無いですの」

 ずっと瞼を閉じたままの姿にまさかと思い発言したが、セレットはその答えに驚愕した。目が見えなくて困っていない、確かにその通りだと思わせる程の身のこなし、そして雰囲気。


 仲間達が気付かないのも無理は無い。自分ですら未だに信じられずにいるのだから。


「嘘だろ。だってお前さっき、セレットが落とした小袋を拾って手渡してたじゃん!」

「イザヨイは何て言うか、目が見えないの代わりに鼻や耳が良いんですの。だから、パパが言うには空間をはあく? 出来るんだそうですの」

「けっ! それなら試してやるよ!」

 クリアリスは納得出来ず、荷物から傷口を止血する用の包帯を取り出し、イザヨイの瞼をグルグル薪にして塞いだ。

 常人ならこれで視界は奪われ、暗闇に閉ざされるだろう、と。


「この状態で俺様を見つける事が出来たら、さっきの話は信じてやるよ!」

「リーダーってば、あったまいい! 流石っすよ!」

「やめなさいよ! 小さい子相手に大人気ない!」

 お姉さん風を吹かせてセレットが窘めた一瞬の間に、信じられない出来事が起こる。


 今まで目の前で焚き火を囲っていた幼女の姿が無い。三人の視界から完全に消失した存在は、クリアリスの背後にゆっくりと座り込み、ゲームを楽しみながらウズウズしていた。

 気付かれるかどうかという薄皮一枚の感覚で、背中の服を何度も何度も何度も爪でなぞる。


 破かぬ様に、気付かれぬ様に、悟られぬ様に、そして、ーーゲームの終わりとして見つけて貰うまで。


 だが、気配を完全に殺したイザヨイを見つける力量を持たぬ三人からすれば、幽霊の如く突然消えたとしか思えなかった。

「きゃ、きゃあああああああああああああああっ!」

「うわああああああああああああああああああっ!」

「うるさいですのおおおおおおおおおおおおおっ!」

「「「へっ⁉︎」」」

 余りの恐怖から叫び声をあげた駆け出し冒険者の視線の先には、獣耳を抑えて涙目の幼女がいた。ホッと安堵すると同時に、今の出来事を不可思議に思い、問う。


「お前、今……何で消えたんだ?」

「あぁ、俺達しっかりと見てたぞ? なのにいなくなった……」

「うちも、もしかして幽霊だったのかって……怖かった」

 怯えた様相を取り繕うかの様に、イザヨイは嘘を吐いた。

(きっとこれがママ達の言ってた、パパがやり過ぎてよくビックリされるって事ですの)


「イザヨイは特殊なアイテムを持ってて、少しだけ姿が消せますの! 驚かせてごめんなさい、ですの!」

 頭を下げながら謝ると、三人はホッと胸を撫で下ろした。


「流石貴族の娘さんだな。そんなレアアイテムまで持ってるなんて、正直羨ましいぜ」

「もしかしたらそのアイテムが原因で、親元から離れたのかもしれないわね」

 クリアリスに続いてセレットが発した台詞に、イザヨイは言葉を詰まらせる。正直、何で実力を隠さなければいけないのかも、演技しなければならないかも親達の受け売りでよく分かっていなかったからだ。

(でもこれをやり遂げたら、きっとパパに褒めて貰えますの!)


 たった一つだけハッキリしている事は、頑張ればレイアが褒めてくれるだろうという想い一つ。

 その為に幼女はその姿のまま演技を続けた。ここで親達が後に知る予想外の出来事が起こる。


「イザヨイ……何か変ですの? 目が見えなかったら友達になってくれないんですの?」

 ーーズキュゥゥゥゥゥゥンッ!

 ポタポタと地面に涙を滴らせるか弱い獣人の幼女を見て、少年少女は胸を撃ち抜かれた。

 この子を守らねばならない、そんな使命感が胸の内に沸き起こる。


「大丈夫! 絶対にうち達が守ってあげるからね!」

「お、おう! しょうがねぇから、俺様の子分第三号にしてやるぞ! 親分は絶対に子分を見捨て無いんだぜ!」

「流石リーダー! 俺もしょうがねぇから後輩として守ってやる!」

 顔を伏せ、泣き真似を続けながら幼女はペロリと舌を覗かせる。

(こんな時は、アリアママがこうすれば良いってましたの……)


 だがその直後、悪女たる一歩を着々と踏みしめたイザヨイと、『三つ星』の元へ真の『悪意』が襲った。


 __________


「なぁ〜? あれが『例の依頼』を受けてる標的ってマジか?」

「んだんだ! 多分親びんの目を盗む為のぎそうこうさく? ってやつなんだな!」

「お前の鼻が言うなら間違いねぇか……多分あの小僧達も騙されて依頼を受けてんだろうなぁ……不憫だなぁ……」

「んでどうするだ? すでにみんなは配置についてるだよ!」

「ばぁかっ! 俺達は盗賊団『牙王キバオウ』だぜ? 標的がガキだろうが関係ねぇよ。ただ、貴族に売る女達と一緒にすんのは禁じる。運が良ければ奴隷に落とされようが、商売人や普通の金持ちに身売りされて貰えんだろ。進んで娼婦に陥らせる事はねーさ」

「お、親びん! 味見はしていいんかい?」

「だからそれをさせねー為に分けろって言ってんだ。ガキ相手に欲情してんじゃねぇぞ!」

「はぁい!」

 盗賊団と闇ギルド、それは冒険者にとって天敵とも呼べる存在だった。だが、普通ならば身なりで判断し、Eランク冒険者などを狙いはしない。

 何故なら金にもならない殺生は『無駄』だと判断するからだ。命の取り合いをする以上、自らにもリスクがある。


 ーー『たまたま』掲げた剣の刃先が心臓を貫く。

 ーー『たまたま』振り回した槍の穂先が喉を裂く。

 襲う側に決してリスクがない訳では無く、想定していても起こり得る事だった。


 金と命を計りにかけた際に、吊り合わないと判断すれば決して動く事は無い。だが、視線の先にいた冒険者達はそうもいかなかった。

 見逃す訳にはいかない『絶対的なる価値』があったのだ。


「俺達や闇ギルドの裏をかいたつもりで、あんなガキ共に『聖女の嘆き』の密売をさせるなんざ、貴族も腐ってやがるな」

「臭う、臭うんだなぁ〜!」

 特殊な嗅覚を身に付けさせる為の訓練を受けた部下へ、溜息を吐きながら牙王の首領ギザンは号令を発する。


「絶対に殺さないでアジトへ運べ。行け! 野郎共!」

「「「あいあいさ〜!」」」

 茂みに身を隠す者達は、まるで獲物を狩る狩人ハンターの様に身を屈め、忍び寄る隙を伺っている。狙うべきは駆け出し冒険者が見張りを置いて寝静まる頃だ。だが、そんな中一人だけ全ての事態を把握しつつも、不思議に思っている存在がいる。

(みんなは何であんなにいっぱい人がいるのに気づかないんですの? もしかしたら……そうか! 隠れん坊ですの!)

 ただ一人勘違いしながら、遊戯ゲームだと勘違いした幼女は、後に泣き喚くことになる。


 レイアが懸念した『優しくない世界』を知るにはまだ早く、幼すぎたのだ。

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