第247話 イザヨイ、冒険者の国ピステアに降り立つ。

 

 もうすぐイザヨイの九歳の誕生日を迎える頃、レイアは頭を悩ませていた。

 いつもの様に庭先で遊んでいたと思ったら、ボロボロに倒されたチビリーから冒険者プレートを奪って来たのだ。


「パパ〜! イザヨイもこの四角いのが欲しいですの!」

「いや、それはもう少し大人になったら貰えるから、今は我慢するんだよ〜?」

 父として優しく窘めれば落ち着くだろうと思ったが、自分一人がプレートを持っていない事が気になったらしく、幼女は駄々を捏ね始める。


「いやいやいやいやいやですの〜〜!!」

(な、なんと! これが噂のイヤイヤ期というやつか?)

 見当違いな予想をする駄女神を無視して、幼女は尻尾を逆立てると部屋から飛び出した。ナビナナに索敵させながら、暫くすれば落ち着くだろうと様子を見る事にする。


「ナナ、何か変化があったら教えてくれ」

「マスター、一体どうして冒険者登録をさせて上げないのですか?」

「意地悪とか心配して言ってるんじゃないんだよ。最近、各所からイザヨイが二丁神銃ロストスフィアで物を壊していると苦情が入っているんだ」

 ナビナナから主人格に切り替わると、ドS天使の擁護が始まる。


「良いじゃん別に! 私達の子供なんだから、元気な位が丁度良いよ!」

「確かにその気持ちには同意する。だけどね……弁償額が……その……」

「ごめん……言わなくてもリンクで分かったよ。中々の額だね……」

 女王とはいえ、身内が壊したものの弁償代は私財から払う事になるとミナリスから聞かされた時、ついでに提示された金額を見て、レイアはムンクの叫びを上げた。


「マスター、それなら尚更冒険者資格を取らせて、魔獣退治で発散させたら?」

「馬鹿言え、きっとイザヨイがクエストに行くなんて事になったら『紅姫』総出で動き出すだろ? 陰から見守っても『超感覚』で見つかるしな」

「それもそっか。色々ちゃんと考えてるんだねぇ?」

「とりあえずの最善策としては現状の維持と、これ以上イザヨイに物を壊させない事!」

 だが、ウンウンと頷きながら腕を組んでいたその時、急遽ナナが慌て始める。


「あっ! またられた!」

「おいおい、本当に我が子ながら末恐ろしいな」

 隠れん坊で遊び続けている内に、イザヨイはレイアの『霞』とチビリーの『分身』を覚えており、自分の『超感覚』との合わせ技で、ナナの索敵とロックを外す程の隠密性を誇っていた。


 本人は至って無自覚だが、そんな事を出来る者が『自分以外に娘しかいない』という事実が女神を愕然とさせる。


「さて、また隠れん坊の時間か。さっさと見つけ出すぞナナ!」

「ほいほーい! 久しぶりにナナ様の全開を見せてあげるよ!」

『ゾーン』を起動させ、『女神の眼』でコピーした『超感覚』を合わせて城全体の気配を探った。


 しかし、この時既にイザヨイはレイアの予想もつかない場所へ辿り着いていたのだ。


 __________


「たしかアレですの! この前ビュンってしたやつですの!」

 獣人の幼女は城の宝物庫に忍び込み、あろう事か『転移魔石』の場所へ一直線に跳ぶ。各国との同盟により、以前より遥かに低コストで作り出せる様になったことが、この場合は仇となった。


 淡く真白い輝きを放つ魔石を掴むと、ドワーフの国ゼンガへ転移した際にミナリスが行なっていた、魔力の流れを思い出す。

 イザヨイには魔術の素養が無かったが、ロストスフィアの神気を操る内に、簡単な魔力操作位であれば容易に行える技術スキルを身に付けていたのだ。


「よ〜しっ! 出発ですの〜!」

「ちょっと待ったぁ!」

 レイアは位置を特定した瞬間猛烈に嫌な予感に苛まれ、直ぐ様『神体転移』は発動して宝物庫へ飛んだのだがーー

「パパ〜! いってきます!」

「うんうん、良く言えましたーーっじゃねぇ⁉︎ 駄目、行っちゃ駄目マイドーター!!」

 ーーその言葉を最後に幼女は転移した。開いた口の塞がらない女神と天使の両親は、無言のまま固まっている。


「ナナさんや……ちなみに行き先分かる?」

「うん、ロック外されてるから分かんない……少なくともレグルスにはいないよ……」

「見てあの穴、きっと音を立ててバレない様に、自分の身体が潜り込めるサイズだけ切り取ったんだぜ」

「凄いね……流石、私達の娘だね」

 徐々に現実逃避から戻ると、続いて不安と困惑が襲う。頭を抱え、銀髪を掻きむしりながらレイアは吠えた。


「やべええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーッ⁉︎」

 そのまま『念話』を発動して、家族へ緊急事態を告げる。


『紅姫全員集合! イザヨイが転移してどっかに飛んだ! しかも一人で!』

 城下町にいた嫁達を集めて緊急会議が開かれると、GSランクパーティー総出による、失踪した幼女の捜索が始まった。


 __________


「あれ? ここはどこですの?」

 座標も指定せずにランダムで発動した『転移魔石』により出現した先は、地面より二十メートル程離れた空中だった。

 獣人の幼女は落下し続けながら、風の音を読んで降り立ちやすい場所を冷静に判断する。


「あれなら柔らかいですの! えいっ!」

「ぐえええええええっ⁉︎」

 両足を突き出して真下にいた『人間』を踏み付けると、全体重がかからぬ様に瞬時に地面へ着地してV字のポーズを取った。


「百点満点ってやつですの〜!」

「い、いきなり何だ! リーダーが潰されたぞ⁉︎」

「ま、魔獣なの?」

 腰が引けたまま少年が銅の剣を抜き、少女は背中に隠れながら杖を立てる。イザヨイは首を傾げると、レイアの教えを思い出しながら、両手を上げて降参の意を示した。


「敵ではないですの〜! 怪しいものではないですの〜! えっと……私はただの可愛すぎる弱々しい一般人なのですの〜!」

 棒読みで教わった台詞を発すると、満面の笑顔を浮かべる。しかし、少年の視線の先には踏み潰されて気絶したリーダーの無残な姿があった為、警戒心は解かれない。


 そんな中、先程まで怯えていた筈の、魔術師のローブを羽織り、亜麻色の三つ編みをした少女が一歩近づく。


「ねぇ、タイラ。良く見て? 獣人だけどこんな小さい女の子に武器を向けちゃ駄目だよ」

「確かにそれもそうか……すまん。じゃあ、まずはリーダーを起こそうぜ?」

「ちょっと待っててね。うちの名前はセレットって言うの。貴女は?」

 イザヨイは少女に差し伸べられた手を握ると、家族に習った成果を発揮してスカートの裾を摘み、礼儀良く答えた。


「紅姫イザヨイですの。よろしくお願い致します、ですの!」

 眠る時にいつも聞いていた『紅姫』の冒険譚の中で、『自分のいる場所が分からず、知らない人がいる場合は大人しい一般人の演技をする』という家族の言葉を覚えており、今がその時だと判断したのだ。


「うち達はEランク冒険者パーティー『三つ星』だよ。首都カルバンに戻ったら逸れた親を探してあげるね」

「ありがとうございます、ですの!」

 人族の北の国ピステアで、駆け出し冒険者の少年少女と出会ったイザヨイの、小さな? 冒険が始まろうとしていた。

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